20話 不穏な話
街外れの乗合い所から出立した馬車に揺られる旅を続けて二日目。
プラティナとアイゼンは鬱蒼とした森の前に立っていた。
アンバーはプラティナの肩に座って、警戒するように森を睨み付けていた。
「この森の奥に聖地が……」
「ああ」
最初の聖地、カーラドの谷。邪龍の前足と牙を封印したとされる祠がある場所だ。
出立の際に持たされた経文をその祠に納め、邪龍の封印に感謝の祈りを捧げることがプラティナに課せられた最初の役目である。
「馬車の御者にも聞いたがここ数年はろくな巡礼者もいないそうだ。以前は細いながらも聖地に向かう獣道があったそうだが、今はどうなっているか」
そう口にするアイゼンの顔はとても険しい。
プラティナもまた表情を曇らせた。
馬車に揺られている間、乗り合わせた乗客からいろいろな話を聞くことができた。
プラティナが神殿で暮らしていた十年の間に、シャンデはとても暮らしにくい国になってしまったそうだ。
以前のような国民に寄り添った政策は全て無くなり、街から街へ城門を超えて商品を運ぶだけでも重い関税が掛けられるようになった。優遇されるのは、大きな商会や貴族ばかり。
かろうじて国が維持できているのは、王都以外の自治を領主に任せるという決まりがあるからだと教えてもらった。
女王レーガが領主に課する税率は年々跳ね上がっているらしいが、幸運なことにシャンデはここ数年間大きな天災や疫病にも見舞われず安定した暮らしができている。
そのおかげで地方の国民たちはなんとか困窮せずに済んでいると教えられ、プラティナは密かに胸をなで下ろした。
「まさか聖地までないがしろにされているとは知りませんでした」
プラティナの父が国王であった頃は、聖地巡礼は聖職者にとってはいずれ目指すべき修行の最高峰だったはずだ。
巡礼を終えた神官が目を輝かせ役目を終えたことを報告に来ていたことを、ぼんやりとだが覚えている。
「私も元聖女としてしっかりと聖地を確認しなければ!」
「気合いを入れるのはいいが、絶対に無理はするな」
「はい!」
アイゼンの言葉にプラティナは元気よく頷く。だがその表情は興奮を隠し切れていない。
はぁと深いため息をついたアイゼンは前髪をかきあげながら森を見上げた。
「どこから入ったものか……以前は入り口があったそうだが」
「見当たりませんね。このまま入りますか?」
ためらいなく茂みの中に突き進もうとしたプラティナの首根っこを、アイゼンが鷲掴んで引き留める。
「君はどうしてそう思い切りがいいんだ。落ち着け」
「ご、ごめんなさい」
「あっちに小さな集落があるそうだ。まずはそこで話を聞こう」
「はい!」
「それにずっと馬車に揺られていたんだ。少し休むぞ」
頼りになるアイゼンの言葉に頷きながら、プラティナはその背中を追いかけた。
言葉通り、森から少し手前の場所に小さな集落があった。
入り口の近くにあった食堂に入り巡礼の旅に来たことを告げると、店の主らしい老人が驚いたと目を丸くする。
「巡礼者とは珍しい。いや、以前はよく来ていたんだ。だが、ここ数年はぱったりでなぁ」
プラティナとアイゼンを見比べながらうんうんと感慨深そうに頷きながら、老人はお茶を出してくれた。
簡単に食べられるものは無いかと注文して出てきたのは山羊のミルクを練り込んで作ったというクッキーだった。素朴な甘さとほろりと崩れる歯ごたえが最高で、食べているだけで幸せな気持ちになる。
馬車に揺られた疲れがあっという間に飛んで行ってしまった。
アンバーにも一口あげれば「きゅう!」と嬉しそうに食べていた。
「森に入るなら、ここから東回りに進んだところに今でも小さな入り口がある。採取に行くこともあるから、中腹までは道もあるぞ」
「よかった」
道なき道をかき分けていくべきかと覚悟していただけに、教えられた情報に安堵する。
アイゼンも同じ気持ちだったようで、わずかながらもほっとした顔をしていた。
「ただ問題はその先でなぁ……」
老人が声のトーンを落とし、眉を下げながら腕を組む。
明らかに何かを案じている姿に胸騒ぎを覚える。
「なにかあるんですか?」
「実は妙な集落があってな。そいつらがあんたらに何かしてこなければいいが」
「妙な集落?」
プラティナとアイゼンは老人の言葉に顔を見合わせた。
二年ほど前に少し先の街で大きな火事があり、大勢が焼け出されたという悲惨な出来事があったらしい。
家を失った人々の一部が、森の奥にある広場に住み着き自給自足の生活を始めた。
最初はこの集落とも穏やかな交流を続けていたそうなのだが、ある日を境にぱったりと途絶えてしまったそうだ。
「なんでも神殿に封じられた邪龍を信仰するようになったそうでな。よくわからん戒律を守って奇妙な生活を送っている」
「奇妙な生活?」
「肉を食べず森で採れた野菜だけで生きたり、朝晩と決まった時間に祈ったり。その生活に嫌気がさして逃げてきた奴もいるほどでなぁ」
神殿の巫女や神官のような厳格な暮らしぶりにプラティナは首を傾げる。
しかも祈る相手は邪龍だ。何を考えているのだろうか。
不穏な空気に、クッキーにかじりついていたアンバーまでもが動きを止めてじっと老人を見ていた。
「連中だけで好きに生きてくれるならいいんだが、最近じゃ儂らにも同じ暮らしをしろと迫ってきて困っているんじゃ。逆らえば、邪龍の天罰が下るなんて脅してくることもあって、怯えておるものも少なくない」
どこか疲れた老人の言葉にプラティナは胸を痛めた。
(信仰を盾に人を苦しめるなんて)
神殿の戒律も確かに厳しかったが、強制はしていなかった。
実際、救いを求めて神殿の門をくぐる人たちの半分はその場しのぎに助けて欲しい人が多かったと思う。
だが別にそれでも構わないとプラティナは思っていたのに。
「とにかく、やっかいな連中がうろうろしている。気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
優しい老人の言葉にプラティナは素直に頷いたのだった。
食堂を出ると、それまで黙っていたアイゼンが短く唸った声が聞こえた。
「面倒だな」
「アイゼン様?」
顔を上げれば、顎に手を当て考え込むアイゼンの姿が目に入る。
細められた瞳がじっと地面を見つめていた。
「あの老人の話が本当なら、森に住み着いている連中は祠を信仰の基礎にしているはずだ。巡礼者である俺たちを近寄らせないかもしれない」
「ええ!? それは困ります!」
旅の目的は自由を知ることだが、役目を放棄するつもりはない。
一応は聖女として神殿に勤めていたのだ。聖地が本来とは違う目的で使われていると聞いて放置しておけない思いもある。
「とにかく一度行ってみませんか? 話をすれば案外わかってもらえるかもしれません」
「……君がそういうなら構わないが」
アイゼンはまだ不安そうだったが、プラティナの言葉に逆らうつもりはないらしく素直に頷いてくれた。
「まず森の入り口に行ってみよう」
「はい!」





