探し物はお手のもの?
翌朝、マレフは次の街を目指す事なく、一度狩猟者としての仕事をしに近くの森にまでやって来ていた。
その理由としては朝の乗合馬車で出発するであろうイリヤとアリアとのタイミングをズラすためであった。
別に二人と顔を合わせるのが気まずいという訳ではないのだが、マレフの能力を考慮した結果である。
それと登録したてで三級からスタートしたマレフは、今のうちから依頼を受けて実績を積んでおかないと、東側の街に移るにつれて三級の仕事が無くなってしまうため、最低でも二級にはなっておきたいという考えもあった。
そんな訳でマレフの今日の依頼であるが、動物や魔物の狩りではなく薬草採取の依頼を受けていた。
これは外に出て仕事するならば是非にと組合の人間にお願いされたためだ。
どうやら外に仕事に出る狩猟者が減った事で薬草採取をする者が殆どおらず、その上で街の中で活動する狩猟者が増えた事で依頼の奪い合いやら憂さ晴らしの喧嘩が増え、負傷者が絶えない事もあって薬草の備蓄が足りないのだという。
「やれやれ、血の気の多い事だ」
いっそそういった連中を集めて大規模な野盗狩りでもやった方が良いんじゃないかとマレフは考えたが、人を狩るのは狩猟者のやる事ではなく、軍人のやる事である。
エリオの話では前線が落ち着いて来たという事だし、そのうち手の空いた軍による大規模な野盗狩りが始まるだろうと、マレフは野盗が蔓延る現状に対して、然程危機感を抱いていなかった。
それよりも今は薬草探しであり、可能な限り取って来て欲しいという事で大きめの麻袋二つを渡されていた。
「これどっちもいっぱいにするとなると、普通に考えて一日潰れるよな」
まぁ可能な限りという話ではあったし、午後の乗合馬車に乗る予定のため、昼前には切り上げる予定ではあるのだが、昼頃に戻っていって薬草が少なかったら午後も働いて取って来いなんて思われないかと、マレフは小市民的な事を考えてしまう。
「ま、大丈夫か。どうせこの後――」
そう言いながら茂みを掻き分け、マレフは開けた場所に出る。
「ほぉら、見つけた」
なんとそこには目当ての薬草が至る所に生えていた。
「やっぱり、こうなるんじゃないかと思ったわ」
マレフはいきなり薬草の群生地を見つけたというのに特に驚きもせず、そそくさと薬草を摘み始める。
というのもマレフ、別にこういう状況が初めてではなく、今まで何度も経験した事があったからだ。
薬草ではないが、マレフがこういう探し物をしている場合、大体アッサリと見つかってしまう。
勇者一行として旅をしていた頃、とあるアイテムを探しにダンジョンを目指していた時、ダンジョン入り口で水晶球のようなものを拾った。
最初は何か分からなかったが、それなりに値打ちがありそうだったので取り合えず広い、ダンジョンの探索を開始した。
しかし最奥の祭壇に辿り着いても目当てのアイテムは存在せず、まさか既に誰かに持ち去られたのではと考えつつも、ダンジョンを隅々まで探し回った。
けれども探し物は見つけられず、困り果てた時だった。
探し物が無くなった空っぽの祭壇、探し物が嵌っていた筈の球体の窪みを見て、その場に居た全員が"まさか"と考え、入り口で拾った水晶球を置いてみたら、なんとピッタリと嵌ったではないか。
なんで探し物が入り口に落ちているんだという疑問よりも、探索開始から今の今までの全てが徒労に終わったという虚無感で、暫く全員が無言になった。
似たような事は何度もあり、また入り口に何かが転がっているのを見つけるも、一応という事でダンジョンの探索自体は進めたが、案の定探し物はダンジョン内では見つからず、入り口で拾ったアイテムを持って帰って確認して貰えば、それが探し物だったという事もあったし、一番酷かったのは村長から探し物の場所を聞き、いざ出発と村長宅を出た瞬間、その探し物を振り回して遊んでいる子供が目の前を通った時である。
あの時ばかりは全員が変な笑いを零していた。
何故そんな事態ばかりに遭遇するのかと言えば、もはや語るまでも無くマレフの能力が原因であろう事は全員が理解していたし、手応えが無いと言うだけで特に困るような事ではないので、特に対処するような事もなかった。
まぁそんなマレフだからこそ、薬草採取に来ようと考えれば、こうなるのは当然の事であった。
草むしりのペースで薬草をホイホイと摘んでくマレフ、二つあった大きめの麻袋も一時間も掛からずいっぱいになってしまう。
「分かっていた事とはいえ、あんま時間潰しにならんかったな」
これなら野盗を捕まえて引き連れながら歩いて帰っても御釣りが来るな――なんてマレフが考えた時だ。
ガサガサと少し離れたところから幾つかの草を掻き分けて進む音が聞こえて来る。
(やっべ、また不用意に考えちまった)
咄嗟に姿勢を低くし、音のした方の様子を伺う。
耳をすませば複数の人間の声も聞こえ、どうやらマレフの方に向かっては来ないようだ。
(どうするかなぁ、時間は余ってると言えば余ってるけど、野盗を相手にするのも)
どうするべきかと悩んでいると、マレフの耳に野盗達の話す内容が聞こえて来る。
「そっちに逃げたぞ!女は手負いだ、逃がすな!」
「ヒハハハ!久しぶりの女だ!」
(うーわー)
聞こえて来た内容に、どうやら女性が野盗共に追われているらしい。
もし女性が野盗に捕まればどんな目に遭うかなど、考えただけで嫌悪感が込み上げてくる。
(ってまた考えちまったよ縁起でもない)
ここまで来て、マレフの中で野盗共を見逃すという選択肢は完全に消え去り、マレフは勢い良くその場から駆け出した。
(大丈夫、女の人も大丈夫だし、俺も野盗なんかにやられない、大丈夫だ)
自分を鼓舞するようにマレフは心の中でそう繰り返しながら、音のする方へと近づいていく。
最初は向こうも走っていたため、一向に追いつける気配が無かったが、どうやら女性が追い詰められたのか、急に声が近くなってくる。
「はぁ……はぁ……手負いの癖に手こずらせやがって」
「なんだコイツ、動物みたいにすばしっこかったぞ」
「追い詰めちまえばこっちのもんよ。さて、傷の手当をしてやんねぇとな」
「へへ、そうだな、そんじゃあこの邪魔な布切れを破り取ってお楽しみと――」
「――いかせねぇよ」
三人の野盗が女性に手を伸ばしたその瞬間、マレフが茂みから躍り出る。
まず不意打ちで一番近くに居た男の腹部に拳を突き込み、そのまま力任せに拳を振り抜くと腹を殴られた男が仲間の方へ吹っ飛んでいく。
「ぐおッ!?」
突如仲間が吹っ飛んできた事に反応しきれなかった野盗はそのまま仲間と一緒に背後の木まで吹っ飛んでいく。
「なんだ!?」
唯一それに巻き込まれる事無く無事であった野盗の男が、飛び出してきたマレフを睨みつける。
「てめぇ、狩猟者か!」
「正解、抵抗しないなら優しく捕まえてやるけど?」
「ほざけッ!!」
残り一人となった野盗はマレフの提案を鰾膠もなく蹴ると、腰の剣を引き抜き臨戦態勢に入る。
一方でマレフは野盗に提案を蹴られた事に対し、考えを巡らせていた。
(前回の野盗共は大人しく捕まったのに、今回は駄目って一体何が駄目なんだ)
前回は野盗が複数人残っていた状態で、かつマレフは息も絶え絶えという状況だったにも関わらず野盗共は素直に降伏した。
状況で言えば今回の方が明らかに優位な筈なのに、相変わらず発動条件が曖昧で良く分からない自身の能力について考えるも、マレフは直ぐに意識を目の前の野盗へと切り替える。
「とりあえず、考えるのはお前を気絶させてからだな」
「ッ!」
まるで確定事項のように語るマレフ、その自信に野盗が警戒心を一層引き上げ、数歩後ろに下がる。
それを合図とするようにマレフは地を蹴り、野盗へと一直線に向かって行く。
(遅い!)
その自信とは他所にマレフの踏み込みの遅さに野盗はこれならば十分対処出来ると、焦る事なく間合いを読み、マレフが間合いへ一歩踏み込んだ瞬間、同時に一歩踏み出し剣を横なぎに振るう。
野盗の振るった剣はマレフの胴体を真っ二つにする筈、だったのだがそれは空振りに終わる。
「は?」
一体何が起こったのか、野盗はまるで理解が出来なかった。
自分が間合いを読み間違えた?いやそれは有り得ない。
仮にそうだったとしても、そこから更に一歩踏み込んでから振り抜いたのだ。
多少の読み間違い程度で空振る筈もないのだが、事実は剣は空を斬っただけで、マレフに傷一つ与える事はなかった。
そして野盗が間合いを読み間違えていなかったその証拠に、剣を振り抜いた次の瞬間にはマレフの拳が野盗の眼前に迫っていた。
「がッ!?」
剣を空振りし、無防備になっていた野盗にそれを躱す術はなく、マレフの拳を顔面に受けた野盗は昏倒し、その場に倒れ込む。
時間にすれば三十秒程度、特に危な気も何もなく片が付いたのだが、それでもマレフにしてみればそれなりに消耗するところがあったのか、深く溜息を吐いてから肩の力を抜く。
「ふぅ……」
しかし野盗を倒して終わりではないと、マレフは襲われていた女性の方へと向き直ったのだが、そこにはマレフの見覚えのある人物が居た。
「あれ、イリヤ?」
そこに居たのは昨日乗合馬車で一緒になったイリヤであった。
相変わらずローブを目深に被っているので表情は解り辛かったが、腹部に矢が刺さっており、苦し気なのは一目見て分かった。
「マレフィ、スト」
「無理に喋らなくて良い、まずは怪我の処置だ。その矢を引っこ抜く、痛いだろうけど我慢しろよ」
マレフはそう言うとイリヤの脇腹に刺さっている矢を掴むと、一息に引っこ抜き、血が溢れ出す前にすかさず傷口を手で押さえる。
「う゛」
「我慢しろ、大丈夫だ、直ぐに元通りに治る」
「でも、マレフィストは、治癒魔法は使えない、んじゃ」
「あーまぁそうなんだけど、今は良いから俺を信じろ」
「……うん」
マレフが何を考えているのか、イリヤにはまるで理解出来なかったが、少なくとも自分を助けようとしている事だけは理解出来た。
そうしてマレフの言う通りに痛みを我慢して暫くが経ち、ふと脇腹の痛みが無くなった事にイリヤが気付く。
「もう、痛くなくなった?」
「お、治ったか?」
傷口を確認しようとマレフがゆっくりと手を退け、二人の視線が矢の刺さっていた筈の部分へと向けられる。
「あ、あれ?」
傷口を確認しようとしたイリヤが困惑した様子で矢の刺さっていた筈の場所を凝視するも、そこに傷口は見当たらない。
いや、傷口はおろか、ローブに付いた血、矢が貫通した穴すらも見当たらなかった。
まるで最初から矢など刺さっていなかったかのように、完全に元通りになっていた。
頻りに脇腹を確認し、ローブに穴一つ見当たらない事を不思議に思うイリヤを他所に、マレフは静かに冷や汗を掻く。
(元に戻れとは思ってたけど、これは元に戻り過ぎだろ)
傷口を塞ぐつもりでいたのに、まさかローブの血や穴まで元に戻るとはマレフも想定していなかったのか、さてこの状況をどう説明したものかと頭を悩ませるも、直ぐに不可能だと諦める。
(うん、説明とか無理、なんとか有耶無耶のままに終わらせよう)
そうと決まれば話は早い。
一方的にこちらのペースで会話を進め、イリヤに主導権を握らせなければ良い。
「イリヤ、大丈夫だったか?」
「へ?あ、うん、また助けられちゃった。それにしても、一体何を――」
「あー!そういやお前、こんな所で何してたんだよ!森には野盗が居るから危険だってのは知ってた筈だろ?」
「うっ、それは」
「今朝の乗合馬車に乗っていったんじゃなかったのか?」
昨日、無理をしてでも先を急ごうとしていたイリヤなら、今朝出発の乗合馬車で次の街に向かっているとマレフは予想していたのだが、実際は何故かこんな森の中で野盗に襲われていた。
それは何故かとマレフが問うと、最初は口篭もっていたイリヤだったが、ゆっくりとその訳を話す。
「その、乗合馬車には載ってたんだけど、途中で気分が悪くなっちゃって」
「もしかして途中で降りたのか?」
「うん」
「それならそれで、何で街に戻らずにこんな森の中を――」
マレフがそこまで言い掛けた時、今まで野盗やら治療の事やらで頭が一杯になっていて気付くのが遅れたのだが、マレフはイリヤが被るローブの丁度額に当たる部分が不自然に膨らんでいる事に気が付いた。
「イリヤ、頭のそれ」
「ッ!嫌!!」
額の膨らみを隠そうと反射的にイリヤが手でローブを抑えたその瞬間、ローブを突き破って膨らみの正体が露になる。
「――――」
それは深紅の角、人族には在り得ない身体的特徴、紛れもなく魔族の一種である角魔の角が、イリヤの額から生え伸びていた。