"つよさ"
用語とか纏めようかなと思う今日この頃です。
あれから、あの男達が戻ってくるような事も、別の奴等が来て絡んでくるような事も無く、無事に手続きを済ませたマレフは再びアリア達とは別れ、今は宿屋の一人部屋のベッドの上で、静かに天井を見つめながら横たわっていた。
「…………」
マレフの脳裏に過るのは昼の出来事、狩猟者組合での出来事であった。
怒りと羞恥で顔を真っ赤にした男が、鬼気迫る表情で我武者羅に剣を振るう姿、それを思い出し、何を考えているのかと言えば
(アイツの剣、鋭かったな)
それはあの男の"強さ"に関してだった。
(きっと、野盗が増える前なんかは普通に狩猟者として外に出て活動してたんだろうな。実力もそこそこあって、努力もしてて……ただ安全を取って街の中での依頼を受けてたってだけで、少なくとも俺なんかじゃ相手にならないくらいの実力はあっただろうな)
アリアはあんな風に煽っていたが、別に野盗に恐れをなす事自体、恥ずかしい事ではない。
特殊な能力の無い動物や、善神の加護の影響で弱っている魔物と違い、野盗達が人族である以上、善神の加護の影響で強くなっているし、それが集団で襲ってくるというのだから、戦いを避けようと考えるのは、余程の実力者でもない限り当然だ。
じゃあ野盗を避けるためにも、東の方で依頼を受ければ良いのではという疑問が出るかもしれないが、それはそれで問題があった。
東の方に移動すれば善神の加護が弱まるため、それを嫌う野盗達は東に行く程に数を減らすが、その反面、善神の加護によって力を弱められていた魔物達は本来の力を取り戻すため、手強くなっていく。
それも強くなっていく魔物達に反比例するように、自分達は弱くなっていってしまうため、今までは魔物相手に余裕で戦えていたのに、東に街を一つ移動した途端、ギリギリの戦いになるというのも在り得ない話ではない。
結局、野盗を避けようと思えば東に移るしかなく、その場合でも純粋に実力が足りなければ命の危険が大きく、じゃあ実力の見合った場所でと考えてもそこに野盗が蔓延っている以上、中堅以下の殆どの狩猟者は街中での依頼を受ける事が多くなったのだ。
ちなみに狩猟者には等級が存在し、王都周辺の比較的安全な場所での活動を主とする三級、王都から東側に寄った場所で活動する二級、レンナフィア大陸中央、加護の境界線付近で活動する一級、そして更に加護の境界線の向こう側、邪神の加護の影響下にて活動する特級の四階級がある。
ただし、特級は文字通り特別であり、過去から現在に至るまで、勇者やその仲間以外で特級になった者は殆ど居ない。
そして戦争終結から百年前までは魔族に大陸の七割を支配されていたせいで加護の境界線付近も完全に魔族の領土となっており、一級に相当する狩猟者も領土を奪い返したここ三年の間にチラホラと出始めたくらいで数もまだまだ少なかった。
結果として現在活動する狩猟者の九割は二級以下であり、その中でも野盗も出没しない東側で危な気なく活動出来る二級となると、殆どが一級に片足を突っ込んだような人間ばかりであり、野盗という存在がどれだけ厄介であるかが伺い知れる。
話を戻し、男の実力について考えるマレフ、恐らくあれは狩猟者としては二級に位置する人間であろう。
あの男の一振り一振りからは確かな研鑽が見えたし、身体も鍛え上げられていた。
残念ながら東側で魔物相手に戦うには少し実力が足りていないようだったが、それでも決して歯が立たないという訳じゃない。
飽く迄も命を最優先に考えれば少し心許ないというだけで、戦って勝つ事自体は可能な筈、それくらいの実力は有していた。
(チクショウ)
そして、マレフは後悔していた。
一体何に?そんな男を前に手を出す事も出来ず棒立ちになっていた事か?二級の狩猟者相手に自分の実力を測る機会を逃した事を悔いているのだろうか?
(俺が強ければ)
いいや違う、マレフの後悔はそんなものではなかった。
歯を食いしばり、涙を流すマレフの後悔の源泉は、そこにはない。
マレフの後悔、その源泉は
(あの男に、あんな惨めな想いをさせずに済んだのに)
あろうことか、それは自分を殺そうとしたあの男に対する哀憫の念であった。
理解に苦しむという話ではない、何故に自分に剣を、殺意を向けた男のために涙まで流すのだと、常人であればマレフの正気さえ疑うだろう。
しかし常人がそれを理解する事はない。
何故ならばそこには誰も理解する事の出来ない、マレフの能力が関係しているからだ。
ただ突っ立っているだけのマレフに男が空振りし続けた事、あれはマレフの能力によって引き起こされたものだった。
ただし、マレフ本人が後悔しているように意図してやった訳ではなく、勝手に能力が発動しただけであって、マレフの能力は本人にはまるで制御が出来ず、産まれた時からの付き合いのため一応の発動条件は何となく把握はしているものの、具体的な発動条件や影響範囲などは二十九年生きて来ても、未だに正確には理解が出来ていなかった。
そうして、そんな能力を持って産まれたマレフの人生の中で、先程のような出来事は日常茶飯事でもあった。
相手の攻撃が当たらない、或いはまったく通用しない、それに対しこっちの攻撃は全部当たって、利かない筈の攻撃が相手に致命傷を与えてしまう。
マレフ自身は特別な何かをしている訳でもない、弱者なりに精一杯戦うだけなのだが、そのせいで皆が事実を誤認する。
勝者が勝つのは、それは強者だからだ。
勝者が強かった、それだけの話であった。
しかしマレフの場合はそうはいかない。
マレフは圧倒的な弱者であったが、その能力のせいで常に勝ち続けていた。
何をしても、どうやっても勝ってしまう。
どれだけ絶望的な戦力差であろうと、それがひっくり返る事もないままに、勝利が転がり込んでくる。
そして、圧倒的弱者が勝つ姿を見て、それを目撃した人間はどう評価するのだろうか?
決して強者とは呼べぬ者が勝者となり、勝者が強かったとはとても言えない状況を、どう評価するのだろうか?
その答えは簡単、勝者が強者でないのなら、敗者がそれ以下の弱者であったというだけの話だ。
誰もマレフを強者と呼べぬなら、マレフに負けた者は弱者というに他ない。
そうしてマレフはこれまで強者が弱者であると貶められる光景を、何度も何度も何度も目にし続けて来た。
"大したことない"、"所詮は噂だったか"、"あれに負けるなんて"、敗北した強者に向けられる心無い言葉達、強者が詰み上げて来た努力が、技術が、名誉が、一瞬にして崩れ去っていく光景、その内の一つでさえ持っていない自分が、それらを持つ強者を一方的に踏み躙っていく状況に、マレフは耐えられなかった。
だからこそ、マレフの決意したのだ。
「強くなりたい、誰もが一目見て解るように」
自分が明確な強者になれば良いのだと
「強くありたい、誰も不当な評価を下されないように」
強者が正しく評価されるように
それがマレフが"解り易さ"を求める理由であった。
ちなみに勇者とその仲間は特級になってるって書きましたけど、正確に言えば実力的に特級なのは勇者くらいで、その仲間に関しては勇者と一緒に行動してるから君等も特級にしとくねって感じなので、ハッキリ言って勇者のオマケです。
ただ勇者に同行して邪神の加護の影響下で活動する事もあり、実力に見合ってないというだけで基準だけで言えば特級の条件を満たしているところが何とも言い難い。