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余命わずかだからと追放された聖女ですが、巡礼の旅に出たら超健康になりました  作者: マチバリ
四章 自覚と無自覚

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幕間 元婚約者の失敗

 

 失敗した。失敗した。どうしてこんな失敗をしてしまったのか。

 油断すればもつれそうになる足を必死に動かしながら、ツィンは王城の暗い廊下を歩いていた。

 窓もなく、松明もわずかしか設置されていないせいで廊下の先は殆ど見えない。

 それはまるで自分の将来のようで、ツィンは何度も唾を飲み込む。



 ツィンにとってプラティナとの婚約は父親に命令された役目の一つでしかなかった。

 いつも小汚い格好をして幸の薄そうな顔をした陰気なプラティナに、ツィンは何の思い入れもなかったのだ。

 聖女として庶民には慕われているようであったが、ただそれだけだ。

 だから、同じ姫と結婚するならメディでもいいではないかと思ってしまった。


「このままじゃ殺される……!」


 ツィンの頭にあるのは女王レーガへの畏怖と、父親から見捨てられるのではないかという恐怖だった。


 教会に勤める神官には明確な身分差が存在した。

 貴族の生まれの上級、神官同士から生まれた中級、そして庶民出身の下級。

 その階級差は明確で、どんなに抗っても埋めることは出来ない。中級神官であっても親のどちらかが下級であれば見下されることもある。

 ツィンの父親は貧しい農村でうまれたものの、聖なる力を強く持っていたことから神殿に来たらしい。

 力は強く重宝されていたが、下級というだけで周囲からはずっと見下されていたという。

 だが、幸運にも中級神官であった母と結婚しツィンがうまれた。

 親になれたことが人生で一番の喜びだと笑っていてくれた父親。


 だが、そんな父親がある日を境に豹変した。

 優しかった表情はいつもどこか冷酷になり、口数が減った。

 国王の側妃だったレーガにその力を認められ、うまれの垣根を越えて上級神官になったことが始まりだったと思う。

 神殿の片隅で身を寄せ合っていた生活は一変し、大きな屋敷に暮らすようになった。貴族のような贅沢な暮らしに、ツィンは大喜びだった。

 父親の言うことさえ聞いていればどんな我が儘も叶えて貰えた。幸せだった。


 そして異例の早さで出世した父親は、神殿長という座を得た。

 同時に婚約が決まった。ツィンが八歳、プラティナは五歳だった。

 国王が神殿と王家の繋がりを強くするためと望んだ縁だったと聞いている。


 その国王が崩御しレーガが女王に即位したとき、ツィンはなんとなく『この婚約はなかったことになるのかな?』と考えた。

 だがその予想は外れ、婚約は続行になった。しかもプラティナは聖女として神殿にやってきた。

 正直がっかりしたものだ。

 幼いながらも華やかなメディとは違い、プラティナはどこか地味で面白みがない。

 しかも聖女としての役目もあるから遊び相手にもならない。

 こんな女が将来自分の妻になるのかとがっかりしたが、父親がそうしなさいというのなら逆らう理由はなかった。

 どうせ政略結婚だ。外に子どもさえ作らなければ何をしてもいいだろうとツィンは軽く考えていたのだ。


「あんな死に損ないを見つけろだって……? どうしたらいいんだ」


 プラティナが余命わずかだと診断されたと知ったツィンは、前々から自分に好意を寄せていたメディの計画に乗ることにした。

 メディにも聖なる力がある。それならばメディを聖女にして婚約者にしてしまえばいい。

 どうせプラティナは死ぬのだから、順番が多少入れ替わるだけだ、と。


 なのに。


 帰国したレーガの怒りは恐ろしいものだった。まるで巨大な蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった。

 プラティナを探して連れ戻せという命令に頷いて広間を飛び出すのでやっとだった。


「父上! どうしたらいいのですか!」


 助けを求めてすがりついた神殿長(父親)は、冷たい目でツィンを見下ろしていた。


「この馬鹿者が。言っておいたはずだ、お前は聖女様と結婚するのだ、と」

「でも、あの女はもう長くない。医者だってそう言ってた! どうせ死ぬなら……ぎゃあ!」


 鈍い音と同時に腹部に鈍い痛みが走る。自分が蹴飛ばされたことに気がついたツィンは唖然としながら神殿長を見上げた。


「聖女様が死ぬ? そんなわけがないだろう。あの存在は奇跡だ。少々、手違いがあって力が弱まっただけなのに、大騒ぎして医者など呼ぶからこんな騒ぎになるのだ」

「ち、父上……?」

「聖女が祈りを捧げなくなったらどうなると思っているのだ。それこそ終わりだ。いいか、お前に出来るのは聖女様を見つけ連れ戻すことだ」

「でも、どうやって……」


 既にプラティナが国を出て数日が過ぎている。

 聖地は3カ所。どこもそれなりに離れているため、最初にどこを目指したのかわからなければ追いかけようがない。

 途方に暮れるツィンに神殿長は赤い石を投げつけた。その中心には白い線がまるで矢印のように浮かんでいる。


「それは私が陛下から授かった、聖なる力を察知する道具だ」

「聖なる力を?」


 赤い石に浮かぶ白く細い矢印は、ツィンと神殿長の間の空間をまっすぐに指していた。


「その矢印を追え。聖女様が力を使った痕跡を示してくれる」

「で、でも」


 たったこれだけの手がかりで何が出来るのかとすがるような視線を向ければ、神殿長は深いため息をついた。

 彼がパンパンと軽く手を叩くと、武装した二人の兵士が背後から現れる。

 感情の読めない表情をしたその二人は、じっとツィンを見つめていた。


「見張り代わりだ。連れて行け」

「あ、ありがとうございます」

「これ以上は望むな。くれぐれも言っておく。命が惜しくば女王陛下の意志に背くな」


 父親の顔をしてない神殿長の静かな言葉。

 がむしゃらに頷いたツィンは、旅支度をするために屋敷に急ぐ。

 長い廊下の先に、早く行きたかった。



 一刻も早く旅立たなければ。この失敗を取り戻さなければ、きっと命がない。

 握り締めた赤い石に浮かぶ矢印を見つめながら、ツィンは額に滲んだ汗を乱暴に拭ったのだった。

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