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発した言葉以外に全く音を立てず、この場で誰よりも短い自己紹介をする少女。しかし、彼女に対して非難するような視線を向ける内部生は誰一人いない。それどころか、他者が受ける印象など歯牙にも掛けないというその様子に、見惚れている学園生すらいた。彼女もまた強烈な個性を持つ者。翼と同じく16歳にして既に従者の業務をこなす御供家の息女。一般的な従者とは異なり、彼女は財閥令嬢を主人に持つボディガードである。そのため、翼たちのように主人の側に侍って身の回りの世話をするようなことは求められておらず、愛嬌を振りまく必要もない。

いくら必要がないとはいえ、不愛想でいるのも従者としては違うのでは。というのが翼の考えであるが従者にも個性がある。自分の意見を他人に押し付けるのは相手の意見を否定することであるし、そもそも翼にそこまでする義理もなければ、朔耶の考えを否定する気もない。


いつの間にか脱線していた思考を排除して、現実に目を向ける。いつの間にか全員分の自己紹介が終わっていたらしく、高等部でのこれからの生活についての説明が始まっていた。学園生活については主人から細かく聞き及んでおり、今更なにか新たに聞くことはなかった。とはいえ、全く聞かないというのも印象を悪くするだけなので耳だけは傾けておく。

津葉木女子学園の教育方針は自立した淑女の教育。それは学園で実施されているカリキュラムだけでなく、普段の生活にも組み込まれている。中等部、高等部では全寮制を採用しており、学園生は原則全員が一人暮らしをしている。平日の食事は寮や学園の食堂で済ませられるが、それ以外の家事は自分でこなさなければならない。


彩葉(いろは)様、ちゃんと生活できてるのかな……」


誰にも聞かれないように小さく呟く。この場にいない主人を悪く言うのは本来褒められたことではないが、これは心配なので問題ない。

今日学園に来たばかりの翼は自らの新たな主人にまだ会っていない。本来ならすぐに挨拶すべきだったが、現在の主人の意向でそれは却下された。

曰く、『いつでも会えるのだから無駄に急く必要はないわ』とのこと。今時、『急ぐ』ではなく『急く』と言う人間は中々いないようにも思ったが、それは口には出さなかった。中学生にして傑物と言われるような人間の思考など凡庸な自分には理解できない。そんな判断の結果だった。


その後は粛々と今後の予定を考えていたところ、いつの間にか教師が退出していた。見回すといつの間にか教室は見事に真っ二つに分かれて集団を形成していた。


内部生と外部生。学園はそれぞれエトワールとソレイユと呼称している。闇夜を照らす静謐な輝きと温もりで包み込む輝き。性質の異なる2つの光に喩えたその呼び名は津葉木のブランドをより高めるものである。

そんな2つの光が交わることは少ない。生まれも育ちも違えば価値観も異なる。エトワールは伝統を、ソレイユは多様性を重んじる。彼女たちは知らず知らずそんな教育方針に晒されている。


翼は主人からそういった先入観染みたことばかりを聞かされていた。彼女にどんな理由があってのことかを翼が知ることはできない。


「さて、と。私も同じ学園生になったんだし、友達作りも円滑な業務遂行のためだよね」


そんな独り言をこぼして立ち上がる。向かう先にいるのはつい先程翼の目を引いた人物。


「ね、一緒にご飯行きませんか?」


途端、教室の騒めきが止まった。全員の視線がこちらに向いているのを感じながらもそれは無視する。


「同じ御供の従者同士、仲良くしませんか。朔耶さん」


「はあ……。御供で登録されている従者を一族と一緒に語るのは違うと思うのだけど?」


「えへへ、確かにそうだね。でも、朔耶さんも興味あるでしょう。渚の従者がどんな人間かって」


再び騒めきが起きる。先のものと違うのはエトワールもソレイユも同じ話題についての騒ぎであるということ。翼の主人の名は(なぎさ)彩葉(いろは)。最も歴史ある財閥の一人娘にして(よわい)15の傑物。


「全く。だから私は反対だったのよ……」


「えへへ……。それじゃあ案内よろしくね」


立ち上がった朔耶の背を追うように教室を発つ。教室には翼の話で盛りあがる少女たちが残された。


「で、本当にどういうつもりなの?」


「どういうつもりって。円滑な業務遂行のための演技だけど?」


昼食に選んだカツカレーを頬張りながら、鋭い視線に答えを返す。しかし、その答えは朔耶の気にいるものではなかったらしく、こちらに向けられる視線がより鋭くなる。


「もー、そんなに怖い顔ばっかりしてるから友達できないんだよ?せっかく美人に生まれたのにもったいない……ってごめんごめん。人見知りなだけだもんね」


どんどん厳しい顔へと変わっていく朔耶をからかっていても話が進まないのは分かっていたので、それ以上は今後の楽しみにしておく。

朔耶を不機嫌にしてしまっては不利益の方が多いのは明白だった。


「翼……。あなた自分の状況を本当に理解しているの?」


「え、うん」


真剣な表情の朔耶とは対照的に軽い調子の翼。

自分ばかり不安に思っているのが馬鹿らしいようにも思ったが、それは一瞬。朔耶にとっては全て翼のせいなのだ。それでも直接文句を言えないのは、翼もまたこの場にいるのは不本意なはずなのだ。


「あはは。本当に大丈夫だって。そもそも朔耶ちゃんが心配しても意味ないよ?朔耶ちゃんにとっては、たった3年間、見知らぬ男が女子校にいるだけなんだから。ね?」


ことの重大さを理解しているのか、と叫びたくなったが、すんでのところで堪える。高等部の初日から悪い目立ち方をしては朔耶も主人に迷惑をかけてしまう。それは本意ではないし、何を考えているか分からない翼にも迷惑になる可能性がある。朔耶が判断した今すべき最良の行動は、翼と深くかかわりすぎないこと。彼の意思を尊重し、邪魔しない方が双方に利があると判断した。というよりも、朔耶が翼の考えを正確に理解できた試しなど今まで一度もなかった。


翼は男性でありながら津葉木女子学園に在籍している。理由は分からないが、朔耶はその手伝いを命じられている。

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