64話 ギルドにて
その日の夕食は白身魚とトマトを煮込んだ大皿料理だった。香草とスパイスの香りが食欲をそそるもので、何度も小皿に取り分けてもらった。一緒に出してもらったパンは固めだったが、魚のスープと一緒に食べると柔らかくなってとにかくおいしい。
あたたかくて美味しいご飯を食べていると、薬作りの疲れが癒えていく。
「おいしいですねぇ」
「君は本当に何でも美味しそうに食べるな」
「だって本当に美味しいんですもの」
「そうか」
最近は旅に出た頃よりも食べ物が美味しく感じると考えながら、プラティナは甘さの増したトマトを咀嚼する。
それは肉体的にも精神的にも聖女だった頃より健康になったという証拠なのだろう。
こんなにも毎日が楽しくご飯が美味しいなんて、ほんの少し前までは想像もしなかったことだ。
「明日は残りの薬を作るつもりです。アイゼンは朝から見張りに行くんですか」
「ああ。日暮れから朝までがノース、夜明けから夕方までが俺の担当だ」
「一人で大丈夫ですか?」
アイゼンの強さは信頼しているが、一人きりで倉庫の前に座っている姿を思うと胸が痛む。
せめてアンバーを連れて行ってはとプラティナは提案したが、アイゼンはゆるく首を振った。
「いや。もし荒事が起きたときのことを考えれば一人の方が話が早い。君は薬作りのことだけを考えてろ」
「でも……」
「役割分担だと思え」
どうやら相談の余地はないらしい。
それからいくつかの打ち合わせや相談をしているうちにお皿は空になってしまっていた。
そろそろ自室に戻って休むべき時間なのだが、なんだかアイゼンと離れがたくてプラティナはまごまごと椅子に座ったままになってしまう。
思えば食堂とは言え二人きりで向かい合うのはずいぶんと久しぶりな気がする。
何か話さなければと思いながらちらちらとアイゼンの顔を盗み見る。
「なにか言いたいことでもあるのか?」
「いえ! 大したことじゃないんですが……えっと、草の民の人たちのことどう思いますか」
「ああ、あの話か……」
船長たちから聞かされた内容を思い出したのか、アイゼンが眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。
「前にも言ったが、俺はこの国の出身じゃ無いからな。歴史や民族については詳しくないから、事実かでっちあげなのかはわからない。龍の雫という薬草のこともだ」
「そう、ですよね」
「あの船長が嘘を言っているように思えなかった。信じるしかないだろう。願わくば明日、その草の民とやらが薬を取りに来てくれればいいんだが……」
「明日?」
約束は3日後まででは無かっただろうか。
「何日警護しても依頼料はかわらないからな。労力は最小限に抑えたい。君も、あすの午前中で薬を作ってしまえるだろう?」
「はい。あ、でも酔い止めって作ったことがないのであとでゼットさんに分けてもらおうかと思って」
「そうなのか?」
「神殿は内地ですから」
王都は内陸に位置することもあり、プラティナは船にまつわる仕事は縁遠い。船旅用の酔い止めがあることは知っていたが、作ったことはなかったのだ。
「少しあれば増やせますし、使ってる薬草の配分もわかると思うんです」
「相変わらずなんでもないことのように言うなぁ君は」
「……そんなにおかしいですか?」
これまでもなんどとなく繰り返されたやりとりに、プラティナは首を傾げる。
自分ではそんなに大したことをしているつもりはないのに、と。
「おかしいどころじゃない。君の力は規格外だ。薬を増やすなんて奇跡、俺は初めて見たぞ。神殿の連中こそなにも言わなかったのか」
「薬作りは殆ど一人でやっていたので誰かと比べたことはないんです」
神殿での薬作りは義務に等しく、聖女だからといって免除されるものではなかった。
最初に薬を作って以来、なぜか毎日のように大量の依頼を受けたためせっせと作り続けていただけで、特別なことをしているつもりはなかった。
「なるほどな。神殿の連中も、君が薬を作っているところを見たことがなければ正規の手法で調合していたと思っていたかもな」
「作り方、聞かれませんでしたからね」
「まったく……わかった。ゼットにはあとで事情を説明しておこう。他に必要なものあるか?」
「今のところは大丈夫です。もしなにかあればゼットさんに相談します」
「そうしてくれ。さて、今日は疲れたろう。もう休め」
「……はい」
ほんの少しだけまだ名残惜しい気持ちがあった。もう少しだけ二人でいたい。でも。
「あの……」
話しかけたいと声をかけようとした瞬間、上階から大きな物音が聞こえた。
次いできゅうう~と聞き覚えのある声が聞こえた。
『プラティナ~~!』
「アンバー!」
半泣きのアンバーが客室階からぱたぱたと羽根をはばたかせながら降りてきた。
『起きたら居なくてびっくりしたよぉ! お腹空いたぁ』
「ピイピイ鳴くな!! 寝てたお前が悪いんだろう」
『わーん! プラティナ! アイゼンが意地悪だ!』
「あらあら」
飛びついてくるアンバーを抱きしめながら、プラティナはほっとしたような寂しいような複雑な気持ちになったのだった。
それからお腹が空いたとなくアンバーをなだめ食事を取らせたあと、プラティナはアイゼンと別れて自室に戻った。
(私、どうしたいんだろう)
寝台に横たわり、これまでのことやこれからのことを考えているうちにプラティナはうとうとと眠りに落ちた。
明けて翌朝。
朝食のために食堂へと向かうと、そこには笑顔で手を振るノースが待っていた。
どうやらプラティナが眠っている間にアイゼンと交代したらしい。
「おはようございますノース」
「おはようプラティナちゃん、アンバー」
一晩倉庫の見張りをしていたと思えないはつらつぶりに感心しながら一緒に朝食を取り、今日の予定について確認する。
「今日の午後、一度ギルドにいって薬を納品しとけってさ。もし商人が早く到着したらバタバタするだろうし」
「わかりました。じゃあ、午前中に残りの薬を作っておきますね」
「俺は昼まで寝とくかな。あ、これさっき宿屋の主人から預かったよ」
ノースが差し出してきたのは黄色い瓶に詰まった酔い止めだった。アイゼンがゼットに頼んでくれていたのだろう。
ソレをぎゅっと握り絞め、プラティナは小さく微笑む。
「ありがとうございます。これで全部の薬を作れます」
「頼もしいねぇ。もしなにかあったら呼んで」
「はい!」
それからまた部屋に籠って薬作りを再開した。
ゼットからもらった酔い止めを確認したところ、手持ちの薬草でも十分再現は可能そうだったので、今回は薬を増やすのではなく調合することにする。
昨日と同じように鍋に水を入れ、その上に網を置いた。
『水の中に入れないの?』
「酔い止めはエキスだけを使うほうがよさそうなの。見てて」
網の上に薬草を並べ、手のひらをかざし聖なる力を流しこむ。すると薬草が見る間に萎んでいき、そのエキスがぽたぽたと水の中に落ちていく。
『すごーい!』
「あとはこれをいつも通り、っと」
鍋に溶け込んだ薬草のエキスを混ぜながら力を流しこめば酔い止めの完成だ。
余計なことかと思ったが、気持ちを落ち着かせる香草も混ぜたので香りもいい。気に入ってもらえるといいなとかんがえながら、アンバーと共に痛み止めと同じように小瓶に詰めていく。
「次は熱冷ましね」
そう言いながら薬草を手に取ったプラティナは、昨日別れたきりのメリルを思い出していた。
(大丈夫だったかしら)
熱冷まし草に力を込めたとは言え、もし重篤な病気なら効果は無かったかもしれない。
やはり会いに行くべきかとも思ったが、メリルがどこに住んでいるかを知らないのだから手の打ちようもない。
知らず、溜息がこぼれてしまいあわててプラティナは首を振った。
(だめよ。私の仕事は薬作りなんだから)
アイゼンとも約束したのだから、とプラティナは熱冷まし草といくつかの薬草を鍋に入れ力を注ぎ込む。
メリルに渡したものと同様に、薬草にまず力を込めたこともあり、あっというまに薬が完成する。
淡く光る薬も小瓶に詰め込んだ。
「……よしっ!」
『できたー!』
完成だと両手を伸ばせば、アンバーがくるくると回って嬉しそうに羽根をばたつかせる。
そしてまるでそのタイミングを待っていたかのように扉がノックされ、ノースが顔を出した。
「プラティナちゃん、そろそろ行けそう?」
「はい。ちょうど完成したところです」
「りょーかい。じゃ、全部収納袋に入れて、っと」
ノースが腰にぶら下げていた小さなカバンにどんどん薬を入れていく。
見慣れたとはいえやはり不思議なその光景に見入っていると、ノースが笑い声を上げた。
「心配しなくても、盗ったりしないよ?」
「あ! ちがいます! ノースの鞄は小さいのに随分と荷物が入るんだなと感心して」
「ああ。これはギルド職員用の特製だからね。売られてるものよりずっと収納力が高いんだよ」
「へぇ」
話している合間にノースはすべての薬を収納袋に入れてしまった。
食事は買い取りを済ませたあとに外で食べようということになり、アンバーを伴いギルドに向かった。
そして。
「なっ、なんですかこの薬は!!」
職員の悲鳴が、ギルド中に響き渡った。
最初に受付をしてくれた眼鏡をかけた女性の職員は、プラティナの持ってきた薬を手に取っては、悲鳴を上げたり、目を見開いたり、呼吸を荒げたりとせわしない。
「あ、あの……何か問題が」
「問題なんてとんでもない! こんな上質な薬、見たことありません!!」
「えっ、あー……」
「私、鑑定スキルがあるから分るんです。この薬は全部上級……いや、超上級クラスです。うわぁぁ……!!」
大声で騒ぐ職員のせいで、ギルド中の視線がプラティナたちに集まってくる。
しまったと思うがどうやらもう遅いようだ。
「ぜひ全部買い取りさせてください。数が多いので査定には少しお時間をいただきますが、夕刻までには終わります」
「は、はい」
「しかし凄い薬ですね。これはあなたが?」
無邪気に問いかけられ、プラティナはひゅっと息を呑む。
アイゼンには力のことはなるべく隠せと言われているが、咄嗟に嘘を吐くスキルはプラティナにはない。
「あの、その……」
「ちがうちがう。これはこの子の師匠が作ったの。ほら、依頼の受け付けの時に一緒にいたでしょ?」
さっと助け船を出してくれたのはノースだ。にこやかな笑顔を職員に向けてひらひらと手を振りながら、自然な動きでプラティナを庇うように前に立った。
「師匠……? ええと……あ! 本当ですね。職業が薬師になってます。彼が作ったんですか。凄腕ですね!」
「はは。聞いたら喜ぶと思うから伝えとくね」
(アイゼン、ごめんなさい)
この場にいないアイゼンに心の中で謝罪しながら、プラティナたちは薬の納品を済ませたのだった。
プラティナが薬を作ったわけではないと思わせることには成功したが、注目を集めてしまったことは変わりない。周りからの視線を浴びながらギルドを出たときには、緊張から来る疲労感でぐったりだった。
「はぁ、緊張しました」
「でも無事に納品できてよかったね。あの様子だと、けっこういい値で買い取ってくれるんじゃないかな」
「旅の資金、貯まりますかね」
「大丈夫だって。もしどうしてもって時には俺も出すからさ」
からからと笑うノースは太陽のように明るい。
その笑顔にホッとすれば、今度はぐうとお腹が鳴った。
「あう」
「お腹空いたよね。何か買って食べようか。あ、そうだアイゼンのところに行こうよ」
「港ですか?」
「あの倉庫の並びにいくつか店があったんだ。差し入れついでさ」
「そうですね! 納品のことも報告したいですし!」
一人で見張りをしているアイゼンに会いに行く理由ができた。
足元がふわりと浮き上がりそうな高揚感のままに、港へと向かったのだった。





