第9話
サルは慎重に扉を開いた。ここまでは順調に来れていた。警備の数も思っていたより多くない。
「ウキィ、いくぜ」
「うん」
二人は見つからないように素早く扉をすり抜ける。
この辺りのフロアは監視カメラも多い。カメラの動きをよく観察し、カメラの死角になる道を選んで素早く通り抜ける。
いくつかの警備の網を潜り抜け、二人がたどり着いたのはディスコルームだった。中央にはダンスフロアがあり、カクテルの売り場もある。しかし人は誰もいない。
「ここは? 金持ちの娯楽場か?」
「サル! あれを見て!」
赤美は天井にぶら下がっているミラーボールを指さした。よく見ると鏡ばりの球体の下方に、なにやら棒がぶら下がっていて、その先には赤い石が取り付けられていた。
「もしかしてあれか!」
サルはミラーボールの真下に来た。遠くから見た赤い石はひし形の宝石の形をしていると分かった。
「それがゴッドブレスの本物よ。取って」
「おうよ」
サルは赤い石を掴むと先端の棒から思いっきり引っ張った。力を込めると宝石と棒の留め具が外れる感触がして、ゴッドブレスは棒からはがれた。
「よし、とれたぞ」
そう言ってサルは赤美に宝石を投げて渡した。
「わ、わ、 ああ…やっと戻ってきたのね」
赤美は嬉しそうに宝石を見つめていた。
しかし突然、ディスコルーム内に警報が鳴り響く。そしてどこからともなく私兵隊が集まってきた。
その中にアニマロイドではない男が二人いた。一人はゴールドのスパンコールを着ているローバンという人間男。そしてもう一人、おそろいの銀のスパンコールを着た人間男が現れた。
「お久しぶりでーす。お嬢様。お元気でしたー?」
「ジージャス……」
「こんなところまでご苦ローさまさまー。…………そのゴッドブレスを渡してもらおうか」
私兵たちが一斉に銃口を二人に向けた。あんな数の銃が一度に発砲されれば、どれかは急所に当たるだろう。つまり絶対絶命のピンチだ。
「くっ どうすればいいの」
「おいガキ。オレにゴットブレスを寄越せ」
「ど、どうする気? まさか奴らに渡す気じゃないでしょうね」
「直おに渡す気はねえよ。まあ、まかせろ。いい考えがあるんだ」
赤美は少し考える素振りをした後、手の中のゴットブレスをサルに渡した。
「いいわ。任せる!」
ジージャス達はしびれを切らしていた。
「おーい。いつまで待たせるんだー。こっちはぶっ放してもいいんだぞ」
「悪い悪い。待たせたな」
「誰だお前は」
「俺はただの雇われ探偵だ。それよりお前らコイツが欲しいんだよな。条件しだいじゃくれてやるぜ」
それを聞いた赤美は驚いてサルの方を凝視した。
「ええ?! そんな」
「ははは。そうか雇われ探偵だもんな。金か? いくら欲しい?」
「違うね。こうするのさ!」
するとサルは天井に向かってゴットブレスを思いっきり投げつけた。そしてゴットブレスの着弾点には火災報知器があった。宝石にぶつかり壊れた火災報知器からは勢いよく水が噴き出た。
「うわあっ 水だ!」
「今だ! 走れガキ!」
「このっ 撃て!」
「ダメだ! 水で銃は使えない!」
サルは投げた宝石を素早く回収すると赤美と共に出口へ走った。
「追え! 逃がすな!」
後ろからはジージャスの私兵たちが次つぎと追いかけてくる。
サルは足の遅い赤美を担いで猛スピードで逃げていたが、VIPエリアはどこもかしこも用心の護衛のための私兵だらけだ。サルと赤美はあっという間に逃げ場のない屋上に追いかけられてしまった。
サーチライトが二人を照らした。上からも下からも。二人は背後をビルの断崖絶壁に追い詰められてしまった。
「さあ、もう逃げ場はなーいぞ。…………観念するんだな。この泥棒め」
「誰が泥棒よ! あなた達の方が泥棒でしょ!」」
それを聞くと、ジージャスは不適に笑いだした。
「くっくっく。確かにその通りですお嬢様。私はあなたの家から大事な家宝を盗みました。ですがその事を裁く者はこの街にはいないんですよ」
「く、くそー」
「だったら、オレがお前を裁いてやるぜ」
それを聞くとジージャスはサルの事を睨みつけた。
「ちょっとおさるさん? 人間同士の話に割り込んでこないでくれるかな」
「そっちこそ、人の街でおかしな商売してんじゃねえよ」
「分かった。よろしーい。君は確か私立探偵といったねー。その少女からはいくらもらう予定なんだい」
「1000万cだが、それがどうした」
「たったそれだけか。なら私は10憶cをやろう。だからその女を突き落としてゴットブレスを奪え!そして私の元に持ってきなさい」
「10憶cか。それって賭けレースが何回できるんだ」
「何回でもできるさ。さあ、早く!」
サーチライトが二人を照らす。サルをその間、黙ってずっと下を向いていた。
「サル? 悩んでるの? 嘘だよね」
しかしサルはその問いには答えずにやりと笑ってみせた。
「フッ そうだな。悪くねえ」
「そうだろー。さあ、早くその女を突き落とせ!」
「はあ? そんなの断る!」
「なんだと?」
サルはジージャスの方を向くと再びにやりと笑ってこう言った。
「オレは探偵稼業で悪事には加担しないと決めてるんだ。分かったかこの悪党!」
「くっ 構わんうち殺せ!」
私兵達は銃を構えた。
するとサルは赤美の肩を抱きかかえた。そして少しずつ後ろに下がる。
「きゃっ 何をする気? そっちにいったら下に落ちるよ」
「大丈夫だ。それよりお前は大事なモンを離さないように持ってるんだ」
「うん。二度とはなさない」
―「撃て」―
「いくぞ、モンキー……バンジー!!!」
「え、うそぉっ」
私兵隊が発砲する寸前に、サルは赤美を連れてカジノのビルから飛び降りた。
その様子を見たジージャスは私兵たちに銃を降ろさせた。
「ふん、ばーかめ。ここは地上200階だぞ。私兵よ。下におりて死体からゴットブレスを回収するんだ」
「いえ、あれを見てください」
「なーんだ?」
私兵の一人はビルとビルの間を飛び移る一つの影を見つけていた。その影がビル壁の僅かなとっきを手がかりに実に身軽な動きでどんどん下へ降りているようだった。
そう、サル・スクラッチだ。猿の身体能力を舐めてはいけない。
「くそーあいつめー 急げ、追いかけるんだ!」
「ああっ 向こうから何か来ます!」
ウーン、ウーン
少々頼りないサイレン音を鳴らしながら一台のパトカーがジージャスカジノの前にやってきた。そのパトカーに乗っていたのはアマガエル巡査だ。いや失礼。巡査部長だった。
サルは地上まで下りるとアマガエルのパトカーに乗り込んだ。
「ビルの上からでもパトカーのヘッドライトが見えた。お前にしてはナイスタイミングだぜ」
「無線機で会話を聞いてたからです。さあ、飛ばしますよ」
「おうよ! このまま逃げ切れ!」
アマガエルの運転するパトカーは一般道を物凄い速さで駆け抜けていく。信号なんてお構いなしに車と車の間をどんどんすり抜けていく。警察に見つかったら間違いなく免停物だ。
「うん……わたしたちどうなったの? 確かビルの上から落っこちて…………」
ジージャスカジノからの大バンジーの時にショックで気を失っていた赤美は目を覚ました。
「おう、目を覚ましたか。作戦は大成功だぜ。今は逃げてるとこさ。宝石はちゃんともってるよな」
「うん! そっか、やったのね! ありがとう!サル・スクラッチさん! …………ちゅ」
「うきゃぁ~ へべれけへべれけ…… や、止めろやい。照れるじゃねえか」
赤美は顔を近づけると頬にキスをした。そしてサルの顔は真っ赤に染まった。
そう、サルの顔が赤いのは女の子を助けてお礼にキスをされたからなのであった。
これにて物語はめでたしめでたし…………
本当にめでたし?
もう少しだけ、お話は続きます。