28話 依り代からの贈りもの
「……ナ! プラティナ!」
身体を揺さぶられている感触。遠くから誰かが名前を呼ぶ声。
「え……」
「ああ、よかった……!」
重たい瞼を開ければ、目の前にアイゼンがいた。
背中を包む温かな感触に、プラティナは自分がアイゼンに抱きかかえられていることを理解して、じわりと顔を赤らめる。
「あの、アイゼン?」
「急に倒れるやつがあるか!」
「いや、急にというか……」
神殿で祈っているときにもよくあったことだ。聖なる祈りはとても力を使うため、調整を失敗すると気を失ってしまうことはままあった。神殿に入ったばかりの頃は気絶してばかりで、祈りの間で朝まで眠っていたこともある。
成長してからは力の放出を調整できるようになったこともあり、倒れるようなことはなくなった。身体が成長し力が強くなったからだと安心していたのに。
だが、結局は倒れてしまった。
振り返ればここ半年ほどは祈る度に疲れていたような気がする。
そんな身体の悲鳴に目をそらし続けた結果、とうとう余命宣告をされた日のことをプラティナはぼんやりと思いだしていた。
「大丈夫ですよ。少し休めば良くなります」
「そんなわけがあるか。動くんじゃない」
「いや、本当に平気なんですって」
言いながらプラティナはひょいっと身体を起こした。
アイゼンの肩を借りて立ち上がり、かるく前屈をしたり反り返ってみたりと身体の感覚を確かめてみれば、祈りを捧げる前よりも全身が軽い。まるで羽でも生えたように手足が軽やかに動くし、世界が少しだけ明るく見えたような気がする。
ごっそりと奪われたはずの聖なる力が、今は逆に全身に満ち満ちている。
「なんなんでしょう、これ?」
「ありえないだろう……」
唖然とするアイゼンの言葉にプラティナもまた不思議でたまらないといった顔で首を傾げる。
「きゅうう~~!」
「わ、アンバー!?」
そんなプラティナの胸元に鈍色の固まりが飛び込んできた。鳴き声や色は間違いなくアンバーだ。だが。
「あなた……なんだか大きくなってない? 成長したの?」
以前のアンバーはプラティナの両手で包み込めてしまうほどの大きさだった。
トカゲに羽根が生えた小さくて可愛い生き物。だが今のアンバーはどうだろう。プラティナの両腕でなんとか抱きしめられるほどに質量を増してしまっている。しかもそれだけではない。
「これって、ドラゴン、ですよね?」
「ああ……君が倒れた瞬間、コイツが大暴れしてな。そのうちに身体が光り出して、この姿になった」
そう言いながらアイゼンが見上げたのは聖堂の中心にある龍の像だ。
すらりとシャープな身体に鋭い鉤爪の付いた手足。大きくも凜々しい羽根が伸びやかに広がっている。
「きゅう?」
今のアンバーは龍の像とほとんど同じ造形だ。龍の像を小さくした姿と言っても過言ではない。どこか愛嬌のある琥珀色の瞳はまったく同じだが、目元は僅かに鋭さを増し、顔立ちもどこか凜々しくなった。鳴き声も心なしか低くなったような気がする。
「アンバー、あなた大人になっちゃったの?」
まだほんの少ししか一緒に居なかったのに。小さくて可愛いアンバーがいなくなってしまった。
愛しくて守ってあげるべき存在の突然の成長にプラティナはへにゃりと眉を下げる。
「きゅうう~~!」
その表情にアンバーは慌てたように鳴き声を上げ、鼻先で必死にプラティナの頬を撫でる。まるで自分は変わってないよ、と訴える仕草は以前のアンバーと何も変わらない。
「アンバーったら」
どんなに姿形が変わろうとこの子はアンバーなのだ。そう思ったら、さみしさで弱りかけていた心が少しだけ軽くなる。
ちらりとアイゼンに視線を向ければ、どこか呆れたような顔をして肩をすくめられてしまった。
「竜種の成長は早いとは聞いたことがある。主である君の危機にパニックを起こして急成長した可能性がないわけでもないが……」
何か言いたげな視線がアンバーと龍の像を交互に見つめ、それからプラティナに据えられた。
まっすぐに見つめられ、少しだけ心臓が跳ね上がる。
「とにかく……無事でよかった」
吐き出すようなその一言に胸が締め付けられた。
きっとずいぶんと心配をさせてしまったのだろう。当然だ。余命僅かな人間が目の前で倒れれば誰だって慌てるに決まっている。
(不相応なことを祈ってしまった罰があたったのかしら)
もっとアイゼンたちと一緒に居たい。そんな気持ちを邪龍に見透かされ、力を奪われたのだとしたら。
(でも、だとしたらこの身体の変化は何なのかしら?)
旅に出てから美味しい食事を取るようになったおかげか、ずいぶんと健康にはなったと思う。
それでもやはり夕方になれば全身がだるかったし、休み休みでなければ歩き続けることはできなかった。アイゼンが気にしてくれたおかげで大きな発作は起きなかったが、気を抜けばすぐに眠たくなってしまう。
でも、今の身体はちょっとくらい無理をしても大丈夫なのでは? と思うほどに軽い。むしろ走り回ってみたい。そんな気持ちになってしまうほどに、力が巡っているのがわかる。
「心配かけてごめんなさい。でも今は本当に平気なの。むしろ祈りを捧げる前よりも元気な気がする」
「そうだな。妙に顔色がいい。一体どういうことだ?」
「もしかして……聖地巡礼には健康になる効能が!?」
「そんなわけあるか」
即座に突っ込まれてしまい、プラティナはそれもそうだと素直に頷く。
ならば他に原因があるだろうかと、龍の像を見上げる。するとある違和感に気がついた。
「像の色が少し変わってません? ほら、目のところが」
「ああ?」
指で指し示せば、真っ白だったはずの龍は僅かにくすんでいるし、らんらんと光って見えた瞳も今はまったく輝いていない。
「確かに……変わっているな」
「もしかして、この土地が貯めていた聖力を受け取ってしまったのかも……!」
「聖力?」
「はい……その土地に流れる清浄な魔力のことです」
聖地となっている場所はとても清浄な力が強いからこそ聖地に選ばれたのだ。聖地でなら邪龍を封印しておくことができる。
だからこそ巡礼者達は、聖地で祈りをささげ、邪龍の封印の継続と国の安寧を祈る。
だが、聖地の巡礼にはもう一つ側面があった。聖地を巡礼することで聖女や神官は己の力を強化することもできるのだ。
「この龍の像が聖力を貯める依り代だった?」
「依り代?」
「土地の力を貯めている貯金箱のようなものです。祈りを捧げることで、その依り代から力を分けて貰うことができるときいたことがあります」
「……なるほど。ここ数年まともな巡礼者はいなかったとしたら……この像は限界いっぱいまで力を貯めていたことになるな」
「はい……」
それを全部プラティナが受け取ってしまっていたとしたら。
邪龍の封印にまで影響を及ぼしてしまったかもしれないという想像に血の気が引く。
「どうしましょうアイゼン。邪龍が……!」
「だが、さっきから何の変化も無いぞ。妙な気配はあるのか?」
「……いいえ」
「じゃあ大丈夫だろう」
あっけらかんと言い切ったアイゼンの表情は落ち着いたものだ。
「これまで他の連中が巡礼をサボってくれたおかげでたっぷりと力を受け取れたんだ。運が良かったくらいに思っとけ」
「運が?」
「ああ。少しは寿命も延びたかも知れないぞ」
少しだけ冗談めいた口調で言いながらも、アイゼンの瞳は真剣だった。
そんな考え方をしても良いとは思わず、プラティナは何度も瞬く。
アンバーもまたプラティナの腕の中でアイゼンに同調するようにきゅうきゅうと鳴いている。
「運が、よかった」
口に出すと不思議な気持ちがこみ上げてくる。
これまでの人生で自分が幸運だったと思えたことなど一度も無かったように思うのに。
じわじわと胸に広がるこの感情はなんなのだろうか。
そわそわと落ち着かない気持ちで腕の中のアンバーとアイゼンを交互に見れば、どちらも優しい瞳でプラティナを見つめてくれていた。
「ふふ」
嬉しい。ああこれが幸せなのだとプラティナはその時はっきりと理解できた。
まだ彼らと一緒にいられる。祈りが届いたのかもしれない。フワフワと浮き上がりそうな気持ちに釣られて、頬が勝手に緩む。
「アイゼン」
あのね、と続けようとしたプラティナの言葉は不穏な物音によって遮られた。





