14話 水源の調査②
街の中央にあるギルドはとても大きな建物だった。
中にはたくさんの人たちが溢れている。
アイゼンは迷いのない足取りで、いくつかあるカウンターの一つに向かうと受付嬢に声をかけた。
「冒険者登録をしたい」
突然声をかけたにもかかわらず、受付嬢は慌てる様子もなく「はい」と笑顔で答え、何らかの書類を出してきた。
「ここに名前と職業を書いてください。以前にも登録してたことがあるなら、情報を引き継げますが?」
アイゼンの風貌から初心者ではないと察したのか、受付嬢は探るような視線でアイゼンとプラティナを見比べてくる。なんだか居心地が悪くなってプラティナが一歩下がれば、アイゼンが受付嬢から隠すように間に入ってくれた。
「いや、結構だ」
「でもその場合最低ランクからのスタートになりますが」
「かまわない。身分証はこれだ」
そう言ってアイゼンは城門でも見せた身分証を取り出す。受付嬢はそれを確認すると「なるほど」と頷いて受付処理をしてくれた。
しばらく待っていると銀色のプレートが差し出される。
「依頼を受けるときはこれをあちらの受付カウンターに提出してください。ランクに見合った仕事を紹介してくれますよ」
「助かる」
無駄を感じさせないテキパキとした二人のやりとりに感動していると、アイゼンはさっさとそちらに行ってしまう。
慌てて追いかけようとすると、何故か受付嬢に呼び止められた。
「あなたは登録しないの?」
「私、ですか?」
「そう。大きな依頼になるとソロだと受注ができないの。薬師なら危険な場所に素材を集めに行くこともあるでしょうし、せっかくだから登録しておいたら?」
自分も冒険者登録ができるとは思っていなかったので驚いたが、確かにそう言われれば納得だ。
ちらりとアイゼンを目で追えば、彼はギルドの職員と何かを話し込んでいる。
話しかけて邪魔をするのは気が引けるし、登録するだけならば問題ないだろう。
「さっきの身分証にあなたの情報もあったから、書類を書くだけで大丈夫よ」
「じゃあ、お願いします」
差し出された書類に素直にサインをする。アイゼンに倣って、職業は薬師にした。名前も、家名は書かず『プラティナ』とだけ書き込む。
それを見た受付嬢は、少し不思議そうな顔をした。
「あなたプラティナって言うのね」
「はい」
「この国の王女様と同じ名前じゃない」
「そ、そうですね」
まさか本人だとは答えられず曖昧に微笑めば、受付嬢は手続きをしながら弾んだ声をあげた。
「王女様は神殿で聖女も務められていると言うし、縁起がいい名前だわ。よい冒険ができますように」
優しく微笑まれながらアイゼンと同じ銀色のプレートを差し出され、プラティナはおちつかない気持ちになった。こんな風に誰かの善意だけからくる笑顔に触れたのはいつ以来だろう。
この名前を付けてくれたのは、亡くなった母だという。記憶は殆どないが、こうやって誰かに褒めてもらえたのははじめてだ。
「ありがとうございます」
少しだけ瞼が熱くなったのを誤魔化すように微笑んで、プレートを受け取る。小さなそれがずっしりと手のひらに馴染んだ。
初めて手に入れた自分の証明書を胸に、プラティナはアイゼンの元に向かう。
銀色のプレートを持ってきたプラティナにアイゼンは少し驚いた顔をしたが、冒険者登録をしたことを咎めてくるようなことはなかった。むしろ自分から行動してきたことに感心したように「よかったな」と言ってくれたのでますます心が温かくなる。
「今話を聞いたところだ。街外れにある渓谷の水源調査が依頼に出ている」
アイゼンが差し出してきた依頼書を受け取り、そこに書かれた内容を確かめた。
依頼内容は、水源が汚染されている原因調査とその解決。ランクや職業を問わず誰でも参加可能で、賞金は持ってきた情報と結果次第。
つまりは成果を上げた人間には金を払う、というシンプルな内容だった。
「登録したばかりの俺たちでも参加は可能だそうだ。受注しておこう」
「はい」
アイゼンに従い受付でプレートを提出すれば、受付嬢が処理をしながら現在わかっている内容について説明してくれる。
「この街全体の水源が汚染されています。毒性はそこまで強くありませんが、しっかりと浄化魔法をかけないまま飲用したり調理に利用すれば、腹痛や倦怠感などの体調不良がおきてしまいます。現在、ギルドマスターたちが水門に強力な浄化魔法をかける準備をしています」
「つまり、原因は水門の先ってことか」
「はい。水源にはすでに多くの冒険者が行っているようですがまだ目立った報告は上がっていません」
「なるほどな……」
ちらりと視線を向けてきたアイゼンにプラティナは小さく頷く。
水門から水源の間のどこかに原因があるとみて間違いないだろう。
「一つだけ情報だ。おそらく汚染はすでに街を越えて広がっている。先日、城門を抜ける際に兵士たちが腹痛で苦しんでいた」
ギルドの受付がざわめく。どうやらこの情報は知らなかったようだ。
慌てた様子でアイゼンに「もっとくわしく」と詰め寄っていた。
アイゼンは慣れた様子で日付とその対処を説明していた。そして事前に打ち合わせておいたとおり、プラティナが城門の兵士たちに作って渡した薬を差し出した。
「街の住人にも効果があるかわからないが、兵士たちはこれで回復したようだ。確認してくれ」
職員たちはそれを嬉々と受け取り、さっそく城門に使者を出すと約束してくれた。
情報料は事実を確認したうえで確定すると説明される。薬についても効果があれば買い取りたいと言われプラティナは少しだけ戸惑う。
目的はお金ではなく、早くこの問題を解決することなのに。
そんなプラティナの動揺を感じ取ったのか、アイゼンが声を潜めて耳打ちしてきた。
「受け取らないとごねれば妙な疑いを持たれかねない。素直にここはもらっておくぞ」
まったくもってそのとおりの意見なので逆らう理由はない。
そもそも薬師として矢面に立ってくれているのはアイゼンだ。プラティナは薬を作っているだけなので、彼がいいというのならば気にすることもないのだろう。
「わかりました。あの、私、相場とかわからなくて。交渉はお任せしてしまっても大丈夫ですか」
「むしろ任せてもらった方がありがたいな。路銀はいくらあっても困らないからな」
そういうものなのか、とプラティナは素直に頷いておいた。
受付で手続きをしながら、いろいろな説明を受ける。これから向かう渓谷は水源もあることから禁猟区になっているらしく、襲われたり人に危害を加えるような悪質な魔獣以外は攻撃してはいけないらしい。採取も最低限にするようにと注意をされ、地図を受け取る。
街から歩いて数刻ほどかかると言われて少し不安だったが、昨日買った靴はとても歩きやすくて歩くことが苦にならない。
神殿で祈りばかり捧げていた頃はとても疲れやすかったが、ここ数日しっかりと食事を取っていたこともあり不思議と身体が軽い。
油断したら自分が余命僅かなことを忘れてしまいそうだった。
街を出て、地図通りに川沿いの道を辿りながらまっすぐに水源である渓谷を目指す。
「疲れてはいないか?」
アイゼンはまめに体調を確認してくれた。
旅慣れていないプラティナが無理をしないかどうか心配しているらしい。その優しさに自然と頬が緩む。
「これは巡礼旅の練習だと思えばいい。これからこの倍は歩く日もあるだろうからな。少しでも身体に負担を感じたら休んで栄養を取る。旅はその繰り返しだ。無理をすればあとでしっぺ返しが来る」
おそらく経験に基づいた話なのだろう。
ためになるなぁと思いながらプラティナは素直に頷き指示に従った。
横を流れる川は見た目は美しく、見た目に呪われたり汚染されたりしているようには見えない。草が枯れていることもないし、動物たちも喉を潤している。
(呪いの対象が人間だけ、ということかしら)
どんな呪いも効果や条件を狭めれば狭めるほどに強さが増す。もしプラティナの予想通り水の汚染が呪いならば、人間だけを苦しめるような呪法なのかもしれない。
休みながら進みつづければ開けた街道から林道へと周囲の景色が変化していた。だんだんと険しくなる道なりに渓谷が近いことを感じていると、アイゼンが突然足を止めた。
どうしたことかとその視線の先を追えば、道向こうから大柄な男たちが集団で歩いてくるのが見えた。





