狩猟者組合
「あら、マレフィストじゃない」
「……なんでアリア達がここに居るんだよ」
二人に別れを告げて数十分後、マレフはあまりにも早い再会に困惑していた。
マレフが現在居る場所は狩猟者組合と呼ばれる組合の建物であり、マレフは収入源を得るために狩猟者になろうとここを訪れていた。
狩猟者とはその名の通りで、主に動物や魔物を狩る事を主目的とした職業である。
村などに居る狩人との違いは、単純に狩るだけではなく、組合の依頼を受けて狩るという事、生き物以外にも鉱物や植物などの素材を収集する、及び護衛やら街の中の雑務やら、依頼であれば何でもやるのが狩猟者だ。
大昔は軍人が魔物の対処やらをしていたのだが、魔族の手を離れ、人族の領土内で繁殖を繰り返す魔物の対応に手が回らなくなり、魔物を狩る専門の人間達が生まれ、それが狩猟者の始まりとされる。
狩猟者という名前はその頃からの名残であり、もはや何でも屋となった現在でさえ、例え動物や魔物を狩らずとも、組合にさえ所属していればそれは狩猟者なのだ。
旅をしながら手っ取り早く金を稼ぐ方法となると、誰もが真っ先に狩猟者を挙げるくらいには広く浸透している職業であり、アリアもマレフと同じように考えたのだろう。
「アンタも王都で組合に登録するのを忘れたの?」
「あー、まぁそんなもんだ」
実際にはマレフは既に勇者一行として旅をしていた頃に組合には登録済みだ。
しかしお忍びで旅をしているのに本名のまま狩猟者として堂々と活動する訳にもいかない。
王都では顔でバレる可能性も危惧し、王都での登録を避けたという訳だ。
「おいおい、また新人が来やがったぞ」
「いかにもヒョロそうだな。役に立つのかよ」
マレフがアリアの後ろに並ぶと、横合いからそんな声が飛んでくる。
視線をそちらに向けて見れば、エントランスに居る何人かの人間が、マレフ達の方を見ていた。
(身なりからして狩猟者か、昼頃にこんなところで何やってんだ?)
普通なら昼頃は依頼に出払っていて、昼に組合にやってくるのは依頼人くらいのものだ。
たまに寝坊した狩猟者が簡単に終わりそうな依頼や、逆に長期の依頼を見つけては午後をその準備に充てたりはしているが、今居る連中は依頼掲示板を見る様子もないし、寝坊してきたにしては人数が多すぎる。
一体何が目的でここに屯しているのかと、マレフが不思議そうに首を傾げていると、アリアは手続きをしながらその訳を口にする。
「あんな連中気にしない方が良いわよ。アレは外に狩りに行く度胸も無く、安全な街の中での依頼を誰か持ってこないかと、まるで親鳥が餌を持って帰って来るのを待つ雛鳥のように、ピヨピヨ鳴く事しか能が無い連中なんだから」
「あぁ」
アリアの説明に、マレフが納得したような、それでいて少し驚きの混じったような声を漏らす。
マレフも街の中でも依頼を専門にしている人間が居るのは知っていたが、わざわざ依頼人を待っている人間は初めて見た。
「この街じゃそんなに街中での依頼を受ける人間が多いのか?」
「そうね、というか王都含め、その付近の街はみんなそんな感じよ。その理由は主に野盗のせいね。狩猟者として森に仕事に入ろうにも、その森を野盗共が根城にしてるせいで、迂闊に入れないのよ」
「そうか、そういう事か」
戦争していた頃は野盗の数も少なかったが、戦争が終わって仕事を失った元兵士の人間が野盗に身をやつした事で、野盗の数が増えたのが原因だろう。
特に野盗共は善神の加護を強く受けられ、強力な魔物も居ない王都周辺を根城にする場合が多いのも一因になっていた。
「実力のある狩猟者は野盗なんか気にせず仕事をするか、或いは東の方で魔物相手にガッポリ稼いでるでしょうね。だから私はさっき連中の事を"親鳥が餌を持って帰って来るのを待つ雛鳥のよう"って言ったのよ」
実力がない故に外での危険な仕事が出来ず、安全な街の中での依頼を誰かが持ってくるのを待つその姿は、まさしくアリアの言う通りだろう。
それが図星だったのか、その雛鳥の内の一人が怒りで顔を真っ赤にしながらアリアへと食って掛かる。
「おいアマ!人が黙って聞いてれば好き勝手言いやがって、調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
「あら、黙ってたかしら?可笑しいわね、雛鳥がピヨピヨずっと鳴いてて煩かったのだけど」
「てめぇ……!」
「街中での安全な仕事しかしない癖に、一丁前に剣なんてぶら下げて、ベテランの狩猟者気どりなのかしら?」
「ッ――!」
アリアの挑発に、男は剣の鞘に手をかけ、それを見たマレフが反射的に男とアリアの間に割って入る。
「危ねぇ!」
「退けェ!!」
男は怒りで冷静な判断を失っているのか、怒り任せに剣を抜くと、立ちふさがったマレフへとそのまま剣を振り下ろした。
アリアを背に庇っている以上、避ける事は叶わない。
マレフは為す術もなく切り伏せられる、筈だったのだが。
「あ?」
しかし男の剣はマレフを切り伏せる事なく、空振りに終わった。
決して外すような距離ではない、手を伸ばせば届くような距離に居る人間に対して、何故か剣先が掠りもしなかったという事実に、男の頭の中は疑問で埋め尽くされる。
「だっさ」
「今の空振るとかマジかよ」
「ッ!」
背後から聞こえた仲間達の嘲りの言葉に、疑問で埋め尽くされたいた筈の男の頭の中が今度は羞恥一色に染まり、そしてその矛先は、自分にそんな恥をかかせた者へと向けられた。
「この野郎!てめぇらまとめて殺してやる!!」
「ちょ、落ち着けって!」
「うるせぇ!!」
マレフの制止の言葉も聞かぬまま、男は怒りに突き動かせるように剣を振りまくる。
縦に、横に、それでも駄目なら突きだと剣を振り続けるも、虚しい事にその剣先は目の前に立つマレフに掠りもしない。
「何やってんだよアイツ」
「殺してやるとか言って、実際は殺す度胸も無いんだろ、阿保臭い」
「クソ!クソ!クソ!」
違う、本人は至って本気であった。
本気でマレフを殺すつもりで剣を振るっていた。
しかしどういう訳か剣は掠りもせず、立っているだけの相手に剣を空振りし続けるその姿は、傍から見ればわざと空振りしているようにしか見えず、滑稽にしか映らない。
やがて体力の限界が来たのか、それとも自身の滑稽さに耐えきれなくなったのか、男は剣を手放すとその場にへたり込んでしまう。
「何だよこれ……チクショウ……チクショウ!!」
ついに男はこの場に居る事に耐えきれなくなり、落とした剣もそのままに狩猟者組合を飛び出して行った。
騒いでいた男が飛び出していった事で、建物の中を暫しの間沈黙が支配するも、飛び出していった男の仲間達がその沈黙を破った。
「……はぁ、なんか白けちまったな。今日仕事する気になんねぇや。おい、酒場行こうぜ」
「あぁ、そうだな、まさかアイツがあんな情けない奴だったとはな」
「全くだ。アイツと一緒に居たら俺らまで弱く見られちまう」
飛び出して行った男の事を好き放題言いながら、残った男達も建物を出て行く。
それを見送った後、今まで沈黙を保っていたイリヤがペタリとその場にへたり込む。
「こ、怖かったぁ……」
「あんな連中にビビる事ないわ。あれくらいの連中なら簡単に返り討ちにしてやったわよ。それにしても、さっきの男は何だったのかしら、こけ脅しにしては殺気立ってたし……もしかして、アンタが何か――」
あれだけ男が空振っていたのは、マレフが何かしたのではないかと、アリアが直ぐ傍に立つマレフを見やり、その顔を見て言葉を失った。
てっきりマレフも自分のように清々したというような表情を浮かべているか、もしくはイリヤのように安堵の表情を浮かべていると思ったのに、マレフが浮かべていたのはその何方でもない。
まるで慙愧に堪えないとでも言いた気な、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
どうしてそんな顔をするのか、アリアにはまるで理解出来ず、そしてマレフの内心がそんな事を聞ける程、決して穏やかなものではないと察したアリアはそれ以上なにも言えなくなったのであった。
マレフの能力に関して、情報が少しずつ出てきましたね。
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