46話 予期せぬ再会
エリンコが目覚める前にと、アイゼンたちと協力して聖地の周りをよく調べたものの目立った成果はなかった。
ただアンバー曰く、この土地の奥にはとても強い何かが眠っているという。場所は丁度、依り代の真下だ。
「すごく大きいよ」
「邪龍の核、なのかしら」
「うーん……僕はあんまり怖いとは思わないんだけど」
依り代を見つめるアンバーの瞳はどこか優しい。
小さな子供にしか見えないせいもあって、思わず抱きしめてしまいたくなるかわいさがある。
「お前が竜種だからなのかもな。竜は同族意識が強い生き物だ」
「じゃあ、アンバーの姿がこの依り代に似てるのもそのせいでしょうか」
「かもしれん」
何もかもが曖昧ではあったが、聖地に眠る邪龍に捧げる聖句が竜種の魔物であるアンバーに影響したと考えるのは自然なことだった。
巻き込んでしまった申し訳なさはあるが、当のアンバーは一切気にしていないのが救いだ。むしろ人の姿になるまでの力を持てたことを喜んでいる節さえある。
これ以上調べることはないと判断したので、この聖地でするべきことはもう終わりだ。
カーラドの谷の時と同じように聖句を依り代の前にある箱に納める。
「チビ。お前はこの島に残れ。夜になったら海を渡ってゼットの店に来い」
「えー! 僕も船に乗りたい! プラティナの傍にいる!」
「ガキを急に連れ帰ったら不審に思われるだろうが! それとも、前みたいにチビに戻れるのか?」
「う……やってみないとわかんないけど……」
アイゼンの言葉にアンバーは口ごもる。
「お前は身体が成長したばかりだ。どんな不具合が起きるかわからん。俺たちが先に戻ってゼットには話をつけておくから、とにかく人目に付かないようにして戻ってこい」
「……わかったよぅ」
「ご飯用意して待ってるからね」
「うん。絶対だよ」
瞳いっぱいに涙をため、渋々頷くアンバーの頭を優しく撫でてやる。
そうこうしていると、エリンコが短く呻いて身体を動かし始めた。
どうやら意識を取り戻したらしい。
アイゼンが視線で合図し、アンバーは森の中に走って行く。
一瞬不安そうにこちらを見た琥珀色の瞳に、待っているからねと口を動かせば、安心したような笑顔がプラティナに向けられた。
そしてタイミングよくエリンコが間抜けな声を上げながら目を開けた。
「……あれ、巨大な黒い龍、は……?」
のろのろと起き上がったエリンコは不思議そうに周囲を見回している。
「龍? なんのことです? 私の従魔でしたら、もう飛んでいきましたけど」
「えっ! でも僕、間違いなくこの目で……」
「幻覚でも見たんじゃないのか」
「そんな馬鹿な」
納得していないのかエリンコは周囲を見回したり地面を調べたりしてる。
だがどう頑張っても龍の痕跡はみつからなかったらしく、がっくりと肩をおとした。
「せっかくの巡礼者の祈りもよく見えなかったし、残念です」
「見えなかったんですか? ずっと後ろにいたのかと」
「お嬢さんが歌を歌いはじめたとき周囲が光ったんですよ。だからはっきりとは見えなくて……それにあんまりに綺麗な歌だったから、聞き惚れてしまって」
恥ずかしそうに頭をかきながらエリンコは情けないと呟く。
何が何だかわからないうちに終わったことしか覚えておらず、アンバーの変化についても驚きすぎていたこともあり幻覚を見たのでは? というアイゼンの言葉を完全に信じたようだ。
少し申し訳なかったが、事実を教えるわけにもいかないので黙っておくことにした。
「巡礼では祈るだけだと聞いていたんですが、歌を歌われるとは驚きでした」
「歌、というか聖句ですね。祈りの言葉です」
「へえ! そんなものがあるんですか!」
「ご存じなかったのですか?」
「はい。僕が取材したかつての巡礼者や同行したことがある人の話では、ただ依り代の前で祈るだけだったと聞いていますよ」
プラティナとアイゼンは顔を見合わせる。
やはり本当の巡礼とは何もかもが違うようだ。
「でもいいものが見れました。興奮しすぎて龍の幻覚まで見ちゃうくらいには刺激的でした」
「あはは……」
それは本物ですとは言えず、プラティナは笑って誤魔化す。
じっと依り代を見つめるエリンコの瞳は楽しそうだ。
「これはいい戯曲が書けそうです」
「何か思いつきましたか?」
「はい! 聖女様とそれを守る龍の話にしようと思うんです。龍は、聖女様を守るために自分を犠牲にして封印される……ドラマティックだと思いませんか」
きらきらと瞳を輝かせるエリンコは、手帳を取り出すとガリガリと何かを書き殴り始めた。
最初はどうなることかと思ったが、エリンコの興味は真実よりも空想の世界にあるらしくこれ以上嘘を言う必要がなさそうだ。
ほっとしながらアイゼンを見れば、先ほどアンバーが走っていった方向をじっと見ていた。
なんだかんだとアンバーが心配なのだろう。
「無事に落ち合えますよ」
「……そうだな」
こうして、無事に二つ目の聖地巡礼を終えることができた。
船長の操る帰りの航路も穏やかなもので、何の問題もなく船は港に戻った。
すでに空は茜色に染まっており、港にいる人たちも帰るためにかどこか急ぎ足だ。
エリンコと船長に別れを告げ、二人でゼットの店へと戻る。
「なんだかすごいことになりましたね」
「そうだな」
薄暗くなった通りを、ゆっくりと並んで歩きながらぽつりと零した言葉に答えるアイゼンの声は穏やかだ。
とんでもない騒動に巻き込んでしまったというのに、怒ることも慌てることもない。
その強さが本当に頼もしい。
考えることや調べなければならないことはたくさんある。
今日の出来事をきちんと理解するために。
「お腹すきました」
「……また腹を壊すぞ」
「気をつけますって!」
何でもない会話がひどく楽しくて、幸せで。
早くゼットに会いたいのに、もう少しだけ二人で歩いていたいとさえ思えた。
だが、あと少しでゼットの店に着くというタイミングで、なにやらやけに騒がしい気配を感じ二人は足を止めた。
「なんでしょうか」
「俺が様子を見るから、君は後ろに」
アイゼンの背中に庇われるようにしながらゆっくり歩みを進めれば、店先で大柄な男たちとにらみ合うゼットの姿が見えた。
あたりはすでに夕闇に包まれていたが、開いた扉から漏れ出る店の照明が彼らの姿をぽっかりと浮かび上がらせている。
ゼットは腕組みをしてとても怖い顔をしていた。向かい合う男たちはこちらに背を向けているのでどんな顔をしているのかはわからない。
その少し後ろに、ひょろりとした背の高い人物が立っているのが見えた。
やけに目立つ赤いマントを羽織ったその立ち姿から、それが男性だとわかる。
(あれ……?)
じんわりとこみあげた既視感にプラティナは目を見開く。
心臓が嫌な音を立てた。
足音を殺しながら距離を詰めていけば、彼らの話し声が聞こえてきた。
「何度も言わせるな。断ると言っている」
「強情だな。金は払うと言っている」
「ダメなものはダメだ」
どうやら何らかの取引を持ち掛けているらしい。
ゼットの態度には取り付く島がない。
すると赤マントを羽織っていた男性が焦れたようにゼットの方へと駆け寄った。
「店主、頼むよ。私たちを助けると思って教えてくれ」
店の明かりに照らされて一瞬だけ見えた横顔。聞き覚えのある甘えるような声音。ぞわりと背中の毛が逆立つ。
思わず、アイゼンの影に隠れその服にぎゅっとしがみついてた。
「プラティナ?」
戸惑うアイゼンの声に返事もできない。
そんなわけはない。どうしてここに。ありえない現実を認めたくない身体が震えていた。
「教えてくれ店主。この店に白銀の髪をした若い娘が泊まっているだろう? 私はどうしても彼女に会いたいんだよ」
「……!!」
アイゼンの身体がびくりと揺れたのが伝わってくる。
大きな手がプラティナを守るように背後に回された。このまま広い背中に隠れていれば大丈夫。そう思えるほどに頼もしいぬくもり。
だが。
「……ん……?」
何故かその男はゼットからこちらへと視線を向けた。
その手には何かが握られているようだったが、離れているためよく見えない。
「プラティナ様!」
「!!」
薄暗くなった周囲の視界は悪いはずなのに、確信を持って叫ばれた声に身体がこわばった。
近づいてくる足音。まるでそれを待っていたかのように広場のライトが灯り、周囲が明るくなる。
「探しましたよプラティナ様。私と一緒に王都に帰りましょう」
そこに立っていたのはかつての婚約者ツィンだった。





