70話 ヘイリー装具店
翌日。
旅支度はゼットが完璧に揃えてくれており、アイゼンが言っていたとおり服以外は自分たちで買いそろえる必要はない状態だった。
アイゼンはなんとしても代金を払おうとしていたがゼットは頑なに受け取らず、二人は少し揉めていたがどうにか折り合いをつけたらしい。
服を売っている場所を聞き、宿を出る。
旅の装備を売っている店は、昨日でかけた市場とは反対の地区にあるらしい。
あまり治安のいい場所ではないので気をつけるようにとゼットに何度も言われたが、アイゼンがいるから大丈夫だろう。
「あれ、ノースは?」
ふと周りを見ると宿を出る時は一緒にいたノースの姿が見えない。
アンバーは龍の姿になり、プラティナの鞄の中に収まって眠っている。
「あいつは調べ物があるらしい。装備についても自分でどうにかするだろう。ああ見えてギルドの人間だ、準備には慣れている」
そういえばそうだったなと今さら思い出す。
いつもにこにこしているし明るいので普通の人と思いがちだが、よくよく思い出せばはじめて会った時に目の前でツィンとその仲間たちをあっという間に倒していたのだった。
(そういえばツィンはどうしたのかしら。町の外に追い出したって言ってたけど)
不思議なほどにこれまでツィンのことは思い出さなかった。
ここまで追いかけてきた執念に驚き恐怖したというのにと驚いてしまう。
アイゼンたちと数々の経験をしたことで、心が強くなった気がする。
「どうした?」
「いえ、あの……私を追いかけてきたツィンのことを思い出して」
名前を出した瞬間、アイゼンの顔が凶悪に歪んだ。
「君の元婚約者のことだな」
「はい。どうなったのかなって……あ、心配してとかじゃなく、これまでの話が全部想像通りならまた追いかけてきそうで」
ツィンは気が弱く強引なことができる性格ではない。
でもレーガの命令でここに来たのならば、何か良くないことを考えてもおかしくない。
「なるべく早く準備してここ出た方がいいのかなって。ゼットさんたちにも迷惑をかけたくないですし」
優しくしてくれた人たちを思い出すとプラティナの事情に巻き込むのは胸が痛む。
「ノースが片付けたんだ。そう簡単に戻ってこれるものではないだろう」
「だと、いいんですが」
「君の懸念はわかる。そのためにもさっさと買い物をしてしまおう」
「はい!」
描いてもらった地図を頼りに向かった先は、確かにこの先に店があるとは思いたくないほどに薄暗い路地だった。
周りにはたむろしている男性も多く先ほどからちらちらとした視線を感じる。
「離れるなよ」
「はい!」
アイゼンの隣にぴったりと寄り添いながら奥に進むと『ヘイリー装具店』という看板を掲げた小さな店があった。
薄い木でできた扉は薄汚れており店内を見るための窓などもないので本当にやっているか不安になる雰囲気だ。
「ゼットの奴……ここなら間違いないとか言ってたが本気か?」
訝しげな表情を浮かべつつアイゼンが扉を開け中に入っていくので、プラティナは慌ててついていく。
店の中は外から想像するほど狭くはなく、所狭しにたくさんの服や靴が並べられていた。
「いらっしゃい~」
奥から出てきたのはプラティナの身体の半分ほどしかない小柄な男性だった。耳と鼻がつんと尖っている。
青空のような綺麗な色をしたローブを羽織っており歩く度に鈴が鳴るような音を立てる不思議な靴を履いている。
「やあやあ、ボクはこの店の店主ヘイリーだよ。旅装束から死に装束までなんでもござれのヘイリー装具店にようこそ!」
「ゼットの紹介で来た」
「ああ! 聞いてるよ~! 山越えと砂漠用の装備が欲しいんだよね。こっちだよ!」
ヘイリーはぴょんぴょんとはねるように歩きながら奥へと進んでいく。
その珍しい姿に目を丸くしていると、ヘイリーがくるりと振り返り悪戯っぽく目を細めた。
「もしかしてドワーフと会うのははじめてかいお嬢ちゃん」
「ドワーフ!?」
絵本の中に出てくるドワーフとはずいぶんと違う姿に驚けばヘイリーはにんまりと笑い、その場でくるりと回って見せた。
ドワーフといえば小柄でがっしりとした体つきで男性らしく髭を蓄えているイメージだったが、ヘイリーはそういったドワーフ像とはずいぶんと異なる。
「ボクはドワーフの中でも変わり種でね。親父や兄弟たちは鍛冶や建築、道具の研究に夢中なんだけど、ボクはこういった服飾に興味があってずっと人の服を着てたんだ。そのせいなのか体つきも人間みたいに細っこいままでねぇ」
何かを懐かしむようにうんうんと頷くヘイリーは自慢げに腰に手を当て胸を反らす。
「だからボクの作る服は頑丈だし、あらゆる気候に対応するタイプを作ってるんだ」
「すごいですね!」
「ふふん! さ、これが山越え用の靴だよ。濡れた岩や苔むした地面でも滑らないし、浅い川ならそのまま渡っても足が濡れない」
ヘイリーが渡してくれた靴はとても軽く、表面は何の皮を使っているのかとても滑らかだ。
「そしてこっちが砂漠用の靴とマント。靴は日中の焼けた砂や夜間の氷のように冷たい砂の上もサクサク歩けるし、強風でも踏ん張れる。マントは外気温を遮断してくれるから、寒暖差にも耐えられるよ」
その他にも棚から次々に品物を出しアイゼンとプラティナに渡してくる。
そのどれもが軽く、見れば見るほどに精巧な造りをしているのがわかった。
「目測だけどそのサイズで合うと思うよ。試着室はそこだから着てみておくれ」
「はい!」
「俺は別に着なくても……」
「ダメダメ。道具は身体に合ってるのが一番大事なんだ。少しでも違和感があったら言っておくれよ。他のに変えるか調整するからさ」
試着を渋るアイゼンをヘイリーはぐいぐいと押していく。
助けを求めるようにこちらを見る視線に苦笑いを返していると、思い出したようにヘンリーが何かを手に取りアイゼンに持たせた。
「お兄さんはこのズボンも試してみておくれよ。ちょっと前に上流で討伐されたサーペントの皮で作った試作品なんだけど、ちょうどお兄さんに合うと思うんだ。水に強く伸縮性に優れてるから動きやすいはずだよ」
サーペントという言葉にアイゼンとプラティナは顔を見合わせる。
「すごく上質なサーペントの素材がたくさん手に入ってねぇ。いろいろ作ってみたんだよ。あ、お嬢さんにはこの鞄をオマケしとくよ。サーペントの皮でつくった水袋だ。収納魔法を付与してあるから、それだけで大樽二つ分の水が収納できる。砂漠を歩くならぜひ使っておくれ」
ひょいと渡されたのはプラティナの拳ほどしかない小さな水袋だ。
とてもそんな大量の水が入るとは思えないが、ヘイリーが言うならそうなのだろうという妙な確信があった。
「それってすごく高級品なんじゃないですか?」
お金が足りないのではないかと青くなっていると、ヘイリーはふふんと鼻を鳴らす。
「実はね、これは知り合いの川の民から買ったんだ。ずっとこのサーペントに困らされてたんだけど、通りかかった冒険者が倒してくれたってそれはそれは喜んでてねぇ」
二人を見つめるヘイリーの瞳はなにもかも見透かしたように輝いていた。
「もしその人たちが装備を買いに来たら、よくしてやってくれと頼まれたんだ」
「……何故俺たちだと?」
「黒髪の剣士に白銀の髪のお嬢さん、なんて組み合わせはそうそうないし、ここに辿り着く時点であんたたちとは縁があるってことだよ」
「人違いならどうするんだ」
「まあ、それはそれで。ボクは気に入った相手にしか商品を売らないんだ。君たちは合格。さ、四の五の言わずにさっさと試着しておくれよ」
押し込まれた試着室で渡されるがままに渡された服を着ていく。サイズは目測だと言われたが、まるであつらえたかのようにどれもぴったりだった。
着心地も恐ろしくよくてプラティナは目を白黒させながら試着室から出ることになった。
「うん、ぴったりだね。お嬢さんはこのスカーフを首に巻くといい」
「わ、かわいい!」
ヘイリーが着ているローブと同じ青空色の綺麗なスカーフは、何もつけていないとしか思えない質量だ。肌触りもよくて思わず頬ずりしたくなる。
「これはどんな装備なんですか?」
「ただのオシャレだよ」
「へっ?」
「女の子はかわいいくしてなきゃ。お兄さんもそう思うだろ? この子には青がよく似合うだろう」
いつの間に試着室から出てきたのか装備を身に纏ったアイゼンがじっとこちらを見ていた。
「……そうだな。よく似合う」
びっと全身に電流が走ったような気がした。
アイゼンに似合うと言われただけなのにその場からぴょんと跳ね上がりたくなるような気持ちになる。
「だろうだろう。お兄さんの方もサイズは問題なしだね。今使ってる腰ベルト、だいぶん傷んでるようだからこれに変えたらどうだい? ちょっと太めだけど、その分頑丈で収納力があるよ」
「もらおう。サーペントの髭で織った縄はあるか?」
「おっ、お兄さん詳しいね。あるよあるよ」
どこか嬉しそうにヘイリーは細い縄を持ってくる。
「これはサーペントの髭を細く裂いて編み直した縄だ。燃やすことも切ることもできない。魔法にも強い超特別製だ」
「すごいですね!!」
「そうだろう、そうだろう。これだけの精度の品を作れるのはこの大陸ではボクくらいさ!」
思わず大きな声を上げればヘイリーはふふんと鼻を鳴らしながら思いきり胸を反らす。
なんだかのせられていろいろ買うことになってしまったなと思いながら買った品を並べてみると、かなりの数だ。
お金は足りるのだろうかとはらはらしていたが、アイゼンは提示された金額をサラッと支払っていた。
「景気がいいねお兄さん」
「ずいぶんとまけてもらったおかげだ」
「ボクも買ってもらえて嬉しいよ。もしまたこの町にくることがあったら、ぜひ寄っておくれ!」
ご機嫌なヘイリーに見送られ店を出ると、すでに日が高くなっていた。
買った荷物はすべて収納袋に収まったのですごく身軽なのが不思議なくらいだ。
「そろそろ約束の時間だ。行くぞ」
「あ、まじない師さんの家ですね。場所はわかるんですか?」
「ここからそう遠くない海沿いの家だそうだ」
来た道を戻らず、店の前を通り過ぎて路地を抜けると海沿いののどかな道に出た。
明るい日差しと潮風が心地良い。
舗装されていない踏み固められた道を歩いていると、いくつかの小さな家が並んだ住宅街が見えてきた。
そしてその入り口には手を振るノースが。
「ノース!」
「やっほープラティナちゃん。いい装備は買えた?」
「はい。とってもいい店でした! ノースは行かなくてよかったんですか?」
「うん。俺はいろいろ自前で持ってるしさ」
そういって腰につけたバックをぽんぽんと叩いて見せた。
どうやら収納袋になっているらしい。
「用事とやらは済んだのか」
「バッチリ」
ノースはずいぶんとご機嫌だ。
何をしてきたのだろうとプラティナが考えていると、アイゼンはすでに興味が無いのかすたすたと住宅街の方へと向かっていく。
「行くぞ」
「はい!」
「せっかちだなぁ」
住宅街の奥に進むと、一番奥の区画に辿り着いた。そこは他の家とは違い、広い庭を有している屋敷だった。黒く塗られた金属の門扉がなんとなく重苦しい雰囲気を醸し出している。
「ここだな」
アイゼンは物怖じしない様子で門扉を開け、家の前まで歩いていく。
門扉と同じ黒塗りの扉を叩くと、あまり待たずに中から足音が聞こえてきた。
「誰だ?」
「約束していた者だ。靴紐のゼットから紹介された」
「ああ。早かったね」
返事と共に扉が開くと中から顔を出したのは灰色の髪をした老婆だった。
すらりとした長身に紫のローブを身に纏っており、いかにもという様相だ。
「あんたがまじない師のベンナか」
「そうさ。この辺じゃベンナ婆と呼ばれている。立ち話も何だ、中に入りな」
ベンナは特にこちらを警戒する様子もなくすぐに中に招き入れてくれたのだった。





