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2話 巡礼という名の追放

※サブタイトル変更しました

 

 余命宣告からわずか三日。

 プラティナはメディの宣言どおり、聖女の地位を剥奪された。


 女王レーガが国際会議で国を離れていたこともあり、あっという間に解任の書類が作成され承認されたと知らされた。

 冷遇されていた王女であるプラティナをどう扱おうが、異論を唱える者などいないと思ったのだろう。

 実際、日陰の身で貴族と縁遠いプラティナが聖女でなくなったとしても何の害も無いと思われていたらしく異論の声があがることはなかった。


「はぁ……」


 寝台に座ったプラティナは窓の外を眺めながら深いため息を零す。


 神殿で聖女として使っていた部屋は、今後はメディが使うことになると言われ追い出されてしまった。

 質素な部屋ではあったが祈りの間に近くて便利だったし、長年使っていただけに愛着もあったのに。


 着の身着のまま追い出されてしまったプラティナが今いるのは、王城の石塔だ。

 病で人前に出ることができなくなった王族などを幽閉するための建物なので、出入り口は一つしか無い。プラティナに与えられた部屋は堅牢な石作りになっており、とても寒々としている。

 日に三度、粗末な食事が届けられる以外には人の出入りもなく静かなものだ。

 嵌め殺しになった窓の外には、城の背後に広がる鬱蒼とした森があるだけなので、いくら景色を眺めていても心が晴れることはない。


 すぐに死なれては困ると思っているのか、医師だけは定期的に診察に来てくれていた。

 以前よりも休養する時間が増えたからか以前より体調は安定していたが、やはり余命宣告は覆らなかった。


「これから、どうなってしまうのかしら」


 聖女が突然死ねば、国民に不安が広がるというメディたちの言い分はわからなくもない。

 それならば何か理由をつけてプラティナを人前から遠ざけ、ひっそりと死なせてしまう方が騒ぎは少ないだろう。

 だとしてもこれまで重ねた日々をまるで無かったことのように扱われるとは思わなかった。


 今後については追って指示があると言われたが、どう過ごそうとも死ぬ運命からは逃げられないのだろう。


「何だったのかしら私の人生は」


 心にぽっかりと穴が開いたような気分だった。

 王女でありながら冷遇され続け、我が身を賭して聖女の役目を果たしていたはずなのに。余命がわずかだとわかった途端に追い出されてしまった。

 人はあまりに悲しすぎると泣けないものなのだということを初めて知った。


(せめて、外に出ることを許してもらいたいのだけれど。きっと無理ね)


 あまり人前に出ることはなかったが、プラティナの容姿はなくなった正妃である母そっくりなので、見る人が見れば王女であることがすぐにわかってしまうだろう。

 聖女として神殿にいるはずのプラティナがふらふらと出歩けば騒ぎになってしまう可能性だってある。

 なにより、余命わずかの弱った身体で動き回ることなど不可能だろう。


 このまま、このさびれた塔に閉じ込められたまま人生が終わるのはあまりに寂しい。

 かといって、自由を得ることも叶わない。


 せめて父が生きていればと思ったが、死んでしまった人に恨み言を言っても始まらないことくらいプラティナにだってわかっている。


「ふう……」


 もう一度プラティナはため息を零すと、静かに両手を組み合わせいつものように祈りを捧げはじめた。

 ここは神殿の祈りの間でもないし、すでに自分は聖女ではなかったが、長く続けてきた習慣を簡単にやめることはできない。

 せめて命ある限り、この国の安寧を祈ることだけでも続けられればとプラティナはきつく目を閉じたのだった。



 数日後。

 ようやく宰相の使者がプラティナを訪ねてきた。


 てっきり別の場所に移送でもされると考えていたプラティナだったが、使者が告げた言葉はあまりにも唐突だった。


「聖地巡礼、ですか」

「は、はい」


 使者である小太りな中年男性は、額に浮かんだ汗をせわしなくハンカチで拭きながら手元にある書面を読み上げはじめた。


「ええとですね『王女プラティナを、聖地巡礼の役目に任命する。聖地を巡り、経文を納めこの国の威信を示したまえ』ということです」

「聖地……」


 告げられた言葉の意味をかみ砕くように繰り返せば、使者はますます汗を拭く手を大きく動かす。


「はいはい。そう聖地です。ご存じでしょう?」


 どこか面倒くさそうな使者の言葉にプラティナは慌てて頷いた。

 聖地。それはかつてこの大陸を蹂躙した邪龍を封印した三つの聖堂の総称だ。神殿はその聖堂を管理する役目も担っており、敬虔な信徒ならば一度はその三ヶ所に拝礼すべきだとさえ言われている。


「私が、これから、ですか」


 プラティナの声は動揺に震えていた。

 それもそうだろう。三つの聖地はとても過酷な場所にあり、健康な成人男性ですら全てを一度に礼拝して回るのは難しいと言われている。

 余命わずかなプラティナにできるはずもない。

 使者はプラティナの言葉に、困ったように肩をすくめるだけだ。


「はぁ。まぁ、そういわれましても。すでに決定された事案ですし」

「でも」

「聖女の役目を降りたプラティナ様が聖地を巡礼するなど、大変な美談ではないですか。結果がどうあれ、美しい伝説にきっと国民は涙するでしょう」

「……!」


 使者の言葉にプラティナは目を見開く。

 そして、彼らが作り上げようとしている物語の真意に気がついてしまう。


(そう……私の死を美談にしたいのね……)


 聖女であったプラティナが病で死んだとなれば、それなりの騒ぎになることは予想ができる。しかも死を目前に妹であるメディに役目を鞍替えさせたのだ。聡い者ならば、プラティナが使い捨てられたと気がついてしまうだろう。

 神殿や王家のやり方に反発し、余計な騒ぎが起きる可能性は高い。


 だが、プラティナが自ら進んで巡礼の旅に出たとなれば話は別だ。過酷な旅に己を投じ、帰国することなくその命を儚くさせたとしたら。きっと国民たちは敬虔な聖女プラティナを神格化し、伝説として讃えるだろう。

 そしてメディは非業の死を遂げた姉の跡を継ぎ聖女となったと大々的に告知すれば、神殿への信頼や王家の威信はますます強まることになる。


「ご安心ください。さすがに一人でということはありません。しっかりと従者をつけますから」

「従者?」

「ええ。女性一人の旅となれば、なにかと危険もありますからね。お務めを果たされるかの見届けも兼ねております」


(何を見届けさせる気かしら)


 プラティナはだんだんと冷めていく気持ちを隠し切れなくなってきた。

 これまでは神殿や王家に対して深い恨みを抱くことはなかった。

 冷遇されていたのはわかっていたが、聖女としての役目に没頭することでそれを忘れられていたのに。


「……わかりました」


 たとえ抗ったとしても、今のプラティナには宰相の下した決断を覆す力はない。

 歩けないとうそぶけば荷馬車にでも乗せて聖地へと連れていかれるのだろう。

 それならばせめて、抗わずに最後の自由を味わいたかった。


 プラティナの返答に使者がほっとした表情になる。

 きっと彼は宰相に伝言を押しつけられただけなのだろう。

 早くこの場から去りたくてたまらないのを隠さない態度は、少しだけ好感が持てた。


「はいはい。それでは、準備ができ次第またお迎えに上がりますね」


 身勝手な言葉ばかりを投げつけ、役目は終わったとばかりにいそいそと部屋を出て行く使者の背中を見送りながら、プラティナは切なげに目を伏せたのだった。



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