3話 旅の従者
使者が再びプラティナの元にやってきたのは、それから三日後のことだった。
相変わらず汗をハンカチで拭きながら、使者は旅の従者が決まったので顔合わせをしたいといい、プラティナを塔の外へと連れ出した。
外に出てみれば、物々しい兵士たちがぐるりと周りを取り囲んでおり、その先頭にはメディとツィン、そして宰相が立っている。
メディは相変わらず豪華で美しいドレスを着ているし、ツィンの服装もそれに合わせて随分と華美な装飾がされていた。
(聖女と司祭になったにしては、随分な格好ね)
聖女の役目は祈祷のはずだ。あんなドレスではまともに祈れないだろう。それに司祭があのような服装をしていたら信徒たちはきっと戸惑うに違いない。
すでに自分の仕事ではないにもかかわらず、二人の姿があまりにも酷いものだからプラティナは思わず目を細めてしまう。
それをどう勘違いしたのか、メディは自慢げに胸を反らせてプラティナを嘲るような視線を向けてきた。ツィンはその姿を褒めたのか、何ごとかを耳元で囁き、すっかり二人の世界を作っている。
(本当に、随分と仲が良いのね)
初めて二人の仲を見せつけられたときは、余命のことや驚きのせいで心が動かなかったが、こうも堂々と関係を見せつけられるとさすがに胸が苦しかった。
ツィンに対して恋慕の情があったといえば、嘘になる。だが、結婚する覚悟はあった。
それにたとえ仲が良くなかったとは言え、メディは血を分けた妹だ。
その二人が同時にプラティナを踏みにじり、二人だけで幸せになろうとしている。
(私は邪魔者だったのね)
居場所を奪われる苦しみに耐えかねプラティナが二人から視線を逸らせば、彼らの横にいた宰相と視線がかち合ってしまう。
女王レーガの右腕にして先代国王の時代からこの国の政治を取り仕切る宰相のヴェルディは、灰色の瞳でじっとプラティナを見つめていた。
年の頃は五十を超えていたはずだが、ヴェルディは随分と若々しく見える。長身でがっしりとした体格をしていることもあり、黙って佇んでいると政治家と言うよりは軍人のようだった。真っ黒なローブを着ているから、余計に存在感がある。
(相変わらず怖い顔)
ヴェルディとは直接言葉を交わした記憶はほとんど無い。
国王が存命であった頃、その横にいたのを見たことがあったが、そのときも今同様にじっと見つめてくるばかりで優しい言葉一つかけてもらった記憶が無い。
今回の巡礼は、おそらくヴェルディの計略なのだろう。冷徹な彼らしいことだとプラティナは苦笑いを浮かべたのだった。
「プラティナ様。この者があなたの従者になります」
「……まぁ」
我ながら随分と間抜けな声だった。
だが、それ以外に言い様がなかった。
黒い髪に黒い瞳の青年がそこにいた。
年の頃はメディより一回りは年上だろうか。どこか擦れた雰囲気と鋭い視線はまるで大型の肉食獣のようで、ずっと見つめていると腹の奥から体温が奪われていくような錯覚に襲われる。
地面に膝をつけているため背の高さはわからないが、細身ながらも随分と鍛えられた体型をしているのが服の上からでもよくわかった。
ただ、大きな問題が一つだけあった。
彼はその両手首を大きな鎖で拘束されていたのだ。
一つ一つがプラティナの拳よりも大きくとても重厚で重そうだった。
「ええと……彼が、従者ですか?」
「はい。名はアイゼンといいます。流れ者の騎士で、先日までは近衛騎士団に所属をしていたので腕は確かです」
「まぁ、そうなの」
使者の様子があまりに普通なので、プラティナはアイゼンの腕を拘束する鎖について質問しそびれてしまう。
周囲もその鎖については気にならないのか、何も言わない。
どうするべきか迷っていると、アイゼンと目が合ってしまった。
(どうすれば……)
たっぷり数秒間迷ったプラティナだったが、意を決したようにつばを飲み込むと、精一杯の笑顔を浮かべた。
「こんにちはアイゼン。私の従者を務めてくださるのですよね? 大変な役目なのにありがとう」
気になることは色々あったが、従者として仕えてくれる相手なのだ。挨拶は大切だろうとプラティナは静かに腰を折る。
「どうも」
だが、返ってきた返事はあまりにもそっけないものだった。
まるですねた子どものような挨拶に周囲の空気が一瞬だけ固まる。
いくら聖女でなくなったとはいえ、プラティナは王女だ。無礼な態度を取っていい相手ではない。
「貴様! 身の程をわきまえんか!!」
当然、使者が真っ赤な顔をしてアイゼンを叱り飛ばすが、彼はどこ吹く風だ。
まるでこの場にいるのが耐えられないといった表情に、プラティナは息苦しさを感じた。
(……ああ、きっと彼は私の見張りを押しつけられたのね)
理由はわからないが、きっとアイゼンにとってこの任は不本意なものに違いない。
先ほどの説明では、彼は近衛騎士団に所属『していた』らしい。つまり、今は近衛騎士団所属ではないのだろう。
おそらく、プラティナに付き添わせるために解任なり異動させられたに違いない。
申し訳なさに顔が下がってしまう。
「申し訳ありませんプラティナ様。まあ、態度は悪いですが腕は確かです。流れ者ですので旅慣れはしていますから、きっと道中のお役に立つはずですよ」
まるで物でも売るような口調にプラティナは眉を寄せる。
アイゼンにも意思があるだろうに、どうしてそう勝手に決めてしまえるのか。
(彼ではいやだと言ってみようかしら)
そうすれば、もしかしたらアイゼンは自由になるかもしれない。
これまでろくな我が儘も言ってこなかったプラティナが、死を目前にして一つくらい我が儘を言っても許されるのではないだろうか。
(でも……)
ゆるゆると顔を上げたプラティナは、再びアイゼンと視線を合わせる。
表情こそ険しいがアイゼンの瞳には憤りや憎しみはこもっていないように見えた。
「わかりました」
静かに頷けば、使者がほっと息を吐く。
成り行きを見守っていた周囲の兵士たちやメディたちも、プラティナの了承に満足げだ。
「アイゼン、至らぬ王女ですがどうぞよろしくお願いします」
「……ああ」
てっきり反発するかと思ったアイゼンは静かに頷いた。
どうやら嫌われているわけではないようだとほっとしたのもつかの間、カツカツとヒールが地面を蹴る音が近づいてきた。
「どうやらお話は決まったようですわねお姉さま」
「メディ……」
プラティナとアイゼンの間に割り込むように現れたメディは、自分を大きく見せるように腰に手を置き胸を反らせる。
「善は急げと言いますわ。こちらで用意は終わらせております、どうぞ巡礼の旅に向かわれてちょうだい」
「……!」
その言葉にさすがのプラティナも目を丸くする。
「まってメディ、今からだなんてそんな」
「あらいいじゃない。お姉さまに別れを惜しむ相手などいないでしょう? 私が見送ってさしあげるだけでも感謝していただかないと」
「そんな」
唖然とするプラティナの周りを兵士がぐるりと取り囲む。
どうやら異論は許されないようだ。
アイゼンもまた、兵士たちに両脇を抱えられるようにして立ち上がらされていた。
両腕の鎖が重そうにじゃらりと音を立てる。
「あの、せめて彼の鎖を……」
「鎖? 何を言ってるのあなた」
メディが怪訝そうな顔でプラティナを見つめ、それからアイゼンに視線を向ける。
じろじろと不躾な視線を向けられているアイゼンは、どうしたことか驚いた顔でプラティナを見つめてきた。
先ほどとは違う、明らかに感情のこもった視線にプラティナは戸惑う。
(もしかして、あの鎖が見えていない?)
見えない鎖などあるのだろうか。
混乱するプラティナにメディが不愉快そうに唇を尖らせる。
「とうとう幻覚までみえはじめたのかしら。やはり早く旅に出るべきね」
「っ、待ってメディ!」
「お姉さまをお連れしなさい!」
メディの指示に兵士たちが一斉に動き出す。
「それではごきげんよう、お姉さま。安心してくださいね。お姉さまの追悼碑は私が監修して素晴らしいものを作っておきますから」
可愛い顔と声で残酷なことを言いながらメディはたおやかに手を振って見せた。
逆らう術のないプラティナは半ば強引にその場から連れ出されたのだった。





