21話 いいから君は肉を食え
老人の言葉通り、森の東側には小さな入り口が作られていた。
採取に行く人たちが手入れしているのか、特に廃れた様子はなく細い道が奥へと続いているのが見える。
「カーラドの谷まではここから歩いて一日半ほどだそうだ。その手前に妙な集落が出来ているらしい」
今夜は野宿になりそうだというアイゼンの言葉にプラティナは神妙な顔で頷く。
これまでは街の宿屋や馬車の中で寝泊まりをしていたので、完全な野宿は初めてだ。
興奮と緊張を噛みしめていると、大きな手がプラティナの背中を軽く叩いた。
「安心しろ。簡易なテントもある。無理なく進めば身体にもそう負担はかからないはずだ」
いつだってプラティナを気遣ってくれるアイゼンの言葉に胸が温かくなった。
ここまで辿り着くまでも、何かと言えば体調を気にしてくれた。
王都を離れてから大きな発作に襲われることは無かったが、やはり体力不足なのは否めない。
初めて馬車で夜を明かした翌朝は、身体がびっくりしたのかほんのりと熱っぽく身体が思うように動かなかった。
他の乗客たちにも心配を掛けてしまい申し訳ない思いをしたことを思い出す。
「私、気をつけますね」
「そうしてくれ」
決意も新たに森の中へと足を進める。
道は細く足場は悪かったが、歩けないほどでは無い。採取に訪れる人たちのおかげか、最初の数時間は難なく進めることが出来た。
だが、ある程度奥へと進むと道の上に草や木が被さっており歩きにくさが目立ってきた。
先を行くアイゼンがナイフで道を広げてくれてもこの状態ならば、一人で進むのはきっと困難なことだっただろう。
たぶん歩調もプラティナを案じてかなりゆっくり進んでくれている。
(本当に凄い人だなぁ)
大きく広い背中を尊敬の念を込めて見つめれば、視線に気がついたのかアイゼンが軽く振り返って首を傾げた。
「腹でも減ったか」
「ち、違います!」
少し意地悪っぽく聞かれ慌てて否定するプラティナだったが、その肩に乗っていたアンバーが「きゅう!」と大きく鳴いて空腹を主張してきた。
確かに先ほどの集落を出てから時間も経っているし休憩するタイミングなのかもしれない。
正直に言えば、少し疲れてきた。呼吸が乱れ始めたことに気づかれたらしい。
「もう少し頑張れ。おそらく川が近くにある。今日はそこで食事を取って休もう」
その言葉通り、ほんの数分でさっきまでの景色が嘘のように開けた場所に出た。
綺麗な川の傍にある砂利に腰を下ろしてほっと息を吐く。
「水を飲んで休憩していてくれ。チビ、プラティナから離れるなよ」
「ぎゅう!」
チビと呼ばれたアンバーが不服そうな鳴き声を上げた。
そのやりとりにプラティナは「ふふ」と小さく笑う。
アイゼンはアンバーのことをわざとなのか名前でなく「チビ」と呼ぶ。アンバーはそれが気に食わないのか、呼ばれる度に不満そうに鳴いていた。
相性が悪いのかと最初は心配していたプラティナだったが、時々二人でくっついて過ごしていることもあるので仲が悪いわけでは無いのだろう。
「アイゼンはどこに?」
「食料を取ってくる」
「携帯食料なら鞄の中に……」
「ちょっとした腕慣らしだ。すぐに戻る」
言うが早いかアイゼンは再び森の中に消えていった。
その素早い動きにプラティナは目を丸くしながらも、アイゼンを信頼しているので大人しく指示に従うことにする。
川から水を汲み、浄化魔法を掛けてから飲み干す。
冷たい水が喉に心地いい。アンバーは川に飛び込み水浴びを始めた。
「アンバー、気をつけてね」
まれに水中に潜む魔物もいるというので、不安になって呼びかければ、アンバーは平気だとでも言うようにぎゅぎゅうと鳴き声を上げた。
そして。
「きゅううう!」
川から戻ってきて自慢げに鳴くアンバーの足下にはピチピチと跳ねる数匹の魚が。
どうやら先ほどの動きは水浴びではなく、狩りをしてくれていたらしい。
「凄いわアンバー!」
まさか食料を取ってきてくれるとは思わず喜んでいると、背後の草むらがガサリと音立てて揺れる。
驚いて振り返れば、右手に茶色の毛玉を抱えたアイゼンがのっそりと現れた。
「なんだ、チビは魚を捕ったのか」
「きゅう!」
「俺は肉だ。食事にするぞ」
アイゼンが持っていたのは毛玉ではなく小型の獣だったらしい。
この短時間に狩ってきたのかと驚けば、なんてことはないとでも言いたげに肩をすくめられてしまった。
「食料調達は旅の基本だからな。血抜きをしている間に火をおこそう。プラティナは水を汲んできてくれ」
収納鞄から手際よく道具を取り出すアイゼンに従い、鍋に水を汲む。
アイゼンは転がっていた石を組み立て簡易なかまどを作ると、いつ拾ってきたのか木の枝を組み合わせて火をおこしていた。
アンバーは一足先に魚にかじりつき食事を始めている。
「ほあああ。凄いですね」
感嘆の声を上げたプラティナの視線はアイゼンの手元に注がれていた。
小さなナイフを使って魚の腹を開くと内臓を捨ててからそばで串焼きにし焼き始め、血抜きをしていた獣の毛皮を剥ぎ内臓を取り出して穴を掘って埋めてゆく。その完全な手さばきは惚れ惚れするものがあった。
「怖くないのか?」
何が?と視線で問えば、アイゼンもまた視線で自分の手元にある獣だった肉の塊を指した。
血で汚れたそれは確かに恐ろしげではあったが、不思議と嫌悪感は湧いてこない。
アイゼンの手つきに迷いがないせいかもしれない。
「……私は世間知らずですが、全ての食材が生き物だということは理解しているつもりです」
「そうか」
ナイフによって切り身になった肉もまた、魚の横で串焼きにされはじめた。脂が溶ける香ばしい匂いが周囲に広がっていく。
肉の匂いに釣られたアンバーは骨付き肉をもらい嬉しそうに羽をばたつかせていた。
携帯食料の一つを開け、沸いたお湯に入れるとスープも完成した。
「うあぁ~!」
美味しそうに焼けた肉と魚に、おもわずじゅるりと涎がこぼれてしまう。
慌てて口元を拭ったプラティナにアイゼンは小さく笑うと早く座れと促してくれた。
「ほら。火傷するなよ」
アイゼンが差し出してくれた肉にはすでに塩が振られており、見ているだけで顎が痛くなってきそうだ。
ふうふうと何度も息を吹きかけてからそっと噛みつけば、コレまで食べてきた肉とは全く違う味わいが口の中に広がった。
「んむ~~!!」
「旨いだろう。この獣は見た目こそ毛玉だが、花や果実が主食だから肉に生臭さが無い。だから捌いてすぐに食べられるんだ」
「ずごいですね。はふぃ、あいじぇんは、あんでも、知ってて」
「……いいから君は肉を食え」
感動を伝えようと食べながら喋ったら軽く怒られてしまった。
「君の体力のなさは栄養不足も原因だ。神殿では日光に当たる機会も少なかったようだし、なるべく新鮮な肉を食べて体力を付けろ」
咀嚼しながら何度も頷けば、アイゼンが黒い瞳を細め小さく微笑む。
「汚れてるぞ」
伸びてきたアイゼンの手がプラティナの口元を優しく拭う。
どうやら肉汁がこぼれてしまっていたらしい。
薄い皮膚を撫でる少しだけざらついた指先の感覚に、プラティナはうっすら頬を染めた。
「……っ、すまん」
「い、いえ」
急に気まずくなった空気にいたたまれなくなり、プラティナは俯いたままちまちまと肉を食べ続けることにした。
アイゼンもまた無言で肉に噛みつく。
「きゅう!」
アンバーだけが楽しそうに骨に残った生肉にかじり付いていた。





