6話 黒騎士の驚愕と覚悟
アイゼン視点
粗末な荷馬車には不釣り合いな、清廉な少女の姿にアイゼンは目を細める。
油断すれば気分が悪くなりそうなほどに酷い揺れだというのに、プラティナはどこか楽しそうに周囲をみまわし続けていた。
(あんな呪いを一瞬で解くだなんて。何者なんだこの娘)
先ほどまで痛いほどに両手首に絡みついていた鎖はすでに消えている。少しでも逆らおうとすれば鉛のように重くなり動きを鈍らせた、おぞましい呪い。
自由に剣すら振るえなかった苛立ちを思い出し、アイゼンは拳を握りしめる。
シャンデという小さな国で行われている剣技大会に興味を持ったのは偶然だった。優勝すれば多額の賞金が手に入るという話を聞き、腕試しとしてその時組んでいたパーティのメンバー全員で参加したのだ。
見聞を広めるため流れの剣士になり、傭兵紛いの仕事をしながら様々な大会に参加してきたアイゼンに取ってみれば、これまでと同じことのはず、だったのに。
優勝したのは運が良かっただけだと思う。組み合わせ次第では勝てなかったかも知れない。今思えば負けていた方がずいぶんましだったのに。
(大会の参加で書かされた契約書そのものが隷属の呪いに近しい拘束力があった。なんなんだこの国は)
大会の優勝者というだけで国の中枢にも近い近衛騎士に配属され、お飾りとして扱われた屈辱の日々。
国を治める女王レーガには直属の護衛たちがいたためアイゼンが関わることは無かったが、姿だけは何度か目にしたことがある。
気位の高そうな派手な美女で、全てを自分の支配下に置かなければ気が済まない性格なのが見ているだけでわかった。
その傍に常に控えている宰相も不気味な男で、遠くから女王の様子を見ていただけなのにすぐにアイゼンに気がつき睨み返してくる勘の良さ。あれはただの文官上がりではない。
奴らは敵に回してはいけない存在。
裏を返せば敵にさえしなければ脅威ではない。
やっかいなのは、この国のもう一人の王女であるメディ。
メディは見目こそ愛らしいが、中身は醜悪な小物だ。
母親の権威を笠にやりたいほうだい。自分が世界の中心だと信じている。
アクセサリーのように近衛騎士を日替わりで自分の傍に控えさせ、我が儘三昧。
従う連中は騎士の心得などほとんどなく、見た目だけで選ばれたハリボテばかり。少しでも自分や家門の待遇を良くするためにメディに気に入られようと機嫌取りに精を出していた。
気に入られたくなかったので常に塩対応だったが、メディはそれがいいとアイゼンを面白がって重用した。それが周囲の嫉妬を生んでいたのは理解していた。だが無視していた。
逃げだそうにも契約があり自由はきかない。
だが、あの日突然その契約が緩んだのだ。まるで細い鎖がプツンと切れたように。
これまでも何度かそういうタイミングはあった。だが、ここまで大きなものは無かった。
だからその瞬間を逃さないように脱走を図ったのに。
(まさか見張られていたとはな)
告発は同僚の近衛騎士だったという。媚びないくせにメディのお気に入りだったアイゼンが気に食わなくて、いつか足をすくってやろうと待ち構えていたのだろう。
だから逃げ出す気配を敏感に察知して、告げ口した。
腐った国だと思う。狂気の沙汰にも思える呪いの鎖といい、あまりにも異常だ。
それ以上におかしいのが、今目の前にいるプラティナという少女だった。
(彼女の話が全て事実なら、王女を監禁同然で聖女にしていたことになる)
いくら女王の実子ではないとはいえ妙な話だ。血統だけでいえば、そもそもがプラティナこそが女王になる資格を持つ。
なにより、アイゼンの呪いを解いた力はすさまじかった。プラティナは気がついていないようだったが、アイゼンにかけられた呪いはとても強力で、通常の方法では神官複数が全力で取りかからなければ解呪できないほどだったのに。
(あんなにいともたやすく……こんなに力の強い聖女を余命わずかだからと追放? 正気なのか、この国は)
もしアイゼンがこの国の関係者ならば、どんな手段を使ってもプラティナの延命に全力を注ぐように指示するだろう。放逐などとんでもない話だ。
(これは、想像していたよりやっかいだぞ)
木漏れ日に目を細めるプラティナの穏やかな笑顔を見つめながら、アイゼンは腹の中で舌を打つ。
(やはり彼女の提案どおり逃げるべきだったのかもな)
迷う思考を打ち消すように浮かんだのは、呪いを解いた瞬間のプラティナの笑顔だ。
なんの裏もなく、ただ純粋にアイゼンの呪いが解けたことを喜ぶ姿。
あんな幼気な笑顔を見せられて放っておくなんてできるはずがない。
プラティナが視線に気がついていないのをいいことに、アイゼンはじっくりとその姿を観察する。
くたびれた祭服から覗く手足は力を込めて握ったら折れそうに細いし、顔色だって悪い。その割に瞳だけは妙にきらめいていて酷くアンバランスだった。
(栄養が足りていないんじゃないか? それにずっと神殿にいたのなら、体力だって無いだろうし)
彼女の命を蝕む病がなんなのかわからない間は具体的な手の打ちようがないが、自分にできる限りのことはしよう。もしかすれば他国でなら治せる病の可能性だってある。
自分の死期を悟り、ただ自由に旅がしたいと願う彼女を助けてやるくらい簡単なことだ。
最後の願いが自由な旅などと言ういじらしさが、胸を打つ。
アイゼンは静かに苦笑いを浮かべる。
何かを庇護したいという人間らしい感情が自分にあったことに新鮮な驚きを感じていた。
(どうせ助けられた命だ。流れに身を任すのも悪くないさ)
解呪できなければいずれは使い捨てられていた身の上。これもなにかの運命だと、アイゼンはこの奇妙な少女の旅に付き合う覚悟を決めたのだった。





