48話 後始末
ノースと名乗った青年は、ふわふわとした栗色の髪を揺らしながら小動物のような瞳をこちらに向けてくる。
ギルドからきたと言うことは冒険者なのだろうか。
「お前がギルドから来たという証拠はあるのか」
冷静に問いかけるアイゼンの声にプラティナははっとする。うっかり告げられた言葉を鵜呑みにしそうになったが、確かに何の証拠もない。なによりどうして王都のギルドが自分を守りに来たのだろう。
「あ~そういうこと聞いちゃう?」
まいったなぁとつぶやきながらノースは頭を掻いた。
小首を傾げる仕草はどこか愛嬌があり、何故か憎めない。
「証拠って言われると弱いんだよな。ええっと……聖女様、ですよね? プラティナ殿下、とお呼びした方が伝わります?」
正体を明かしてよいものか迷いつつも、プラティナは素直に頷く。
するとノースがほっと胸をなで下ろす仕草をした。
「よかった。直接顔を見るのはハジメテなんで、俺も自信が無かったんですよね。でも想像通り素敵な方で安心しました」
「はあ……」
「あ、信じてないっすね? 俺、本気で聖女様に憧れてるんですよ」
「私に、ですか?」
身に覚えがないとプラティナが首を傾げれば、ノースは何かを懐かしむように目を細めた。
「聖女様はご存じないでしょうけど、あなたは王都に住んでる連中からしたら神様みたいな存在なんですよ」
ますます訳がわからず混乱していれば、アイゼンがようやく身体を地面に降ろしてくれた。
そしてノースから隠すように前に立つ。
「ずいぶんと気安いな。王都のギルドってのはそういうのが礼儀なのか」
「あ~アンタが噂の元近衛騎士サンかな?」
「だったら何だ」
「いや。想像してたのと随分違うなって。あの我儘姫のお気に入りだって聞いてたんで俺はてっきり」
「なんだ」
「……いや、誤解だったみたいなんで、やめときます」
肩をすくめるノースは表情こそ笑っているが、その視線にはどこか冷えた色が滲んで見えた。
対するアイゼンも、鋭い瞳でノースを見つめていた。
「まあ俺がギルドからきた証拠はおいおい見せるとして、先にちょっとこいつらを片付けてきてもいいっすか?」
「片付けって……」
ノースが指さしているのはツィンと二人の男だ。
三人共が地面に顔を伏せて倒れているため、どんな表情をしているのかわからない。
まさかと不安になってノースをみれば、プラティナが何を考えたのか察したらしく慌てて手と首を振った。
「いやいや。死んでないっすよ! ちょっと眠って貰っただけです。このままここに置いといたら、目が覚めてすぐに暴れるでしょう? ちょっと町の外に捨ててくるだけです」
さらりと言ってるがなかなかに凄い内容を口にしている。
返事が出来ずにプラティナが困っていれば、アイゼンが何かを諦めたようなため息をついた。
「わかった。いったんは信じよう」
「やった。アンタ意外に話がわかりそうで安心したっすよ」
「これでも元冒険者だからな」
「へぇ」
ノースが意外そうに瞳を見開き、アイゼンを凝視する。その一瞬の表情は、さきほどまでの人なつっこい笑顔とは別物で、プラティナは思わず一歩後ろに下がった。
「……じゃあ、お言葉に甘えてこいつら片付けてきますね。あ、逃げないで下さいよ!」
「約束する」
アイゼンが頷いたことに満足したのか、ノースはツィンを軽々と肩に担ぎあげ、その場から音もなく姿を消してしまった。
「い、いいんですか!?」
「慣れてるんだろ。信じてほっとけ」
「でも……あの、あそこに倒れてる人は」
「そのうち回収に来るさ。とにかく店に行くぞ。見てみろ、ゼットが死にそうな顔してる」
「え?」
アイゼンに促され、店先を見れば従業員たち総出で身体を押さえ付けられたゼットが、鼻息を荒くしてこちらを見ていた。
「ゼットさん!」
悲鳴を上げたプラティナは慌ててゼットの元に駆け寄ったのだった。
ラナルトの港町は大きいようで案外狭い町だ。港を中心に栄えていることもあり、少し郊外に行けば寂しい場所が多い。
町を囲う城壁を軽々と飛び越えたノースは、肩に担いでいたツィンの身体を林の中へと放り投げる。
ついでに懐から財布や通行手形、そして奇妙な気配のする赤い石を奪い取った。
金目のものがなければすぐには動けまい。
(これが捜索魔法かな? なんかヤな感じ)
嫌そうに指先で石を摘まんで腰の袋に放り込み、ノースは再び地面を蹴る。
広場に置いてきた残りの男たちを運ぶためだ。
二人ともそれなりに鍛えていたようだが、大した手応えは感じなかった。
(俺が出張らなくても、あの男が簡単に倒せただろうな)
プラティナを当たり前のように抱きかかえていた黒い騎士を思い出し、ノースは奥歯をぎりりと鳴らした。
あの場で出て行く必要はなかったのだ。放っておいてもきっとプラティナは無事だった。むしろ、姿を見せずに隠密としてプラティナたちを陰から見守る手段だってあったはずなのに。
(まだまだ俺もガキってことかなぁ)
唇を尖らせながら夜の町を駆けるノースの脳裏に浮かぶのは、プラティナの顔だ。
艶やかな白銀の髪に真っ白な肌をした華奢な少女。ヘーゼル色の瞳は宝石のように輝いていた。想像していた以上の美しさに、目を奪われた。
ずっと憧れていた。ずっと崇めていた、ノースの恩人。
(聖女様)
ノースは王都のスラムで生まれた。三つ下の妹だけが家族。両親は気がついたときにはいなかった。
毎日生きることに必死で、汚れ仕事だって望んでやった。運が良かったのは生来の器用さと、わずかだが魔力を持っていたこと。
こそ泥まがいの生活をしながら、妹を育てることだけを生きがいにしていた。
そんな妹が、病気になった。酷い熱でなにをしてもだめだった。
大人たちは誰も助けてくれない。薬を買おうにも金はないし、盗もうにも何処で薬が手に入るかなんて知らなかった。
そんなときだ、神殿に新しい聖女が来たという噂を耳にしたのは。聖女が作った薬が絶大な効能があると。
だが、それは沢山の献金をした信者しか手に入れられずノースには手が届かない、はずだった。
「早くこの薬を使え」
死にかけた妹を腕に抱いて絶望していたノースに薬を差し出した大男は言った。
「新しく神殿に来た聖女様が薬を作りすぎたからとギルドに格安で薬を卸して下さったんだよ。恵まれない人々に使って欲しいとな。よかったな、ぼうず」
薬で妹は助かった。嘘みたいに元気になった妹は、今やノースの手を離れ平穏で幸せな家庭を手に入れている。
聖女の薬を配るためにスラムに来た大男はギルドでは有名な冒険者で、ノースの才能を見抜いて生きる道を与えてくれた。
直接助けられたわけじゃない。きっと聖女にとって自分は数多いる救うべき人間の一人だっただけだ。
それでも、ノースにとって間違いなくプラティナは恩人だった。だからこそ、きな臭い話が絶えなくなった王都のギルドにしがみついていたのだから。
(ちぇっ)
当たり前のようにアイゼンという名の男の腕に収まるプラティナを見て、ノースは全部悟ってしまった。
何か一つでも違っていたら、プラティナを抱いていたのは自分だったのかもしれない。
そんな考えが一瞬だけ頭をかすめるも、すぐに消えていく。
(まあいいや。どっちにしても俺がやることは一緒だし)
聖女を守る。それはギルドからの指令であり、自分で自分に課した役目だ。
たとえプラティナの騎士になれなくたって関係ない。
(早く戻らなきゃ)
ようやく会えた聖女の元へ。
ノースははやる気持ちを抑えきれず、地面を蹴る足に力を込めた。
五章はここまでになります。なるべく早く再開するようにがんばりたいです。
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