22話 黒騎士の葛藤
日が暮れる前にテントを設営し、野宿の準備は完了した。
保存できそうな食料を残し、食べかすなどは全て穴を掘って埋める。匂いに釣られて他の魔獣が来るのを防ぐためだ。
夜になり自分も見張りをすると言い張るプラティナをなんとかテントに押し込めたアイゼンは、火の前にどっかりと腰を下ろした。
「まったく……何をやってるんだ俺は」
うっかりと触れてしまった小さな唇の感触を思い出し、アイゼンは低く唸りながら頭を抱える。
プラティナと旅を始めて数日。
彼女の持つ規格外の力には驚かされっぱなしだ。
城門で軽々と薬を量産して見せたときも驚いたが、傷ついた魔物を治療して、あまつさえ水に混じった呪いを簡単に浄化してしまった。あんなこと、並の聖職者にだってできるものではない。
自分にかけられた呪いを解いたときも驚いたが、彼女が持つ力は空恐ろしいものがある。
「アレが無自覚だというのがまた困る」
自分の力がどれほどのものか自覚しておくことが、この世界を生きていく中で一番大切なことだ。
過信せず驕らない。簡単なようでとても難しいが、それさえできていれば生き残る確率はぐっと上がる。
だがプラティナはずっと神殿に閉じ込められ生きてきた。自分の持つ力が、世の中においてどれほどの威力を持つのか知らない。おそらく他人と比べたことも無いのだろう。
「神殿はなにをやってたんだ」
彼女の言葉を信じるならば、ほとんど修行僧のような過酷な状況で祈り続けるばかりだったという。
身体が弱って当然。彼女の余命がわずかなのは生来の身体の弱さだけが原因では無い。神殿がプラティナの命を削ったのだ。
ギリッと噛みしめた奥歯がきしむ音がした。
剣技大会に参加するためシャンデに入国した時、神殿に聖女がいるという噂だけは小耳に挟んだ。
だが、神など信じていないアイゼンは興味すら持たなかった。
(あのとき、もし……いや、何を馬鹿なことを)
あのとき存在を知っていたからと言って何ができたというのだろうか。
アイゼンはただの流れの冒険者だったし、剣技大会で優勝し近衛騎士にされていた間は制約により行動を縛られていた。
たとえプラティナに出会いその窮状を知ったとしても何もできなかっただろう。
何より、きっと出会い方が異なればアイゼンはプラティナに興味すら抱かなかったに違いない。
ぱちりと音を立てて炎が弾けた。
思い立ってテントに近づき幕を上げれば、穏やかな寝息を立てているプラティナの姿が見えた。
子どものように背中を丸くして眠る姿はあどけなく、庇護欲がかきたてられる。何者からも守ってやりたいし、幸せになって欲しいと信じてもいない神に願いたくなった。
出会ったときはパサパサだった髪はここ数日間の食事と運動の影響かわずかに艶が戻ったし、顔色も随分良くなったように思う。
だが、やはりどう考えても痩せすぎだ。
握ったら折れてしまいそうな腕が服の袖から覗く度に、もっと何か食べさせなければという焦燥感がこみ上げてくる。
(幸い、好き嫌いもないようだし、これからもなるべく肉を食わそう)
新鮮な肉は栄養価も高く消化にもいい。加工された食品よりもずっと健康にいいはずだ。
焼きたての肉を幸せそうにほおばる姿を思い出すと、胸の奥がぎゅうっと絞られ、その場から走り出したくなる。
指先で触れてしまった口周りの皮膚は、同じ人間とは思えないほど柔らかかった。
思わずプラティナに触れた手をぎゅっと握り締める。
無防備に眠るプラティナの頭のそばには、鈍色の鱗に包まれた小さなトカゲが腹を出して眠っていた。
水源地で聖域の力を借りて人を呪った不思議な魔獣。見たことも聞いたことも無い姿形のそれは、希少種か突然変異か。こちらの話を理解できているようだし、知性はかなり高いのだろう。
琥珀色の瞳からアンバーと名付けられたそれは、プラティナに随分懐いている。
竜種に属する魔獣は主を決めると一生を共にする習性がある。傷を癒やしてもらったことから、アンバーはプラティナを主と定めたのだろう。
(チビの世話を焼くっていう役目はずいぶんと性に合ったみたいだな)
人から囲われることになれきっていたプラティナは随分と無防備だった。
人の悪意に疎く、善意に寄りすぎている。
だが、アンバーという守るべきものを得たことで、周囲に気を配る必要が生まれた。
(いい方向に向けばいいが)
眠る一人と一匹の姿に、アイゼンは深くため息を零した。
テントを離れ、火の前に戻る。
(とにかく例の妙な集落をどうするかだ。こちらに危害を加えるならば排除すべきか……だが、プラティナは許さないだろうな)
一刻も早く最初の聖地の巡礼を終わらせたい。
そうすれば次の聖地に向かえる。
(あの近くには大きな港町があった。あそこならいい医者がいるはずだ)
最初に立ち寄った街には、怪我や簡単な病は癒やせても命に関わるほどの病を治療できるような医者はいなかった。
高名な医師に掛かりたければ王都に向かうというのがあの街の常識だったのだ。
下手な診断はプラティナにとって毒になる可能性もあると考え、あの街では医者にかかわらなかった。
港街にいるという噂の病に精通した名医ならば、彼女の命を脅かす原因を発見できるかもしれない。
そうなったら、この先もずっと一緒に――
(……俺は何を考えた?)
らしくない思考に陥りかけ、アイゼンは首を振る。
これまでずっと一人で生きてきた。気まぐれにギルドを通じてパーティを組むことがあったが、せいぜい数ヶ月から一年の付き合いで解散だ。
どんな相手とも深く付き合わず、線引きをする。そういう生き方が一番性に合っている。
相手に踏み込まない代わりに、こちらにも踏み込ませない。それが流儀だったはずなのに。
プラティナに出会ってからは、彼女を救うことばかり考えている。
旅立ったときよりも元気になって嬉しそうに笑う姿に、認めたくないが心が躍っている。
まるで親が子を守るような気持ちでずっと見守っていたいとさえ考え始めてしまっていることが酷く落ち着かない。
(くそ……父親って柄じゃないだろ俺は。大体、そこまで年は離れていない)
馬鹿らしい、と頭を掻いてアイゼンは枯れ木をたき火に放り込んだ。
新しい燃料に火がわずかに勢いを増したのを見つめながら、重い息を吐きだしたのだった。





