9話 城門にて・後編
「アイゼン様。私は皿や鍋を洗いますので、荷物の中にある薬をその机の上に並べて頂けますか?」
「え? あ、ああ」
「それと、水をくんできてください。多分足りないと思うので」
戸惑いながらもアイゼンは大人しく指示に従い動き出す。
プラティナはテキパキと流しを片付け、アイゼンがくんできた水を大鍋いっぱいに溜めるとかまどに火を付ける。
「手慣れたものだな」
「神殿では炊き出しもやっていましたから」
「ふうん」
神殿では年に数回、恵まれない人々への配食が行われていた。プラティナはその準備の手伝いとして台所に立つこともあった。かまどに火をくべ、野菜を使ったスープを作った懐かしい記憶に、知らず口角が上がる。
「よし、お湯が沸いた……あとはこの薬を、と」
用意されていた薬の中から、解毒薬と鎮痛剤を一人分だけ手に取ると、プラティナはためらいなくそれを鍋の中に放り込んだ。ぐつぐつと煮えたぎるお湯にうっすらと色がつく。
「お、おい!?」
ぎょっとしたアイゼンが鍋をのぞき込む。
「お前、常識が無いにもほどがあるだろう。薄めたら効果はなくなるんだぞ!!」
「わかってますよ。安心してください、これからですから」
プラティナはそっと鍋に手をかざし、聖なる力を薬が溶け出した鍋へと注ぎ込んだ。
すると最初は薄かった色味がどんどん濃くなり、鍋からは薬剤独特の匂いが漂ってくる。
「なっ……!」
「神殿ではよくこうやって薬を増やしていたんです」
傷薬や解毒薬など、医者に頼るまでもない病の薬を神殿でも作っていたのだ。ほとんど義務のような役割で、神官や女官たちは暇を見つけてはせっせと薬を作っていた。
もちろん聖女とてその義務からは逃げられず、プラティナも暇を見つけては薬作りをしていた。
最初はきちんと材料を揃え一つ一つ製造するものなのだろうが、プラティナは自分の聖なる力が薬剤の効果を強力にすることを知ってからは、時間を短縮するためによくこうやって一気に大量に作っていたのだ。
「さあ、彼らに飲ませてあげましょう」
にっこりと微笑めば、アイゼンは何故か頬を引きつらせている。
「おいおい……お前、そんなことまでできるのか?」
「えっと……何かおかしいですかね」
「おかしいというか……くそ、まあいい。とにかくさっさと配るぞ」
「はい!」
元気よく返事をしたプラティナは先ほどの兵士にまずは薬を届けた。
最初は疑いの眼差しで差し出された薬を見ていた兵士だったが、背に腹はかえられないと思ったのかそれを一気に飲み干す。
「……あれ? なんだこれ」
土気色だった顔色が見る間に血色を取り戻し、瞳に生気が宿る。
「凄い! なんて効き目なんだ!!」
「よかったです」
「あんたの師匠は凄いな! 他の連中にも早く飲ませてやらなくては」
ぴょんぴょんと跳ねながら嬉しそうに話す兵士にプラティナもつられて微笑みを浮かべる。
「他の方にはアイゼン様が薬を配っているかと思います」
「そうか!! ああ、助かったよお嬢ちゃん」
最初の態度が嘘のように兵士の態度は朗らかだ。
それから薬を配り終わったらしいアイゼンと共に城門の中からはぞろぞろと数名の兵士たちが出てきた。
皆、薬の効果で無事に回復したらしい。
「いやぁ。一時はどうなることかと思ったが、君たちのおかげで助かったよ。感謝する」
兵士たちは代わる代わるに頭を下げて感謝を示してくれた。
薬は鍋の半分ほど残っているので、今後に備えて保存しておくようにとアイゼンが薬師のふりをして説明をしてくれた。
兵士たちは神妙な顔で頷いて、再び頭を下げる。
「最初は酷い態度を取って済まなかった。あんたはまちがいなく凄腕の薬師殿だ」
「お嬢さんがあまりに可愛らしいから、てっきり恋人との逃避行かと思ったが人は見かけによらないな」
うんうんと勝手に納得したように頷き合う兵士たちに、プラティナは情けない悲鳴を上げる。
とんでもない勘違いに顔が熱くなった。
咄嗟にアイゼンを見れば、彼は何故か表情を無くして立ち尽くしていた。これはいけないとプラティナは慌てて頭を振りながら声を上げる。
「そんな、私がこの方の恋人だなんて恐れ多いことです!」
兵士たちから笑い声が上がった。
朗らかな空気にプラティナは心があたたかくなるのを感じる。
(いい人たちね)
薬自体は特別なものではないのだが。早く良くなりたいという気持ちや、薬師が作った特製の薬だという思い込みが暗示を生んだのだろう。
神殿に薬を買い求めに来る人たちも、聖女が作った薬はよくきくと大げさに喜んでいた記憶がよみがえる。
(皆さん、元気にしているかしら)
苦しいことも多かった聖女の日々にも、小さな幸せはいくつかあった。
特に神殿にやってくる信徒の人たちは聖女プラティナに信頼を寄せてくれていたように思う。プラティナへの冷遇がバレるのを恐れていたから、直接話す機会にはほとんど恵まれなかったが、それでもわずかな繋がりは感じていたのに。
(もう、会えないのよね)
余命わずかである自分はこの旅を最後までやり遂げることはできないだろう。
彼らに別れも告げられなかったことが今更ながらに胸を刺し、プラティナは少しだけ悲しい気持ちになった。
「薬師殿」
最初に話をした兵士が近づいてくる。
差し出されたのは小さな小袋だった。
「薬の代金だ。これで足りるだろうか」
アイゼンはそれを受け取ると中身を確認し、神妙な顔で小さく頷く。
「十分すぎるほどです。皆さんが回復して安心しました」
「いや本当に助かったよ。いい時に薬師が来てくれたもんだ。あんたたちの旅の安全を祈ってるよ」
「感謝します」
「お嬢さんも気をつけて」
「はい!」
偶然の人助けだったが、やはり誰かのために何かをするのは心地いいものだとプラティナは微笑む。
この旅は思ったよりも良いものになりそうだと考えていると、兵士の一人が一歩前に出てきた。
「君たちは今からどこに行くんだ?」
「え?」
「もしこの先の街に立ち寄るなら、俺の知り合いがやってる宿屋がある。紹介状があるから、そこを使うといい」
「まぁ」
「それは助かる」
「ああ、まかせとけ!」
そうしてプラティナたちは兵士たちに見送られながら、無事に城門を抜けられた。
いつかまたと手を振ってくれる彼らの姿に少しのさみしさを感じながら、プラティナは何度も頭を下げた。
「しかし思わぬ収入だったな。これで旅の準備ができる」
兵士たちから受け取った小袋を手のひらで弄びながら、アイゼンが少し悪い顔をしていた。
「なんだか申し訳ないです。薬を増やしただけなのに」
「……君、何でもないことのように言うが、薬を増やすなんてこと普通はできないんだぞ」
「え? そうなんですか?」
「とにかく。この先では不用意にあの方法は使うな。騒ぎになる」
神妙な顔をしたアイゼンにプラティナは目を丸くする。
薬を増やすのはこれまで何度もしていたことだ。他の神官たちも何も言わなかったのに。
神殿と市井では常識が違うのかもしれないなどと考えながら素直に頷けば、アイゼンはようやく表情を緩めた。
「ところで、身体は大丈夫か? 熱や痛みは?」
「いえ。今のところは大丈夫ですね……でも、少し疲れました」
外の世界に出られた緊張と興奮が勝っているのか、まだ不調は感じていない。だが、地面を長く歩くという不慣れな行為のせいか、先ほどから膝の下が少し痺れたような感覚があった。
「そうか。休ませてやりたいところだが、あまり遅くなると獣が出るかもしれない。あの街までがんばってくれ」
アイゼンが指さす方向を見れば、小さな街が見えた。
歩いてどれほどかかるかはわからなかったが、目的地が目に見えたことで少しだけ気分が楽になった気がする。
「はい、がんばります!」
そう元気よく返事をしたものの、ようやく街に着いた時にはプラティナは這々の体だった。
アイゼンに支えられながら宿屋に入り、用意された部屋の寝台が見えた瞬間、安心したのか全身から力が抜けた。
重たくなる瞼に逆らえず夢の中に落ちていく瞬間、焦ったようなアイゼンの声が聞こえた気がしたが、プラティナはとうとう返事ができなかった。





