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事後処理に追われて

魔王アルシアスの討伐――創世より続いた大戦の唐突な終わりに、レンナフィア大陸は未曾有の大混乱に見舞われた。

それは魔王という御旗を失った魔族達は言うに及ばず、勝利した筈の人族達もまた同様であった。

勝者も、敗者も、一体この事実をどう受け止めれば良いのかと、一様に混乱した。

なにせ戦争の終わりなど一度も経験した事が無く、参考にすべき先達の導もない。

だからと言って何もしない訳にもいかず、それぞれが手探りのまま、戦争の事後処理を始める事となった。


初めての勝者は、自分達の勝利に沸き立ち、このまま魔族を根絶やしにしろと叫ぶ者、無駄な争いを避けるべきと言う者、魔族の隷属を提言する者などが現れた。

初めての敗者は、自分達の敗北に打ちひしがれ、絶望し魔王の後を追う者、最期まで魔王の死を受け入れられず戦った者、人族の進行を恐れ魔族の領地の奥深くまで逃げ出す者など、毛色は違えど、どちらも意思が一つに纏まらず、折角勝利した筈の人族側は過激派と保守派に分かれ、あわや内紛にまで発展しかける始末だ。


結果、世界が幾分か落ち着きを取り戻すまでに戦争終結から三年もの年月をかける事となってしまったのだが、そんな世界の最西端、王都に建つ城の一室で、書類仕事に忙殺される男が一人いた。


「あぁぁ、駄目だ、目がシパシパして来た」


三年前、魔王討伐の旅を終えたら修行に出ると言っていた筈の《神機妙算の参謀》マレフィキウム・ハストンである。

何故彼が三年も経った今も、未だに旅も出ずにこうして書類仕事なんてものをしているのかと言えば、それは単純に仲間の一人に押し付けられたからだ。


コンコン――カチャ。


扉を叩くだけして、マレフィキウムの返答も待たずに扉が開かれ、一人の女が部屋へと入って来た。


「やっぱり、一時間前から、仕事があんまり進んでない」

「プリシェ……一時間ごとに監視に来るの止めろって」


マレフィキウムはそう言いながら、半目で女を睨む。

この女こそ、マレフィキウムに仕事を押し付けた張本人であり、勇者一行の魔法使い《レンシスの魔姫》プリシェラ・アン・レンシス、この国の第四王女であった。


「そのくらいの頻度で来ないと、マレフはサボる」

「とか言いながら、お前の方はどうなんだよ。こんなこまめに俺の所になんか来て、仕事は終わってるのか?」

「王族としての務めは問題なく果たしてる。今日の分もこのまま行けば夕方前には終わる予定」

「じゃあこの書類の一部、引き取ってくれよ。絶対今日中には終わらないって」

「なら明日に回せば良い。マレフに回してるのはどれも重要度の低い書類ばかりだから、急ぐ必要もない」

「はぁ、じゃあ何時になったらこの書類の山は片付くんだよ。減らしても減らしても、次の日にはまた山が出来てるんだぞ?」

「それでも三年前よりはマシ、十人以上で片付けていた内容を、今は三人程度で処理出来てるから」

「じゃあそろそろ俺を解放してくれよ、俺の仕事なんてそこら辺の文官捕まえてやらせれば済む話だろ」


十人以上必要だった作業が三人程度にまで減ったという事は、手の空いた人間がそれだけ増えたという事だ。

もう三年もこの雑務をこなしてきたんだ、自分しか出来ないというなら兎も角、自分の仕事はこれで終わりで良いだろうとマレフィキウムはうんざりした様子で言うが、プリシェラは首を横に振る。


「駄目、いくら落ち着いて来たとはいえ、それでもまだまだ猫の手も借りたい状態なんだから。それに、仲間達が全員戦争の事後処理に追われる中、一人だけ働かないつもり?」

「うっ、そう言われるとなぁ」


魔王討伐後、勇者一行はお役目御免――という事にはならず、勇者と戦士は最前線で魔族側の動きに睨みを利かせ、弓師と精霊術師は人族側の過激派の抑えに回り、魔法使いであったプリシェラは王族として、人族と魔族の重要人物達との会談、重要書類の処理など、それぞれが多忙な日々を送っていた。


「でもあれから三年だぞ?このままじゃ俺の貴重な二十代が書類整理だけで浪費されていく……」

「そうね、来年にはマレフもガスと同じ三十代になる」

「う、うぉぉぁぁああ!!」


三十代という言葉に危機感を抱いたマレフィキウムは鬼気迫る表情で目の前の書類を捌いていく。

そんなに三十代になるのが怖いのかと、プリシェラは少々呆れた様子でマレフィキウムの事を見ていたが、暫くすると両の人差し指を摺り合せながら、もじもじしながら口を開く。


「ねぇマレフ、私の仕事が終わったら気分転換に街に出ない?」

「え、またか?そう言って昨日も一昨日も街をブラついて夕飯まで食べただろ。書類漬けになってる俺を気遣ってくれてるのは嬉しいけどな、流石に本腰入れて書類整理しないとマジでヤバい、このままじゃおっさんになっちまう」

「それは書類を片付けても逃れられない」


冷静なプリシェラのツッコミも意に介さず、書類を整理する手を一切止めないマレフィキウムを見て、今日は無理と悟ったのか、プリシェラは大人しく引き下がる。


「分かった、あまり無理をしないようにね」

「分かってる、でもそんなに気遣ってくれるなら、たまの息抜きじゃなくて長期の休暇が欲しいかな」

「それは無理」

「ですよね」


戦争を終結させたというのは紛うことなき手柄ではあるのだが、それはそれ、この混乱は間違いなく自分達が呼び寄せたものでもある。

だというのに、その原因である勇者一行の一人が遊び惚けているというのは何かと外聞が悪い。


「魔王を倒したってだけで、もう一生分の働きはした筈だろ。残りの人生働かなくても許されるとは思うんだが」

「残念だけど、世間はそうは思ってくれない」

「"お前達のせいで皆が大変なのに、当事者が遊び惚けるなんて許せない"だろ。もう聞き飽きたよ」


なんとも理不尽に感じるが、それはこの騒動に巻き込まれた側も同じであり、余計な諍いの種を生まないためにも、今は協力して事態の鎮静化に動くしかなかった。

何より、魔王を討伐した勇者一行という存在の影響力は計り知れない。

人族側は言わずもがな、魔族側と交渉する際にもその名は大いに役立つのだ、これを使わない手はない。


「しかし、簡単な書類整理が仕事とか、俺だけ勇者一行の肩書が一切役に立ってないと思うんだが」

「御望みなら"そういう"仕事もあるけど」

「……いや良い、ただの愚痴だ、忘れてくれ」


自分で言っておいてなんだが、魔王を討伐した勇者一行だなんて肩書は自分には重すぎると、マレフィキウムは書類整理に没頭するのであった。

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