幕間 聖女のいなくなった国で③
「プラティナを、聖地に行かせたと?」
氷のように冷たい声音に、広間に集まった家臣達の表情は凍り付いた。
国外に外遊に出ていたレーガが帰国し、不在の間の出来事を報告している最中のことだ。
大きな事件は無かったか、という問いかけに対し、家臣の一人がプラティナが巡礼の旅に出たことを報告したのだった。
その瞬間、レーガは動きを止め表情を険しくさせた。
一瞬で、場の空気が変わったのを誰もが感じていた。
「誰がそのような決断を下した? 妾が不在の間に、そのような、勝手な」
わなわなと拳を震わせレーガが玉座から立ち上がった。
黄金を糸にしたような豊かで豪奢な髪を結い上げた顔を彩るのは、碧玉を埋め込んだような大きな瞳と血のような赤い唇。陶器のように白い肌は滑らかで、子どもを産んだ女性とは思えないほどにみずみずしい。
豊満な身体を包むのは唇と同じ深紅のドレス。たわわな胸元を惜しげも無く強調したデザインはレーガによく似合っていた。
背丈は並の女性と変わらないのに、そこに立っているだけで誰もがひれ伏したくなるような圧倒的な存在感を持った美女にして、この国の全てを牛耳る最高権力者、レーガ。
元はただの側妃でありながら、正妃となり女王まで上り詰めた存在。
「お母様ごめんなさい。私が、私が悪いのですぅ」
緊張した空気を打ち破るような声と共に、瞳に涙をためたメディが両手で口元を押さえながら、レーガの前に姿を現した。
甘えを滲ませた視線で自分に甘い母親を見上げる姿はまるで小動物のようだ。
「お姉さまが余命僅かと宣告されたと知り、一刻も早く解放して差し上げたかったんですぅ。神殿での祈りは過酷でいらっしゃったでしょう? ですから城にお招きしたんですが、信仰深いお姉さまはその身を巡礼に捧げるとおっしゃられて……」
つらつらと綴られる物語に、レーガはじっとメディを見下ろしていた。
その瞳には何の感情も宿っていないように見えた。
「そうか……ヴェルディ!」
「ここに」
レーガの呼びかけに答え、家臣達の間を縫うようにして宰相であるヴェルディが姿を現す。
胸に手を当て軽く腰を折ったヴェルディにレーガは冷たい視線を向ける。
「どうして許可を出した。妾が戻ってくるまでどうしてプラティナを留め置かなかったのか」
「それは……」
「お許しください女王陛下!」
ヴェルディが口を開くより先に、その場にそぐわない明るい声が広間に響き渡った。
つかつかと軽い歩調でレーガの前に進み出たのは、神殿長の息子であるツィンだ。にこにこと人好きのする笑みを浮かべ、深々とレーガに頭を下げる。
「ツィン!」
メディは人目も憚らずツィンへと駆け寄りその隣にぴたりとくっつく。
相思相愛であることを隠しもせずに寄り添う姿に、周囲の目が一瞬だけ厳しくなった。
「陛下。実はこれは私とメディが決めたことなのです。プラティナはずっと聖女として神殿に縛られていました。外の世界に憧れていた彼女の最後の願いをどうして断れるでしょうか」
「そうなのお母さま! だから私とツィンでヴェルディにお願いしたの。ヴェルディもお姉さまが望むならって! ね!」
可愛らしく片目をつむって見せたメディに、ヴェルディは無言で頷く。
レーガはそのやりとりをじっと見つめながら、長い息を吐き出した。
「そうか……なるほど」
「安心してお母さま。お姉さまの代わりは私がしっかりと務めるわ。聖女としてみんなに信仰される存在に……」
「誰か、メディを地下牢へ」
「!!」
レーガの言葉に広間の空気が凍り付く。
「おかあ、さま……?」
「聞こえなかったのか。衛兵! メディを地下牢へ! 罪人として扱うように看守に伝えなさい!」
「お母さま!? どうして!!」
戸惑いながらも衛兵たちがメディを拘束した。
その横にいたツィンは真っ青な顔でおろおろとその場に立ち尽くしている。
「へ、陛下!? メディはあなたの娘なのに!?」
「娘だろうが何だろうが、妾の意思に背いた時点で逆賊だ。邪魔さえしなければと好きにさせていたのが徒になるとはな」
「ひっ!」
レーガに睨まれたツィンはメディを助けることもせず、その場にへたり込んでしまった。
メディは必死にレーガやツィンを呼ぶが、衛兵達は容赦なくその身体を広間から引きずり出してしまう。
「ツィンよ。お前はプラティナの婚約者だろう? 妾は言っておいたはずだ。あの子を絶対に手放すな、と」
「いや、それは、そのぉ……」
「大方、メディに唆されたのであろう痴れ者が。妾は己が役割を果たせぬ愚鈍は大嫌いだ」
「ひ、ひぃぃ!!」
ヒールの音を響かせながら壇上を降りたレーガは、無様に座り込んだツィンの目の前までやってくると、冷ややかな視線と言葉で命じた。
「今すぐプラティナを追い、連れ帰ってくるのです」
「ですが」
「逆らうならば、メディと共に永遠に地下牢に繋いでやろうか!!」
「ヒィイイイイッ!」
ツィンはレーガの一喝に悲鳴を上げ、その場から転がるように駆け出していった。
嵐が過ぎ去ったように静寂に包まれた広間の中心で、レーガは疲れ切ったような長いため息を吐き出す。
「妾が王都を離れている間に何というザマだ。ヴェルディ、この責任は重いと知れ」
「大変申し訳ありません」
「誰か、神殿長に使いを出せ。今すぐ妾の元へ来るようにとな」
深く頭を下げたヴェルディに視線すら与えぬまま、レーガは広間を離れたのだった。





