41話 旅の続行
一晩寝てすっかり回復したプラティナにようやく再会できたアンバーは、ぎゅうぎゅうと鳴きながらその身体をこすりつけてきた。
「ごめんねアンバー。さみしかったよね」
「ぎゅう~~」
両腕でその頭を抱えて抱きしめれば、アンバーもまたその羽を広げてプラティナにしがみつく。
ほんの一日離れていただけなのに、寂しかったと訴えてくる姿は愛おしくてたまらない。
「本当に君を慕ってるんだな」
感心した様子で呟くゼットは、プラティナに懐ききってるアンバーの姿に感心しきりだ。
冒険者として長く魔物に関わってきたゼット曰く、アンバーの外見やその性質はかなり珍しいものだそうだ。
加えて、そもそも小さな竜に遭遇したこと自体が貴重なのだと教えてくれた。
「竜種ってのは人間がいる場所にはあまり出てこない。幼体の内はなおのことだ。特にこの国ではかつて邪龍が暴れたって伝説があるから、竜属性の魔物は忌み嫌われていることもあって余所に比べて個体数はかなり少ないはずだ」
アンバーの鱗を撫でながらプラティナはゼットの言葉に耳を傾ける。
「私、最初この子ってトカゲだと思ってたんですよね。羽根はあったけど小さかったし」
「まあ竜の幼体なんて普通見ないからな。俺も一度くらいしか見たことがない。それにこの色。突然変異にしても珍しすぎる」
しげしげとアンバーの身体を眺めていたゼットはうーんと唸りながら腕を組んだ。
「何らかの理由で親とはぐれたか、それともどこからか逃げ出したか」
「逃げ出した?」
「竜ってのは好事家も多い種族なんだ。小さいうちに捕らえて売り飛ばされることも珍しくない。運良く懐いてくれれば、勝手に一生傍にいてくれる生き物だからな。死ねば高級な素材にもなる」
「そんな、勝手な」
プラティナは思わずアンバーの首に腕を回してしがみつく。
こんなにかわいくて賢い生き物を商品のように扱うなんて信じられない。もしあの時アンバーが冒険者たちに捕まっていたら。想像もしたくもない「もしも」に身体が震えた。
黙り込んでしまったプラティナに気がついたアイゼンが、咎めるような視線をゼットに向ける。
「ゼット」
「すまん! 怖がらせる気はなかったんだ!」
「いえ……でも逃げ出したとしたら、アンバーは誰かが飼っていたってことですか?」
もしそうなら正当な持ち主がいるはずだ。
その人達にアンバーが見つかったら奪われてしまう。
不安に身体を固くしながらアンバーの背中に顔を埋めていれば、アイゼンが労るように肩を叩いてくれた。
「その心配はない。通常、魔物を売り買いするときはギルドを通さないと正式な所有権を主張できないんだ。あの街のギルドにはチビらしき竜の捜索願は出されていなかっただろう」
「そうでした」
「あのギルドで、こいつはプラティナの従魔としての登録を済ませているし、経緯が経緯だからな。よほどの相手じゃないかぎりは君から奪えない」
「よかった」
一緒にいられるねと微笑みかければ、アンバーも嬉しそうにくるるっと喉をならす。
こみ上げる愛しさにたまらなくなってプラティナはもう一度その身体にしがみついた。
アイゼンもまた、アンバーの翼を撫でながら優しい笑みを浮かべる。
「もしもの時は俺がなんとかしてやるから安心しろ」
その声のあまりの優しさに、プラティナは激しく狼狽えた。
普段は見せない笑顔のせいで心臓がやけに痛い。
「……ありがとうございます」
絞り出すような声で返事をすれば、アイゼンが不思議そうな顔で首を傾げた。
逃げるように視線を泳がせた先ではなぜかゼットがにこにこと笑っている。
(なんだか凄く恥ずかしい)
昨日の騒動のせいか、どうも調子がおかしい。
久しぶりに熱を出したし、呪いを受けていることもわかった。
そしてアイゼンがこの国から逃げてもいいとさえ考えてくれていたことも知れた。
(嬉しかったな)
思えばアイゼンは最初からプラティナを王女としては扱わなかった。
といっても聖女になってからは誰にも王女として扱われた記憶はないのだけれど。
アイゼンの立場を考えればもっと距離を置くことだってできたのに、ずっとプラティナの意志に寄り添ってくれた。
その優しさを昨夜は身をもって感じることができた気がする。
「……」
ちらりとアイゼンを盗み見れば、なにやらゼットと話し込んでいる。
真剣な表情をした凜々しい顔立ちに、鍛えられているのがわかる身体。なんだか少しだけ輝いて見えるのは気のせいだろうか。
「ぎゅう?」
アンバーが不思議そうに顔をのぞき込んできた。大きくなっても小さな時とかわらない琥珀色の瞳は宝石のように綺麗で、見ていると吸い込まれそうだ。
「アンバー。私どうしちゃったのかな?」
「ぎゅうう~」
アイゼンをまっすぐ見ると心臓が痛いし顔が熱くなる。
もしかして呪いがまた動き出しているのだろうかと思ったが、呪いの核はじっとしたままぴくりともしていない。
理由のわからない動悸に首を捻りながら、プラティナはアンバーの艶やかな鱗に頬をくっつけたのだった。
「呪いに詳しい奴が見つかった」
昼食を終え、さてこれからどうすべきかという話し合いをはじめようとした矢先。
神妙な顔をして机に駆け寄ってきたゼットの言葉に、アイゼンとプラティナは顔色を変える。
アイゼンは椅子から半分腰を浮かせて身を乗り出した。
「いつ会える」
「早くて三日後だ。一週間ほどまえにギルドで依頼を受けて遠征中らしい」
「三日後か……」
苛立ったように椅子に腰を落とすアイゼンが、気遣わしげな視線をプラティナに向けた。
その瞳に宿る労りの色に胸がきゅうっと鳴いた気がする。
油断すればそのまま見蕩れてしまいそうになる気持ちを振り切るように首を振ったプラティナは、それならば、と表情を引き締めながら前を見た。
「アイゼン。セルティの孤島に行きましょう」
セルティの孤島。
このラナルトの港から船で半日の場所にある小さな無人島。その中心にあるという神殿が、二つ目の聖地だ。
「……本気か? 君は呪われてるんだぞ」
「昨日も言いましたが、呪いは動いていません。発動の鍵は王都の神殿にあると思うんです」
旅をはじめてから倒れたのは、そのほとんどの原因が疲労だったと今ならわかる。
神殿で祈りを捧げたあとに倒れたときは、もっと苦しかった。それは呪いによって力を根こそぎ奪われていたからだろう。
「だが、この先どんな影響があるかなどわからないんだぞ」
「だとしてもここでただ待ってるだけよりずっと有意義です」
呪いの正体がなんであれ、聖地を巡礼するという目的を変えるつもりはない。
「それに、谷の神殿で祈ったときのことを覚えてますか」
「……ああ」
「あの場所で祈ったとき、私の身体にあった力は一度根こそぎ吸い取られましたが、そのあとすぐに依り代がそれ以上の力を与えてくれました」
「そう言っていたな」
「あの時から、どうも私の体に宿る力の質が変わったような気がするんです」
「……!」
アイゼンの目が大きく見開かれる。
カーラドの谷にあった神殿。その竜の像が貯蔵していた聖なる力をプラティナは祈ることによりその身に宿した。
「最初は気づきませんでした。でも、呪いのことがわかってから自分の力をよく調べてみたんですが、力が少し強くなってると思うんですよね。色々やっても疲れませんし」
「……君の力が規格外なのは前からだと思うが」
「そうなんですか?」
「自覚がないのがたちが悪い」
肩をすくめるアイゼンはどこかあきれたような表情になりつつも、話の先を促してくれた。
「呪いに気が付いたのが昨日なので正確なことはわからないんですが、この呪いはずいぶんと弱まっているように感じます。聖地で受け取った力が影響してるのではないでしょうか」
大地から自然と湧き出た力が身体に加わったことで、プラティナに癒着した呪いに何らかの影響が出てもおかしくはない。呪いとは本来はとても繊細なものなのだから。
「……聖地で祈りを捧げ続ければ、君の呪いも解けると?」
「解けるかはわかりませんが、少なくとも悪化するとは思えません」
「なるほど」
顎に手を当て考え込んでいたアイゼンが、机の傍から離れないゼットに顔を向けた。
「ゼット。セルティの孤島へはどう行けばいい」
「巡礼してるって話を聞いたときからいつか尋ねられると思って調べといたぜ」
にかっと歯を見せて笑うゼットは本当に頼もしい。
「セルティの孤島へは以前は定期船が出ていたが、今はなくなってる。巡礼者が減ったことで船頭がやめちまったらしい」
「どこも一緒だな」
「行くなら個人で船を出してる船長を雇うしかないが、孤島へ向かう海流はやっかいらしくてな。ベテランじゃないと難しいみたいだ」
「そうなんですね」
孤島まで行ける船を探すとなれば時間がかかるかもしれない。
それならば船を探しつつ、呪いに詳しいと言われる人物が帰ってくるのを待った方がいいのか。
どちらにしてもできることの少なさに、プラティナは手のひらを握り締めた。
「だから、船も船長も探しておいた」
「へ?」
「は?」
ゼットの言葉にプラティナとアイゼンの声が重なる。
「あの竜が狩ってきた魔物が思いのほか高く売れたのは聞いているか?」
「ええ……」
「俺はいらんと言ったのに、この馬鹿が半額渡してきたんだ。腹が立ったんでその金で船と船長を雇った。お前たちの準備ができ次第、出港可能だぜ」
びしりと音がしそうな勢いで親指を立てるゼットに、アイゼンは短く唸り、プラティナは歓声を上げた。
「アイゼン、凄いですね! ゼットさん、ありがとうございます!」
「いいってことよ。ついでに、孤島で聖地に詳しいって奴も見つけて同行するように話は付けてある。安心して行ってこい!」
太い腕を組んで微笑むゼットの姿に頬が緩む。
優しく頼もしい存在のありがたさを分かち合うために視線を向けた先では、アイゼンが何か言いたげに口を動かしているのが見えた。
その耳元がうっすら赤くなっているのがかわいくて、プラティナは小さく笑ったのだった。





