67話 草の民
新章突入。
「まずは草の民について説明させてください」
話がしたいというクルトを連れ、プラティナたちは宿に戻ってきた。
事情を察したゼットが空き部屋を貸してくれたため、全員でその部屋に集まる。
木の椅子に座ったクルトとベッドに座ったプラティナが向かい合い、アイゼンとノースは壁にもたれるようにしてこちらを見張っている。
アンバーは小竜の姿に戻り、プラティナのひざの上でじっとクルトを見つめていた。
二人と一匹の視線に居心地の悪そうに身体をよじったクルトだったが、意を決したように喉をならすと真っ直ぐにプラティナに向き直った。
「僕たち草の民は古くからこの土地に住む一族です。このシャンデという国ができる前から、龍を守りながら生きていきました」
「龍を……聖地に祀られている邪龍のことですか?」
「邪龍……」
クルトが悲しげに眉を寄せ、首を振る。
「長い年月の中で正しい歴史が曖昧になっていたため、今はそう伝わっていますが、本来、龍はこの土地を守った存在なのですよ」
不意にセルティスの孤島に行く際に学者であるエリンコが語っていた話を思い出す。
『国がとんでもない厄災に襲われたため、龍の力を借りてそれを鎮めた、という古い話を見つけました』
『国の厄災と龍の話が、混ざってしまったのかも知れないと僕は考えています。聖なるものをたたえるよりも、悪しき者を封印しているといった方が威厳もありますしね』
「以前、聖地について調べている学者さんから似たようなお話を聞きました。かつてこの国を襲った厄災を龍が鎮めたと。それがいつの間にか、邪龍と認知されるようになったのではないか、と」
「そうですか……」
クルトは少しだけ安心したように頷くと言葉を続けた。
「まだ認知の歪んでない人はいるんですね。安心しました」
力なく微笑んだクルトは、懐から一枚の紙を取り出した。
広げられたそれには大きな龍の姿が描いてあった。
「これ、は……」
その龍の姿にプラティナは息を呑む。後ろに控えていたアイゼンも動きを止めたのがわかる。
(アンバー)
それはセルティの孤島で急成長したアンバーの姿によく似ていた。違うのは瞳の色くらいだろう。アンバーは琥珀色をしているが、この龍の瞳は水色だ。
「これが私たちが信仰する青龍と呼ばれる存在です。青龍はこの土地に住む長寿の魔物だったそうです。知恵と聖魔力を秘めた青龍は人間を愛していました。そしてこの国を襲った災害とそのせいで発生した瘴気を払うためにその身を捧げたのです」
クルトの語る歴史はプラティナが知る邪龍の物語とはまったく別物だった。
「だがそれが歪み、龍こそが災害だったかのような物語になってしまった。草の民は文字を持ちません。口伝でのみ残された話が、いつの間にか間違って定着し、歴史に残されたのです」
長い歴史の中で歪んだ伝説の事実を知り、プラティナは目を丸くする。
ノースも同じように驚いているらしく、何度も目を瞬いていた。
この国で育ったならば常識として知っていたことが根底から覆されたような気持ちだった。
「ですが、どこかで人々は龍を粗末に扱ってはいけないことだけはわかっていたのでしょう。故に聖地は聖地のまま、人々は祈りを捧げていた」
「神殿が行っていた巡礼がそれなのですね……」
「はい。それに十数年前まではまだ事実を知る人たちも残っていました。ですが、レーガが女王になってからは、聖地も蔑ろにされ僕たちも土地を奪われたのです」
クルトがプラティナによく似た白銀の前髪を摘まんで引っ張る。
子どものような仕草ではあったが、どこか懐かしさを感じた。
「どうしてあなたたちがそんな目に……」
「僕たち草の民は、かつて龍に仕えていた一族です。龍が大地に眠った後も、龍の声を聴き、龍を祀り続けていました。いずれ龍が復活できるように、と」
「復活?」
「はい。この土地を包んでいた瘴気を全て受け止めた龍は死んだのではなく長い眠りについていたんです。いずれ龍が復活できるように聖地に力を溜め、龍に届けていたんです」
「それが聖地の本来の役目だったんですね」
巡礼にきた者たちの祈りを力に変え、あの龍の像に保管していた理由がようやくわかった。
プラティナが受け取った力は本来、大地の龍に還されるものだったのだ。
「女王は強欲です。彼女は強大な魔法使いで、龍の力を吸い上げて自らのものにしていました。それを実行するために、僕たちの存在が邪魔だったんです」
「えっ!? 女王陛下って魔法使いなんですか!?」
「聖女様、知らなかったの?」
「君……ほんとうに気が付いてなかったのか?」
「えっ、えっ」
アイゼンとノースが同時に声を上げ、プラティナはおろおろと首を振る。
プラティナの記憶にあるレーガはとても美しい人だが怖い人という認識であまり関わったことがなかった。
メディのことは可愛がっていたようだが、プラティナはまともに声をかけてもらったことすらなかったのだ。
「城の連中の殆どはレーガの魔法で操られているようなもんだ」
「あちこちに強力な結界を張ってたのも女王だろうね」
「えっえ~~~~」
自分だけが知らなかった事実を突きつけられ、プラティナは情けない声を上げる。
ひざの上で丸くなっていたアンバーだけが、プラティナと同じように大きな琥珀色の目をキョロキョロさせていた。
「魔法を使える人間は珍しくない。君が生まれながらに聖女としての力を持っていたように、レーガは魔法使いとして生まれたんだろう。まあ、君ほどの力を持つ存在は希だがな」
アイゼンが探るような視線をノースに向けた。
「だがお前の口ぶりではそれだけではなさそうだな」
「ええ。レーガはもともとこの土地の者ではありません。どこからか流れてきて、龍の力を奪う魔法を使った後、貴族として城に潜り込み、シャンデの王家を乗っ取った、魔女です」
ざっと血の気が引く音が聞こえた気がした。
「魔女、って」
「よく考えてください。何故、王族でもない女性が王になれるのですか? 直系の王女様が聖女として神殿に入る必要があったからとはいえ、あまりにも不自然です」
国王である父が亡くなってすぐ、プラティナは死を悼む間も与えられず神殿に連れて行かれた。
それが王女として生まれた自分にしかできないことがだからと言われて。
父もそれを望んでいたと教えられた。
だからひたむきに頑張ってきたのだ。
「おそらくレーガは、魔法で家臣たちを操り、自分が女王に収まるように事を運んだのです。そして女王の権力を使い龍の真実を知る僕たちを迫害した。僕たちが真実を語り、龍を女王の呪縛から解放しないようにするために」
悔しげに拳を握りしめるクルトの表情は悲壮なものだった。
彼の一族がどれほど苦しめられたのかが伝わってくる。
「プラティナさん。あなたも女王から逃げていると聞きました。そして元聖女だとも」
真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に射すくめられ、プラティナは息を呑んだ。
「あなたは王女プラティナ様ですね」
隠しておけない。
そう悟ったプラティナは一瞬だけアイゼンを見て、それから静かに頷いた。
「……そう、です」
「やっぱり。あなたの髪色を見た時に、そうじゃないかって思ったんです。その白銀の髪は僕たち一族の証ですから」
懐かしいものを見るように目を細めたクルトが小さく首を傾げた。
「プラティナ様。あなたの亡くなったお母様……王妃様は、僕たちとおなじ草の民の女性でした。彼女は龍の復活を助けるために、シャンデの王族に嫁いだんですよ」
なるべく毎日更新したい。





