63話 薬作り
出港する船長たちを見送ったあと、プラティナたちは渡された鍵を持って倉庫に向かった。
細長いレンガ造りの倉庫はいくつかの区画に分かれており、船長たちが借りているのは一番端だった。
鍵を開けて中に入れば、いくつもの木箱が積まれていた。龍の雫が入っている箱は、船長と草の民だけがわかる暗号が書かれているらしいが、プラティナたちには見分けが付かなかった。
「じゃあ約束の商人が来るまでは交代で見張りってことでいいかな」
「そうだな。まず最初は俺が見張りをしよう。お前は、プラティナを連れて宿に帰れ」
「えっ!」
「まじで!いいのおぉ!」
アイゼンの指示にノースがぱっと顔を明るくさせる。
うとうとしていたアンバーが驚いてぷうぷうと鳴きながらプラティナの腕の中に飛び込んできた。
「ああ。その代わり夜はお前が見張れ。俺よりも夜目が利きそうだな」
「オッケー。そういうの得意だから任せてよ。アンバーもいっしょに見張りしような」
『え~僕はプラティナと一緒がいいなぁ』
「じゃあ私も夜の見張りを担当します!」
「駄目だ」
食い気味に却下され、プラティナはぺしゃりと眉を下げる。
「君はゼットのところで薬を作れ。チビはプラティナの側から離れるな」
『はーい』
「じゃあ俺たちが昼夜交代で見張りってコト?」
「ああ。その方が効率がいいだろう」
「りょーかい。異論無し」
あっというまに話がまとまってしまい、プラティナは蚊帳の外だ。
見張りの手伝いくらいはできるとは言いたかったが、実際大した役には立てないし、薬作りも大切な仕事なのはまちがいない。
自分に出来ることをすべきなのは分っているが、少しだけ恨めしい気持ちなる。
「そう拗ねるな」
そんな気持ちを読んだように、アイゼンがプラティナに声をかけてきた。
「君の薬には期待しているんだ。両方が無事に成功すれば、最後の聖地だけじゃなくて、どこへでも……」
「どこへでも……?」
思わず言葉を反芻すれば、アイゼンが口元を押さえ目をそらしてしまう。
その続きが聞きたいとプラティナは思ってしまった自分に驚きつつも、アイゼンから目が離せなくなる。
まるで、望めはどこにだって連れて行くと言ってくれているような気がして、体温がじわりと上がるのを感じた。
結局、アイゼンはそれっきり黙ってしまい、プラティナはノースと一緒にゼットの宿屋に戻ることになったのだった。
「プラティナちゃん、俺がちゃんと送り届けるからね」
「よろしくおねがいします」
にこやかな笑顔につられるように微笑めば、ノースがおどけるように両手をヒラヒラと泳がせた。
「いや~でも今でも夢みたいだ。聖女様と一緒に旅が出来るなんて」
「私はもう聖女じゃありませんから」
「まあ肩書きはそうなんだろうけどね。俺にとってはプラティナちゃんは唯一無二の聖女様だよ」
「……どうしてそこまで」
ずっと疑問だった。どうしてノースはこんなにプラティナを慕ってくるのかと。
「うーん。理由は色々あるんだけどね。プラティナちゃんが作ってくれた薬が、俺の大事な家族を助けてくれたのが最初かな」「えっ!?」
「プラティナちゃんが神殿で作ってた薬はね、王都の人間にとっては救いだったんだよ。貴族の連中は大っ嫌いだけど、王都に暮す連中はみんな聖女様のことが大好きだよ」
「あ……」
じわ、っと先ほど感じた熱が再び胸の中にこみ上げてくる。
聖女としてただ力を搾取されるばかりではなく、こうやって信じてくれていた人がいたという事実が胸を刺す。
「ノースは……私に聖女に戻って欲しいですか」
「えっ」
虚を突かれたようにノースが動きを止めた。
表情こそ変わっていないが、わずかに瞳孔が開いているのがわかる。
「いや、それは……」
「私が神殿に戻って薬を作って祈りを捧げれば、今起きている災いは収まるでしょう。そうなった方が、喜ぶ人は多い」
「…………」
ずいぶんとずるい質問をしている気がする。ノースは何かを考え込むようにして視線を伏せたあと、再びぱっと弾けたような笑顔を浮かべた。
「いいや。戻んなくていいよ。聖女様があの場所で幸せだったとは到底思えないからさ。誰かに頼らなければ守れないような平和に価値があるとはおもえないし」
「ノース」
「俺の願いはプラティナちゃんが幸せであることかな」
からりとした笑顔に、胸の中にあった小さな棘が溶けて消えていくような気がした。
「アイゼンは気に食わないけど、この巡礼の旅がプラティナちゃんにとって価値がある物なら喜んで手伝うよ。何からだって守ってあげる。だからさ、アイゼンの半分くらいでいいから俺のことも信用してよね」
「もちろんです!」
とっくの昔にノースのことだって信用している。もし本当に悪人ならアンバーが懐くはずがない。
プラティナはノースの手をぎゅっと握ると、自分の方へと引き寄せた。
「私頑張ります。だから、ノースも私を助けてください」
目をまんまるにしたノースは一瞬だけ口元を歪めたが、すぐに人好きするいつもの笑顔を浮かべて大きく頷いてくれたのだった。
宿屋に戻り、ゼットに薬作りをするから鍋を貸して欲しいと頼めば快く受け入れてくれた。
アイゼンに人前で力を使うなと言い含められていることもあり、自室に戻って薬作りをすることにする。
ノースは夜まで休むと言って自分の部屋に帰っていったので、今はアンバーと二人きりだ。
「それでは今から薬を作ります」
『ます!』
小さな助手と化したアンバーが、羽根をパタパタさせながらプラティナの作業を興味深げに見守ってくれていた。
大鍋には井戸から汲ませてもらった水がたっぷりと注がれている。
それをいくつかの小鍋にとりわけ、今日買った薬草とアイゼンから預かった薬のストックを机に並べていく。
「ええと、まずは傷薬。次に熱冷ましと、酔い止め。あとは胃腸薬に痛み止めね」
どれも難しい薬ではない。とくに胃腸薬はアイゼンとの旅で最初に作った薬だ。あの城門で初めて薬作りを見せた時のアイゼンを思い出し、プラティナは口元を緩める。
そんなに昔のことでない筈なのに、ずいぶんと時間が経ったような気がするから不思議なものだ。
「じゃあ、まずは胃腸薬。アンバー、その緑の瓶を取って」
『はーい』
緑の小瓶の中身を小鍋に注がれた水に混ぜる。わずかに色付いた水を見つめながら、プラティナは精神を集中させて祈りを込めた。
薄まっていた薬剤の力が一気に強まり、水面がふわりと輝く。
「……ふう」
これで胃腸薬は完成だ。用意しておいた瓶に一つ一つ丁寧に詰めていく。コルクの蓋をアンバーが器用にはめてくれるので、二人での共同作業になるのでなかなかたのしい。
「よし、じゃあ次は傷薬よ。アンバー、その細長い薬草と蜂の巣をとって」
『こんな蜂の巣何に使うの?』
「ふふ。蜜蝋のカスが残ってるでしょう。これが軟膏の元になるの」
蜂の巣を鍋に入れ、聖なる力で浄化しながら不純物を取り除いていく。浮き上がってきたゴミや滓を取り除きゆっくりとかき混ぜればどろりとした液体ができあがった。そこに薬草を沈ませてから、小鍋を包むように両手を添える。
「すぐに傷がよくなりますように」
この言葉に意味や効果は無い。だがプラティナは薬を作るとき、いつもこうやって願いを込めて口にしていた。
聖なる力が水に作用し、薬草からじわじわと効力が染み出していくのがわかる。時間をかけてゆっくりと鍋に力を込めていけば、ただのとろみが付いただけの水が粘度を増していき、最終的には柔らかな軟膏状にまで仕上がった。
『すっごいねプラティナ! 薬になった!』
「ふふ。すごいでしょう。これは小分けにしなくてもいいみたいだから、この大きな瓶に詰めてしまいましょうね」
『はーい!』
うっかり作りすぎたせいで用意してあった大きな瓶で足りなくなりそうだった。
仕方が無いので、予備に買ってあった小さな軟膏入れにいくつか小分けにして傷薬を詰める。
(あとでアイゼンたちにあげよう。あ、ゼットさんも受け取ってくれるかしら)
そんなことを考えながら作業していると、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
「はい」
返事をすれば扉の向こうからノースの声が聞こえた。
「俺、そろそろ倉庫に行くから。アイゼンが戻ってくるまで部屋から出ないでね」
「わかりました」
「アンバー、プラティナちゃんを頼んだぜ」
『わかってるよぉ』
可愛らしい会話に頬を緩ませ、プラティナは作業を再開したのだった。
次にノックの音が聞こえたのはそれから数分後のことだった。
「今戻った。入るぞ」
「ずいぶん早かったんですね。何も無かったですか」
部屋に入っていたアイゼンは倉庫の前で別れたときとは何も変わっていなかった。
無事にノースとは交代を済ませたらしく、どこかほっとした顔をしている。
「薬作りは順調か、と聞くつもりで来たんだが野暮な質問だったようだな」
アイゼンの視線は机の上や床の上に余すところなく並べられた薬の入った容器たちに向けられている。
まだ胃腸薬と傷薬しか作っていないと言えば、深い溜息とともに頭を抱えられた。
「期待しているとは言ったが……」
「駄目でした?」
「……いや、よくやった。これだけでも十分な稼ぎになるだろう」
「よかった!」
ほっと胸を撫下ろしながら、今日の成果物を見回しプラティナは自慢げに胸を反らす。
役に立てた喜びで胸がいっぱいだ。
「チビはどうした……って寝てるのか」
「はい」
アイゼンの視線の先には、プラティナのベッドで丸くなっているアンバーがいた。
薬づくりをせっせと手伝ってくれていたアンバーだが、途中で疲れてきたのかあくびを繰り返すようになったので、寝かしつけたのだ。
「今日は変身して長い間歩いたので気持ちが張っていたんだとおもいます」
「まったく。君を守れと言ったのに、油断しすぎだ」
「ふふっ」
咎めるような言葉遣いだが、その声音はどこまでも優しい。
アイゼンにとってもアンバーは守るべき大切な存在なのだろう。
「今日はここまでにして食事にしよう。チビは起きてからでいいだろう」
「ごはん!」
思わず大きな声が出てしまう。合わせてお腹がぐうと鳴った。
ちょっと恥ずかしくなって口を押さえれば、アイゼンがくっくっと小さく肩を揺らす。
「慌てなくても飯は逃げない。行くぞ」
「はい!」





