表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

断罪の刃は暗闇に揺れて笑う

作者: よるか


 暗い夜空に星は流れない。

 薄い雲が月を隠し、ぼんやりとした明かりがひらけた平原、小高い丘に孤立する大木を映し出した。


『ガハハハ、簡単な仕事は楽でいい』

「……あなたのおかげでね」


 木の樹冠より突き出した太い枝の上に、人影一つ声は二つ。

 闇夜に揺れる金髪が薄い月明かりを反射した。

 周囲に敵意へ反応する【危機感知の結界】を張り巡らせて、元聖女は存在を示す。

 そうして木の中で一人、幹に背を預け、夜明けを待っていた。


 こういう空は嫌いだ。

 夜の闇を見つめていると辛いことをたくさん思い出してしまうから。


 その気持ちを察したのだろう。

 同行者は口も無いのに語りだす。


『それにしてもいいのか、アリステラ』

「……何が?」


 アリステラと呼ばれた元聖女の手には、華奢な体にはそぐわぬ大振りな両刃の両手剣が握られていた。


『逃がしただろう一人。依頼の要件は全滅だったはずだが?』

「デクシアはほんと心配性。構わないでしょう、子供の一人ぐらい」


 刃と見つめ合うようにして、アリステラはデクシアと呼ぶ剣に返事をした。

 何らかの理由で悪魔の魂が封印されたと言われる魔剣。

 大層な肩書を背負っておきながら、どこか律儀で大真面目だ。


 アリステラが受けた依頼はたしかに盗賊団の全滅。

 傭兵として生計を立てるアリステラにとって、依頼は守られるべきものではあるのだが――要件通り、『盗賊団』は全滅させたのだからいいだろう、とアリステラは開き直る。


『そうか?』


 納得がいかなさそうな返事を聞いて、アリステラは「はぁ」とため息で返事をする。

 アリステラがゆっくりと息を吸う暇もなくデクシアは言葉を続けた。


『って、ほら案の定だ』


 デクシアは人の魂の気配に敏感だ。

 その言葉に少し遅れて――アリステラの張り巡らせた結界内に敵意を持って侵入した者が現れた。


『そのまま逃げたらよかったものを……ガハハ、今夜もお客さんだ、アリステラ』


 アリステラは返事をせず、木の枝から飛び降りる。

 同時に空を覆った雲が晴れ――月明かりにその横顔が照らされた。


 ガラス細工のように透き通る白い肌に、幼さが残る美しい顔立ち。

 涼しい表情で遠くを見つめる灰色の瞳。

 黒鉄の額当ての下からは、輝く金色の髪が夜風になびく。

 その輝きとは真逆、闇に溶けるような黒い鎧を身に纏い、

 両刃の両手剣、魔剣デクシアを手に、アリステラは小高い丘の上に立つ。


 女一人の傭兵稼業、夜の闇に紛れて襲い来る『お客さん』は珍しくない。

 アリステラは「よく舐められたもんだなぁ」と、どこか他人事のように考えてしまう。

 そのほとんどがデクシアの餌になるだけ。だから敢えて(・・・)結界を張っているというのに。


『ガハハハ! いいよな! アリステラ!』

「待ちなさい」


 今にも事に及びそうになるデクシアを制止する。

 その一言で笑うのもやめるデクシアは、やはりどこか律儀である。


 闇夜の静寂の中、ザッザッと膝丈ほどの草を踏みしめる音を鳴らして、その者は目の前に姿を現した。

 震える手で短剣を構え、アリステラのことをまるで悪魔でも見るかのように、怯える目をした少年――アリステラが数刻前に盗賊団を壊滅させた際、その親分に逃がされるようにして立ち去った子だ。


 まだ純粋な目を残した少年が、盗賊団の元に拾われた孤児なのだろうことはアリステラにもすぐわかった。

 だから追わなかったのに、と思わなくもない。


「お、おまえが……親分を……!」


 震える声で少年は怨嗟えんさを向ける。

 思い当たることのあるアリステラだが、ただ少年のことを見つめ続けた。



――やはり、夜の闇は余計なことを囁く。だからわたしは夜が嫌い。


 震える言葉に、震える手。

 涙ぐんで震える視線――

 それらを見ていると、なんだか昔の自分を思い出してしまった。



 か弱く何も知らなかった子供でいた頃。

 わたしもただ一人で身寄りのいない孤児だった。

 拾って育ててくれたマザーは教会のシスターで、真っ当な道を教えてくれた優しい人だった。

『許すことこそが断罪なのです』

 マザーの言葉はわたしを救ってくれた。


 散々に悪事を働いた盗賊団と少年。

 きっとそこにはそれなりの優しさもあったのだろう。

 けれど――そこにあるのは人のけがれの上に立つ砂の城。


――まあ、今のわたしがどうこう言える義理でもない。



 アリステラはただただ冷たい眼差しを少年にぶつけていた。

 力を抜いて剣を構えもしないアリステラに、余計に恐怖を覚えたのだろう。

 少年は手にした短剣を構えたままに突進する。


「うわあああああ!」


 行き場のなくなった思いは衝動的で――ただ単調な攻撃は見切るのが容易い。

 アリステラは慣れた動作で半歩下がると、短剣を手にした少年の腕を掴んで制止した。

 か細いしなやかな手から感じた力に少年は驚いたようで、手にした短剣を落として呆然としてしまう。


『ガハハハハ、いくらなんでも無鉄砲すぎるぜ』


 口をつぐむアリステラから聞こえた笑い声に、少年は驚き戸惑うように視線を泳がせた。

 逃げ出したくても腕を掴まれていては、身動きが取れないだろう。


「わ、笑う……魔剣?」


 アリステラの手にする剣を見て、少年の表情が青ざめた。


『アリステラ、もういいか?』

「ダメ、バカ魔剣」


 まるで剣と会話をするようにした様子に少年は一歩下がる。

 アリステラがその拍子に手を放すと、少年はそのまま足腰が立たなくなったといった様子で尻餅をついて座り込んだ。


「金髪黒鎧に、笑う魔剣……アリステラ……それじゃあ、あんたが噂の……」


 落とした短剣を目で追うこともなくすっかり戦意を喪失してしまった少年は、ついには涙を流しながらアリステラを見つめていた。


黒影こくえいの魔女アリステラ……」


 名を呼んだ少年にこたえたのは、アリステラではなくその影に潜む魔剣デクシアだった。


『金髪黒鎧の女なんて、他にいないだろうがよ。

 一目見てわからないか? それが命取りってやつだぜ』


 罪を犯したものをどんな手を使ってでも断罪する最強クラスの傭兵――黒影こくえいの魔女。

 辺境の田舎を活動地域とした盗賊団の端くれであった少年でも、その名を噂に聞いたことがあったらしい。


 金色こんじきに輝く髪、血濡れた黒鎧。

 断罪の刃は笑い、罪は黒影こくえいにて償われる――と。


「まさか、その噂の傭兵が、まだ子供だなんて……」


 そう口にした通り、少年は夢にまで思わなかったのだろう。

 アリステラはまだ18歳。

 それに傭兵という言葉から連想される屈強なイメージもない小柄な体型だ。


「はぁ」とため息を一つ吐いて、アリステラは言葉を続ける。

「あなたに言われたくはないけれど」

「ひっ、ご、ごめんなさい」


 冷淡な口調に命の危険まで感じたのだろう。

 少年はその場に頭をついて、謝りはじめてしまう。

 アリステラはその態度に「やりづらいなぁ」と考えつつも口を開いた。


「わたしのことを恨みたいならそうしなさい。

 でもあなたはまだ、引き返せる。

 これからは自分の立っている場所をよく考えて行動するのよ」


 顔を上げた少年は戸惑い考えるような表情をして、アリステラと目を合わせた。

 手にした魔剣を背負った鞘へと戻すアリステラを見て、少年はゆっくり立ち上がる。


『あーぁ』と、背負われたデクシアは実につまらなさそうにため息を吐いて返事をした。


 何も言わないアリステラを一瞥した少年は一礼してから振り返り、来た道を走り出す。

 声を押し殺すようにして背を向けた姿に――アリステラはあの日逃げた自分(・・・・・・・・)を重ねる。

 少年の姿が遙か遠方に見えなくなるまでその様子を眺めていた。


『いいのか? 行く当てもなさそうだったぞ』

「見つかるでしょう、行く先くらい。ああやって走り出したんだから」


 アリステラは涼しい顔をしたまま、少年の消えた先を見据える。


『モンスターに食われちまうかもしれないぜ?』

「そのときはそのとき。それが運命さだめだったというだけよ」

『こういうことは後から面倒ごとになるかもしれないなぁ?』

「それはわたしの自己責任。そのときはそのとき」

『ガハハハ、便利な言葉だな、おい』


 夜の闇に溶けるようにして――笑い声と金髪が揺れていた。



◇◇◇



 一仕事終えたアリステラが報告をするために『街』に帰った日のこと。

 アリステラはとある噂を耳にした。


――西のジャリスア王国が滅びたらしい。


 皆に愛された国王と、国を守るための【鉄壁の騎士団】がそれを支えた国。

 アリステラにとっては因縁深い――出身地。

 噂を聞いたアリステラは居ても立っても居られなくなり、次の仕事を断ってその足で旅立った。


 五日後、アリステラとデクシアはかつて繁栄を極めたその地を訪れる。

 だが、王国は見る影もなかった。

 空を覆うほどの暗い瘴気が溢れ出し、辺り一帯に陽の光は届かない。

 溶けるようにして崩れた建物の数々。

 毒の沼のよう広がる穢れに、瘴気の吹き溜まり。

 崩れた城壁は壁の役割をせず、街であった瓦礫の隙間からは蔓延るアンデッドモンスターが顔を出す。

 王城だったものは瓦礫の山と成り果てて、今や元の姿を想像することは難しい。


『あーぁ、こりゃひでぇや』


 背負われたデクシアは街を見るなり、他人事のように笑い飛ばす。

 アリステラはその言葉を無視して、自身の周囲に【空間認知阻害モンスターよけ】と【瘴気を遮断する結界】の魔法を展開し、崩壊した街を進む。


 繁栄を極めたメインストリートも今や開けた瘴気の流れ道――

 アリステラはそこにあったかつての賑わいを思い返しながら、過去を辿った。



 わたしは本当の親の顔を知らない。

 赤子のわたしは教会の前に捨てられていて――

 わたしの親は拾ってくれたマザー、ただ一人。



 面影もないメインストリートであったのだが、どうもそこを眺めていると、マザーに連れられ初めて街へと出た時のことを思い出す。



 マザーが本当の親じゃないことは、子供ながらにわかっていた。

 そんなわたしの気持ちもわかって、マザーは優しくしてくれた。

 そうしていつか、マザーのような優しくも厳しいシスターになることを夢見ていたはずだった。



 だが、アリステラの運命が変わったのは10歳になったとき――王国の制度によって魔力適性試験を受ける歳になったときのことだ。

 将来のため――と銘打っているが、要は国のための人材育成をはかるためのもの。

 アリステラはその試験で驚異的な数値を叩き出してしまった。

 将来は国を支える国家魔導士、はたまた大聖女か、と国の重鎮らに噂され、アリステラは騎士団と共に国を守る聖女に選ばれた。


 マザーも大抜擢な栄進に大喜びをしてくれた。

 その喜ぶ顔が嬉しくて、アリステラも笑顔でこたえた。

 今まで何も恩を返せないと思っていた自分にもできることがある――そう気づかされたアリステラは、国を守ることに従事するために魔法の訓練を受けはじめる。

 境遇もあり、きつく辛いことも多い訓練生活だったが、アリステラの生まれ持った才能は段々と周囲にも認められて、力を伸ばしていくことに成功した。


 そうして5年後――聖女という地位を確かなものとしたアリステラは、国の第一騎士団【鉄壁の騎士団】つきの聖女として国の最前線を守ることとなる。

 聖女の役割は、仲間を強化魔法で援護して、回復魔法で補助し、味方の士気を高めること。

 最前線であるからに隣国との緊張した関係や、襲い来るモンスターの討伐など、アリステラ自身も戦場を駆けることとなる。

 だがその危険や苦労も――マザーの笑顔を思い返せば、アリステラにとってはなんともなかった。



 アリステラは崩壊した街を進む。

 そして、かつて王城であったものの成れの果てを見上げた。


『ガハハハ、こいつは傑作だ。

 あの立派だった城もこれじゃーな!』


 デクシアは嬉しそうに笑っている。

 それもそうか、とアリステラは納得した。

 自分を取り囲んで長年閉じ込めたものがこうもなってしまえば、笑いたくもなるだろう。


「……ほんと、呆気ない」

『ガハハハ! アリステラも笑えばいい!』

「そんな気分でもない」


 そうして瓦礫の山を見ていると、あの日のことを思い出す――



 アリステラが聖女として戦い続けて2年。

 アリステラの力は王国に欠かせないものとなっていた。

【鉄壁の騎士団】団長はアリステラの境遇にも同情してくれ常に気を掛けてくれて、アリステラは無意識にこう考えるようになっていた――父親というものがいたのならば、こういう頼れる存在であったのだろう、と。

 騎士団長の支え、マザーの支えがあって、アリステラは国を守るために戦い続けた。

 戦い続けることができた。


 そのような折――アリステラは事件に巻き込まれる。

 アリステラの活躍を快く思わなかった者が国内に存在することを、アリステラ自身も十分に把握していた。

 だが、それが国の転覆をも狙う一派だったことは、アリステラには想像するのが難しかった。


 密かに進められていた国王の暗殺計画、その実行日。

 アリステラは常に王城に張り巡らせていた【危機感知の結界】にていち早く察知し、一人で国王の寝室へと駆けつけた。

 そして、忍び寄った暗殺者と対峙する。

 しかし、アリステラは王を守ることができなかった。

 それもそうだろう。

 聖女としての訓練を受けていようと、聖女は一対一で戦うことを想定した役職ではない。

 多少なりの戦闘スキルがあったところで、相手が王の命を狙うようなスペシャリストであったならば、力が及ばないのは当然のことだった。


 国を騒がせ、隣国や世界すらも震撼させる一大事件、皆に愛されたはずのジャリスア王が暗殺された。

 その場にいたアリステラは自身の無力さを嘆いたのだが――それどころか、国王を暗殺した犯人であると仕立て上げられてしまう。

 全てアリステラの躍進を快く思わなかった者の策略である。

 犯行現場に一人でいたアリステラは騎士団によって取り押さえられ、聖女としての力が国外へ漏れることをも恐れられ、処刑が即決即断されてしまう。


 アリステラは無実を訴えたのだが、用意周到にでっち上げられ捏造された証拠がそれを否定した。

 親なしの聖女やら――悪魔と契約した魔女やら――と、アリステラを心無い言葉が責め立てた。


 今までの活躍もたった一つの濡れ衣をきっかけに、全てがひっくり返る。

 眩しかった世界は暗くどん底の世界へと変わってしまった。


 なんのために頑張ったのだろう。

 なんのために戦ったのだろう。


 処刑を明日に控え、城の地下牢に拘束されたアリステラはただただ暗闇を眺めて嘆き続けた。

 自分が生まれ持った境遇を。己の無知さを。強すぎた力も。


――ガハハハハ、人の怨嗟は気分がいい!


 独り響いた慟哭に笑い声(・・・)がこたえて――アリステラは暗闇の中に赤黒く光ったそれを見つめた。


 結論から言えば、アリステラは騎士団長の計らいで逃がされ処刑を免れた。

 国を抜け出して逃げ出した。その手に笑う魔剣を握りしめて。



 その後、騎士団長がどうなったのかをアリステラが知る由もなかったのだが――国がこうなってしまっていることを考えれば、無事ではいないだろう。


 アリステラは過去を思い返し、嫌な思い出のほうが多く詰まる城であったものへと背を向けた。

 面影は全くない街並みであったのだが、記憶の中の慣れ親しんだ帰り道を思い返して歩みを進める。


 アリステラが目指した目的地――そこは、思い出の中に近いままの姿を残していた。

 屋根の上に取りつけられた大きな十字架はそのままに、溶けてしまって穴が開いた屋根や壁では野晒しとそう変わらないだろうが、教会としての形は残っている。


 アリステラは思わず涙ぐんでしまう。

 あの日「ただいま」を言えなかったその場所に、当時の気持ちを思い返して足を踏み入れる。

 礼拝堂内部は瓦礫に押し潰されて、ほとんどが原型を留めていなかったが、神聖な場所としての教壇は形そのままに当時の雰囲気を残していた。

 アリステラにはそこに立っていたマザーの姿が今でも思い返せる。


『ここがアリステラの家だったってわけか』


 アリステラの感情を察してだろう、いつものよう笑いはせずにデクシアが言葉を発す。


「そう、わたしの家」


 当時を思い返して感傷的な気持ちになってしまったアリステラは、静かに教壇へと近づいた。

 マザーがそうしていたよう真似をして、教壇に向かって立つ。


 そこから見える光景はかつて思い描いたものとは程遠い――瓦礫に潰れ、瘴気に汚染された礼拝堂。

 だが、アリステラにはその光景ですら眩しく輝くように映って、視界が白い光で埋まっていく。

 頬を一粒の涙が伝って――止めどなく溢れる想いをこらえることができなかった。



 わたしはただ大好きだったマザーに恩返しがしたかっただけ。

 そのために辛い訓練にも耐えたのに。

 そのために国にだって、騎士団にだって貢献したのに。

 ただ平和な日常(いつものまいにち)を求めていただけだったのに。

 本当の親だっていらなかった。

 こんな力いらなかった。

 聖女になんてなりたくなかった。

 わたしはマザーのような優しいシスターになりたかっただけ。

 なのに、どうして、わたしは、大好きだったマザーを守る権利すら奪われなきゃいけないの――



 逃げ続けるだけだったあの日には吐き出せなかったものが、全て涙として流れ出し、アリステラは目を腫らしながら子供のように泣き喚き続けた。

 数分の間、魔剣デクシアはその様子を笑いもせずにただ静かに見守った。


 術者アリステラが泣いてしまったことで、魔法に乱れが生じたのだろう。

 アリステラが展開していた【空間認知阻害】の効力が薄れ、教会辺りには生者を求める死者――アンデッドモンスターがうようよと集まりはじめる。


『……集まってきやがったぜ』


 アリステラが気持ちを吐き切るのを待っていたデクシアも、黙っていられなくなったように言葉を発す。

 アリステラは手で涙を拭いながら教壇の引き出しを開けた。

 その中にはマザーが大事にしていた銀の十字架ロザリオがしまわれている。


 教会の中に骨だけとなった元人間のモンスター、腐蝕と穢れに侵された骨剣士スケルトンファイターが数匹入り込んできた。

 モンスターたちは王国の鎧を身に着けた体に、手にした錆びついた剣を振り上げて、教壇目掛けて進んでくる。

 アリステラは銀の十字架ロザリオを取り出して首から下げると、背負ったデクシアに手を掛けた。


「デクシア、ご飯の時間よ」

『うぇ、腐った魂を喰う趣味はねぇよ』


 魔剣デクシアを抜いて、アリステラは腰を据えた。


『けどまあ、アリステラを喰われるわけにもいかんからな』


 そのまま両手でデクシアを振るって、アリステラは近づいてきた一匹目の骨剣士スケルトンファイターを薙ぎ倒す。

 王国の鎧――かつての同僚だったかもしれない。

 だが、アリステラはただ冷たい眼差しを向けたままに、剣を振るい続けた。


『アリステラは俺のもんなんだよ! ガハハハハハ!』


 デクシアが大笑いを上げたのと同時に、アリステラの影が不気味に伸びた。

 影はまるで触手のように分かれて無数に広がっていき――

 その影に触れたものを切り裂いて、切り裂いて、ザクザクとバラバラに、切り裂いた。


 散らばるモンスターの骨や鎧の欠片、粉々となる瓦礫。

 地響き伴うような轟音に、ただ静かにアリステラは影の中で佇み、デクシアの食事を待った。

 暴れるデクシアはアリステラの思い出までをも切り裂くようで――

 崩れる教会もモンスターたちも、辺り一帯はアリステラの影に喰われて散る。



 瓦礫の山すら残らないそこを後にしたアリステラは、その手に魔剣デクシアを添え、振り返らない。


 教えてもらった優しさは思い出の中だけでいい。

 許すも、許せないも、もうここには存在しない。

 断罪するべき罪は、既に裁かれている。

 ならばわたしは――マザーの教えに従って、全てを許そう。


 決意を灯した眼差しのままに、暗闇の中で金髪と笑い声だけが震えて揺れた。



◆日間ランキング入りしました。ブクマ評価入れてくださり感謝します。励みになります。


読んでいただきありがとうございました。

前に上げた短編のリメイクであり、リベンジでもある短編小説です。


何か皆様の心に響くことがあれば嬉しいです。


ブクマ、評価、感想、ご意見などお待ちしております。

以上、あとがきまで見ていただき、ありがとうございました!


追伸:

https://ncode.syosetu.com/n2411hn/

こちらダークな本作とは逆、現在連載中の明るい王道ファンタジーです。

お時間あるときにでも、見ていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 大好きだったマザーに恩返しがしたかったというアリステラの思いがとても切なく、胸が締め付けられました。
[良い点] 陰謀渦巻く世界。 ドラマに深みが増しました。 大好物です、はい。 [気になる点] 個人的には騎士団にもう少しスポットが欲しかったかな? それくらいです。 後は無し! [一言] ア…
[良い点] 心擽られる中二表現恰好いいです! [一言] 国家転覆を狙い、聖女の活躍を良く思わなかった一味(別かな?)共との戦う短編連作で続きが読みたいです☆ 是非(((o(*゜▽゜*)o)))
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ