56話 商船の荷物
またうっかり間が開いてしまってました……!
ギルドから指定されたのは、昨日セルティの孤島に向かうために使った場所とは違う港だった。
キョロキョロと視線を彷徨わせるプラティナに気が付いたアイゼンが、目の前に停泊している船を指さす。
「ここは大型船用の港だ。小型の船は大型船の作る波に煽られるから、場所が違うんだ」
「それでここには大きな船しかないんですね」
「ああ。ギルドが指定した商船はアレだな」
停泊している大型船の中でもひときわ大きな船が指定されている依頼人が乗っているものらしい。
船首には髪の長い女神の像が取り付けられている。
「あの女神像、プラティナちゃんに似てない?」
「そうですか?」
ノースが女神像を指さしながら悪戯っぽく微笑んだ。
真っ白な石で掘られたそれはとても大人びた顔立ちの女性で、自分とは似ても似つかないと思いながらプラティナは首を捻る。
そんな話をしていると、アイゼンが船から岸辺へと降ろされているタラップ前に立っている船員らしき男に近寄った。
「ギルドで依頼書を見たものだ。詳しい話を聞きたい」
船員らしき若い男はアイゼンの言葉に頷くと、船へと駆け上がっていった。
少しの間を置いて大柄な男性を先頭にした集団が降りてくる。全員、がっちりとした体つきで、流石は海の男というような風貌だ。
「俺がこの船の船長だ。お前たちが警護希望の冒険者か」
「ああ、そうだ」
アイゼンを見下ろすほどに大きな船長の迫力に、プラティナの隣にいたノースが情けない声をあげる。
「警護、いらなくない?」
プラティナの心の声を代弁する言葉に、思わず頷く。
あそこまでたくましい男性の集団が乗っている船に盗みが入るだろうか。
タラップに並んだままの船長はプラティナたちを観察するように見つめると、ふう、と短い息を吐いた。
「助かった。今日中に誰も来なかったら、諦めるつもりだったんだ」
おや、とプラティナは大きく瞬く。
体型や雰囲気にそぐわぬ弱った声をだす船長に、アイゼンとノースも顔を見合わせている。
「依頼は商船の警護と聞いているが……? この船を守るわけじゃないのか?」
「この船の守りは鉄壁だ。俺たちは船のうえでは無敵だからな」
「なら……?」
「依頼は『荷物』の警護だ。船じゃねぇ」
船長が船の方を指さした。
「今、あの船にはこの港で取引しようと思って仕入れた薬草がある。こっちでは採れない貴重な品だ。だが、買い付けにくるはずの商人がまだ到着してないんだ」
「トラブルか?」
「ああ。普段使っているルートで崖崩れが起きたたらしくてな。迂回路を回ってくる関係で遅くなると連絡があった」
「崖崩れとはめずらしいな」
「ああ。なんでも山間で長雨が続いてるらしい。シャンデは気候が安定した国だと聞いていたが珍しいこともあるものだ」
プラティナは小さく息を呑んだ。
もしかしたしたらそれは、プラティナが神殿で祈れなくなったことからくる加護の弱体化のせいで、天変地異が起きてるのだとしたら。
じわっと額に嫌な汗が滲むのを感じた。
「普通なら商人たちを待つところなんだが、次の予定があってな。明日には船を出さなきゃいけなくなったんだ。商人達には悪いが、出発しようとしていたところなんだ」
「じゃあ俺たちの仕事というのは……」
「商隊が到着するまでの荷物の保管と警護だ。港にある倉庫を借りてるから、そこを守ってて欲しい」
船長が再び指さしたのは、いくつか並んだレンガ造りの倉庫だ。横には小さな店もいくつかあり、この港の中心的場所になっているらしい。
「昼間は人の出入りがあるが、夜はほぼ無人になる。倉庫の鍵をギルドに預けるのも考えたが、薬草が高価なこともあるし警護をつけたほうが安全だと思ってな」
なんでも貴重な薬草で、依頼してきた商人たちはどうしてもこれが必要ということらしい。
別の商人に売ることも考えたが、無下にはしたくないと船長は考えたのだという。
「あんたたちに頼みたいのは商人たちが到着するまでの間、荷物の警護をしてほしい。すでに通信魔法で事情は知らせてあるから鍵を渡してもらうだけで十分だ」
「相手を確認する手法は? あちらも顔も知らない相手と取引はしないだろう」
「それについては安心してくれ。この魔法石がお互いの身分証明だ。対になっているから、もう一つと合わせると光るようになってる」
「へぇ。ずいぶんと高価な品だね」
ひゅうとノースが口笛を鳴らしながら近づいてきて魔法石をのぞき込む。
プラティナも一緒になってソレを見れば、石の中に何か複雑な文様が彫り込まれていた。
「薬草の依頼を受けたときに預かったんだ。商人がもう片方を持っている」
「なるほど。代金はどうする」
「代金はギルドに預けてもらうことになってる。少し先だが、またここに来るんでな。あんたたちへの依頼料もそこから差し引いてもらう予定だ」
「なるほどな」
アイゼンは頷きながら船長と倉庫を見比べる。
この依頼を受けるのか考えているのだろう。
「連絡では明後日には到着予定だが約束はできない。倉庫は余裕を持って3日借りている。3日経って商人たちが到着しなければ、ギルドを仲介してべつの商人に薬草を売る話は付けてある」
「つまり警護の期間は最長3日。依頼料は固定、ということか」
「ああ。日数が曖昧なこともあって、受けてくれる冒険者がみつからなくてな。どうだろうか、頼めるか」
船長や船員たちの表情は心配そうだ。
最初は恐ろしいと思った彼らだが、わざわざ倉庫を借りたり警護を依頼したりという手間暇をかけることを考えれば、根は善良なのだろう。
「俺たちも訳あって、この街に滞在できてあと3日の予定だったから丁度いい。受けよう」
「たすかる!」
わっと歓声を上げた船長がアイゼンの背中を思い切り叩いた。
驚きでむせたアイゼンにプラティナは慌てて駆け寄る。
「これが倉庫の鍵だ。今は、うちの若い船員に見張らせてる。あんたたちが依頼を引き受けてくれるなら、きょうの午後にはここを離れるつもりだ」
「わかった。ギルドには俺たちから連絡をしておく。準備をして午後に戻ってこよう」
「ああ、頼んだ」
いくつかの書類にサインをもらい、船長たちとはいったん別れ再びギルドへと戻ることになった。
道すがら、アイゼンが書類をノースに押しつけるように手渡した。
「ギルドへはおまえが報告に行ってくれ。俺はプラティナと薬の材料を買ってくる」
「え~俺もプラティナちゃんと買い物がいい!」
「駄目だ。手は組んだがおまえを全面的に信頼したわけじゃない。さっきのことだってある」
「さっきのこと?」
なんのことだろうとプラティナが声を上げれば、アイゼンがノースに剣呑な視線を向けた。
「ギルドで出したプレートだ。お前ほどの実力なら、金……いや、白銀のプレートでもおかしくないのに銀プレートだと? なんのつもりだ」
ギルドの受付に出したプレートのことだと気が付く。
確かにノースが出したのはプラティナたちと同様の銀色のプレートだった。
「あれれ~バレちゃった?」
「冒険者はランクが上がればプレートの色が変わるからな。おまえが王都のギルドで仕事をしているのならば、銀プレートのままなのは不自然だ」
「はは。さっすが」
ノースは両手をひょいっと挙げてみせる仕草をした。
「正解。でもあれもホンモノだよ。俺は仕事柄あっちこっちに調査に行くからさ。本当の名前で依頼を受けると足が付いちゃうだろ? 城門や関所を通過するときにいちいち白銀プレートをみせたら騒ぎになるじゃん」
「だったら事前に俺たちには伝えておくべきだ。どうせ、俺を試そうとしたんだろうがな」
アイゼンとノースがにらみ合う。
てっきり仲良くなったと思っていたのに、どうやら完全にわかりあったわけではないらしい。
プラティナは慌てて二人の間に割って入る。
「ふ、ふたりとも喧嘩はよくありません」
「喧嘩じゃないよプラティナちゃん」
「そうだ」
「……そうはみえません」
にらみ合ったままの二人を見比べ、プラティナは深い溜息をついたのだった。





