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種族問題

ここまで世界観などの説明が続きますが、次話から話が進みます。

相も変わらず、今日もマレフィキウムは一向に減る様子の無い書類の山と向き合っていた。

何時も通りであるならば、そろそろプリシェラが様子を見る来る頃合いなのだが、今日は珍しい人物が部屋を訪ねて来た。


コンコン――


「はーい」


どうせプリシェラであろうと、マレフィキウムは顔をあげる事もせず、気の抜けた返事を返すと、扉がゆっくりと開かれ、一人の男が部屋へと足を踏み入れる。


「凄い量だね」

「お?」


男の声にようやく相手がプリシェラではない事に気付いたマレフィキウムが顔をあげると、そこには前線で魔族相手に睨みを利かせて居る筈の《魔王討滅の勇者》エリオ・ハーウェイが呆れた顔で立っていた。


「エリオじゃないか。珍しいっていうか、こんなところに居て大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃなかったらこんなところには居ないさ。それより、何時もこんな量を?」

「あぁ、三年間やってて、一度もこの山が机の上から消えた事はないぞ」

「それはなんともまぁ」


改めて呆れた様子で、エリオは書類の山と、そしてそんな仕事を押し付けてであろう仲間の顔を思い浮かべる。


「まったく、マレフの事を傍に置いておきたいにしても、この量はやり過ぎだろう」

「ん?いや、プリシェは単純に勇者一行としての体面を気にしてるだけで、レリィみたいに嫌がらせとか、ラーラの悪戯とは違うと思うぞ」

「……そうだね」


相変わらず、女性陣からのアピールを勘違いしている友人の言葉に、エリオは小さく溜息を吐く。


(昔からそういう機微には鈍感というか、もしくは――)


敢えてそう(・・・・・)しているのか(・・・・・・)、マレフィキウムの力を間近で見続けた者として、エリオは複雑な想いで友人を見つめる。

そんなエリオの視線に気付く様子もなく、マレフィキウムはエリオに何故ここに居るのかを尋ねた。


「それで、どうしてここに?」

「ここに来られた理由としては、まず例の計画がようやく実を結んだっていうのがあるね」

「例のっていうと、あー確か魔族達に魔族達の抑えを任せるっていう奴か?」


人族が過激派と保守派で真っ二つに分かれたように、魔王討伐初期、魔族は魔王という御旗を失った今、このまま戦争を継続しても悪戯に被害を拡大するだけだと戦争を止めようという保守派と、まだ戦争は終わってないと人族への攻撃を止めない過激派の真っ二つに分かれた。

当初は過激派が圧倒的に多かったのだが、何年経っても目覚ましい戦果が挙げられないどころか、当時勢い付いていた人族からの反撃を受けて領地を取られる始末であり、三年経った今では過激派と保守派の勢力は完全に逆転し、人族へ理由なく危害を加えれば罰するという法が整備されたり、その為の組織が結成されるなどした。


「ここ半年、様子を見ていたけど特に魔族からの攻撃は無かったし、不穏な動きに関しては頻繁に報告はあったけど、こっちは事前に魔族側で対処してくれてたから、最近は平和なものだよ」

「そうか」


エリオのその言葉に、マレフィキウムは感慨深げに天井を見上げ、その姿にエリオは優しく微笑む。


「やっぱり、前線が平和だっていうのは、何だか信じられない話だよね」

「あぁ、あそこは常に死と隣り合わせだったからな」


マレフィキウム、エリオ、そしてここには居ないが戦士であるガストックの三人は、かつての最前線にあった一つの村の出身であった。

当時は大陸の七割を魔族達に奪われ、人族は残った三割の限られた土地に押し込められていた。

住む場所も、作物を育てる場所も、何もかもが限られており、安全な西側には多くの人族が密集したが、当然全員がそんな安全な場所に収まる訳もない。

前線を維持する為に、そしてあぶれた人達の住処として、前線には多くの村が設置された。

当然、魔族の襲撃には何度も合い、前線の村が魔族によって潰されたなんて話も珍しくなかった。

そんな村で産まれ、育ってきたからこそ、前線が平和になったというはなんとも感慨深いのだ。


「しかし、前線が平和になったからといって、やるべき事が無くなった訳じゃないんだけどね」

「もしかして矮人(ドワーフ)巨人(タイタン)の話か?」


マレフィキウムの問いに、エリオはゆっくりと顔を縦に振る。


人族には、主に五つの種族が存在する。

人族の中で最も長命であり、魔法の扱いに長けた森人(エルフ)

小さな身体に似合わぬ屈強な肉体を持ち、物作りに長けた矮人(ドワーフ)

凡そ二メートルから、三メートル、個人によっては五メートルを超える巨体を持つ巨人(タイタン)

それらの種族の中であらゆる面で劣りもしないが勝りもしない、普遍的な普人(ヒューマ)

そして正確に言えば人ではないが、人族の一員として数えられる精霊(フェアリー)


共に魔族と戦うために善神によって生み出された筈の種族であったが、長い戦争の歴史の中で、様々な問題に直面してきた。

そして今問題になっているのが、矮人と巨人に対する差別である。

それぞれ細かい話は一旦省くが、今回、矮人と巨人が差別される主な理由とされているのは、魔王を討伐した者達の中に、存在しなかったのが先程あげたこの二種族だったのだ。


「何が"魔王討伐に参加出来なかった劣等種"だ。自分だって参加してない癖に、俺達と同じ普人ってだけで偉そうにしやがって、腹が立つ」

「森人や精霊にはそういう人間は少ないみたいだけど、普人(ボク)達の中では深刻だね」


魔王を討伐した者達の中に自分達と同じく種族の者が居た。

だから私達は優良種、居なかった者は劣等種という、理不尽な差別が問題となっていた。

特に普人は四人もおり、だから普人は最優良種だとして、森人や精霊にまで横暴に振る舞うものが居る始末だ。


「まったく、頭が痛いよ。同じ普人として他種族に申し訳ない」

「エリオが罪悪感を感じる必要は無いだろ。あれはもう別の人種だと考えた方が良いんじゃないか?」

「そういう考え方したら、それこそ差別になっちゃうんだよ。差別をなくしたいと思うなら、まずは歩み寄らなくちゃ」


横暴な態度を取る普人達に対し辛辣なマレフに、エリオが諭すような言葉を投げる。


「それは分かってるけどさ、ああいう差別を繰り返すような手合にはいくら歩み寄っても無駄だと思うんだよな。だから一度手酷くスパっと切ってしまった方が、自覚してくれたりするんだが」

「まぁ、それは最終手段だね。でもまずは簡単に諦めたりせず、話し合う事から始めようよ」

「お前は本当に優しいよな」


まるで争い事には向いていない、魔王討滅の勇者なんて肩書が似合わない心優しき友人の姿に、マレフィキウムは自分の心の醜さが露になっていくようで、何とも居心地の悪さを感じてしまう。

そして、そんな心優しい友人に対し、マレフィキウムは忠告をする。


「優しさはお前の美徳だ。でもな、だからって魔族の問題にまで首を突っ込む必要は無いんだぞ?」


マレフィキウムの口から出た言葉に、エリオットは驚いたように目を見開く。


「その話、誰から――って、プリシェしか居ないか」

「この部屋に訪ねて来るのはアイツくらいだからな。んで、真面目な話だけど」

「分かってるよ、マレフの言いたい事はさ。でも、知ってしまったからには放ってはおけないだろ?」


三年間、最前線という魔族達の傍でその同行を監視し続けて来たエリオは、魔族達が抱える種族の問題に関してもある程度の情報を得ていた。

その中でも特に深刻であったのが、獣人差別である。

獣人と言っても人ではなく、正確には獣魔(フェーラー)というれっきとした魔族だ。

それなのに何故、獣人などという言葉が生まれたのかと言うと、それは獣魔の種族としての特徴に起因している。

獣魔は生まれながらに獣としての特徴を何処かに有しているのだが、それ以外の部分は基本的に人族に似通っていた。

そして獣の部分が占める割合が多い程、獣魔としての力は大きくなり、逆に獣の部分が少ない場合、その姿形は殆ど人と変わらず、その上で獣魔としての力も微々たるものになる。

そして生まれて来る獣魔の殆どは、姿形が殆ど人に似通ってしまった者達であり、獣に近い姿をした者は百人に一人産まれるかどうかというくらい、非常に希少な存在でもあった。

魔族にとって人族は敵、それ故に人族にそっくりな獣魔達は差別、いや迫害を受けていた。


「想像してみてくれ。ただでさえ以前から迫害を受けていたというのに、戦争が終結した事で、それも魔族の敗北に終わった事で、獣魔達が今、どんな扱いを受けているのか」

「……」

「魔族に彼らの味方は殆ど居ない。同じ獣魔ですら、獣に近い姿をしている者は獣人なんかと一緒にするなと言う始末だ」

「でも、それは人族側も同じ事だ。どれだけ姿が似ていようと、魔族である以上は助けようとしない。少なくとも、こっちの問題が片付くまでは気にも留めないだろう」


エリオの考えは道徳的にも正しいし、その考えに同調する者もそれなりに居るかも知れない。

しかし、それに賛同出来るのは飽く迄も自分達の問題を片付けてからだ。

自分達の種族間でさえ差別が発生しているのに、魔族の問題にまで首を突っ込む余裕なんてある訳もないのだ。


「矮人はまだ良いが、巨人も迫害を受けている立場だ。まずはそっちをどうにかしてからでないと、獣魔の問題に取り組むのは無理だ」

「……そうだね、少し気が急ってしまった。人族の中にも、迫害されてる者達が居るのに、それを放置してなんて、無理な話だったね」

「とはいえ、巨人に関してはどれだけ手を差し伸べても、向こうから手を払い除けて来るからなぁ」


こっちもこっちで難しい問題だと、マレフィキウムが首を捻りながら唸っていると、エリオが不意に懐から一枚の封書を取り出す。


「そうだ、実はその件でマレフの所に来たんだ」

「は?巨人の件でか?」

「あぁ、実は陛下の親書を巨人族の長の元に届ける役目をプリシェに押し付けられてね。どうだいマレフ、僕の代わりに君が行かないかい?」


その突然の申し出に、マレフィキウムは思わず目を丸くする。


「何で俺にそんな話を?」

「実は僕は既に一回行った身でね、もう一回行っても失敗するのが分かりきってるから、今度はマレフに行って貰おうかなと思ってさ」

「勇者のお前が失敗した時点で、俺なんかが行っても駄目だと思うんだが」

「何を言ってるんだい。こういう交渉事こそ、参謀たる君の仕事だろう?」

「良く言うわ。実力もまるで無い俺を勇者一行に捻じ込むために、参謀なんて滅茶苦茶な役割を押し付けた癖に。自慢じゃないが、あの面子の中で二番目に頭の出来が悪い自信はあるぞ」

「本当に自慢じゃないね」


実はマレフィキウム、参謀なんて役割が務まる程、頭の出来は決して良くはなかった。

最前線の村の出で、勉学などに励める筈もなく、知識も無い、覚えも然して良くは無い、それなのに何故、神機妙算の参謀などという仰々しい異名が付いているのかと言うと、それはマレフィキウムの持つ力に起因していたのだが、それは一旦置いておこう。


「俺に頼むより、もっと適任の奴が居るだろ?プリシェは前に交渉に行ったとか言ってたから、レリィとかラーラとかはどうなんだ?」

「女性陣は全員巨人達と交渉済みさ。まだ一回も交渉してないのは、ガスと君だけさ」

「あぁ、なるほど、順当に二番目の俺に回って来た訳か」


敢えて言うまでもないが、勇者一行の中で一番頭の出来が悪いのはガストックである。


「ガスに任せるよりは遥かにマシって事か」

「別に頭の出来がどうこうで順番が後回しになってた訳じゃないよ。プリシェは王女様だし、レリィとラーラもそれぞれ森人と精霊の代表としてだったし、僕も表向きには魔王討伐の立役者って事で、それなりの発言力を持ってるからね」

「まぁ、その面子の中じゃ俺とガスが後回しになるのも無理は無いか」


ガストックに関しては、立場とか関係無しに省かれた可能性も無くは無かったが、二人共そこを敢えて突くような真似はしなかった。

エリオの考えは分かったが、やはりそういった交渉の場に出る者としては、立場的にも能力的にも、エリオや女性陣に任せた方が可能性があるとマレフィキウムは考えたのだが。


(いや、能力的(・・・)って意味では、俺が適任ではあるのか)


それに可能性(・・・)の話をするならば、あぁ正に自分のような狡い人間には打って付けかも知れないなと、一瞬自虐的になってしまったマレフィキウムだったが、頭を振ってその考えを振り払う。


(馬鹿か俺、エリオが俺の能力を当てにする訳ねぇだろ)


「マレフ?」

「あー悪い、ちょっと考え事してた」


何かを振り払うように頭を振ったマレフィキウムの名をエリオが心配そうに呼ぶと、マレフィキウムはそう言って適当に誤魔化した。

明らかに様子の可笑しなマレフィキウムにエリオは一瞬口を開き掛けたが、直ぐに口を閉じると穏やかな笑みを浮かべながら、どうするかとマレフィキウムに問う。


「それで、この話は受けてくれるのかな?」

「考えはしたけどさ、やっぱり俺には向いてないよ。エリオが行ってくれ」

「そうかい」


話はここまでだと、書類整理を再開するマレフィキウム、一方で断られたエリオは何故か少々意地の悪い笑みを浮かべていた。


「いやぁ残念だな、三年間書類整理で忙殺されてるマレフを、仕事の名目で旅に出させてあげられると思ったのに」


エリオのその言葉に、マレフィキウムの手が再び止まった。

それを見てチャンスと考えたエリオは、ここぞとばかりに言葉を続ける。


「前の会談が半年くらい前だった筈だから、次の機会は半年後かな?でももう四回も失敗してる訳だし、五回目の失敗ともなると、更に機会が遠退く可能性も――」

「俺が行く!!」


目の前にぶら下げられた餌に、一も二もなくマレフィキウムは飛びつき、こうしてマレフィキウムは三年ぶりに旅に出るのであった。

地の文だからって名前しっかり書いてますが、マレフィキウムって打つの面倒だからマレフで良いかな……。

次からはそうすると思います。

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