13話 水源の調査①
連載再開します。2章の終わりまで毎日更新です。
結局、ベラの店では食料だけを買って二人は宿屋に戻った。
宿屋の主人に話を聞けば水質汚染の話は本当らしい。
幸いなことに、この宿の井戸は以前から強力な浄化魔法をかけてあるので安全なのだそうだ。
水の販売価格は日に日に高騰しているらしく、ある程度のお金がある人たちは飲み物を確保できるが、お金がない人たちは具合が悪くなる覚悟で水を飲んでいるのだとか。
食堂でテーブルを囲みながら夕食が運ばれてくるのを待つ二人の空気は重い。
コップに注がれた水を見つめるプラティナの顔は真っ青だった。
「アイゼン様。城門の兵士たちが体調を悪くしたのって」
「ああ。おそらくこの水質異常の影響があの城門辺りまで及んだんだろう」
「それって凄い大変なことなんじゃ」
「ああ。水の汚染は飲料水だけではなく農産物の育成にも関わる。ことが城門まで及んだとなれば、王都にまで影響が及ぶのは時間の問題だろう」
想像するだけで怖くなる話だ。
よい思い出があるわけではないが、危険が及んでいると知って無視できるほどの恨みもない。
「今すぐ城門にいって知らせた方がよいのでは」
「駄目だ」
間髪入れず言い切られてしまう。
プラティナは信じられない気持ちでアイゼンを見た。
「どうして。困っている人がいるのに!」
「城門に戻って騒ぎを起こせば巡礼の旅どころじゃなくなるかもしれないからだ。彼らは君が作った薬の効果を知っているからな。薬のことが知られて、依頼されたらどうする?」
「それは……」
「君の願いは残された日々を自由に過ごすことじゃなかったのか」
「……」
追求され、プラティナは顔を伏せる。
彼の言うとおり、もうあまり時間はない。最初に告げられた余命は長くても数ヶ月という診断だった。体調はそう悪くはないが、明日にでも急な発作で死んでしまう可能性だってまだあるのだ。死への恐怖がひたひたと心を満たす。
それでも、とプラティナは顔を上げた。
「でも、私はこの国の王女でもあります。国民が困っているのに、無視はできません」
「……本気か」
「本気です」
まっすぐにアイゼンを見れば、彼はまるでプラティナがそう答えるのをわかっていたように頭をガシガシと掻きながら長いため息を吐き出した。
「そう言うと思ったが……まったく……君がそうしたいというのならば付き合うさ」
「ありがとうございます!」
「ただし、何か行動を起こすときは俺にまず相談してくれ」
「どうしてですか?」
「……君が無自覚に力を使うととんでもないことになりそうだからだ」
「?」
「わかってないならいい。とにかく、今は食事だ」
「はい!」
憂鬱な気持ちが吹き飛べば、忘れていた空腹感でお腹がきゅうと鳴く。
買い物に忙しかったので昼食はおやつを兼ねて露店でパンを一つ食べたきりだったのだ。
以前はそんなパン一つで一日を過ごしたこともあったが、歩き回ったせいかとてもお腹がすいている。
「おまたせしました!」
絶妙なタイミングで食事が運ばれてきた。真っ白なお皿に盛られているのは色とりどりの豆とお肉が煮込まれた料理だ。なんて綺麗な食事だろうとプラティナは目を輝かせてスプーンを手に持つ。
「おちつけ。食事は逃げない」
「はい! でもこんなに綺麗なのに食べられるなんて凄いですね! 珍しいお豆なんですか?」
ぴたり、と食堂全体の空気が止まった気がした。
何か変なことを言ったかと見回せば、どうしたことか食堂の主人がカウンターに突っ伏している。
「……別に珍しいものじゃない。とにかく食え」
アイゼンに促されさっそくそれを口に運ぶ。硬く思えた豆だったが口に含めばほくほくと柔らかく舌を喜ばせた。お肉もほろりと崩れる絶妙な味わいで、いくらでも食べられる気がした。
「私、とっても幸せです。お腹いっぱいご飯が食べられるなんて」
「……そうだな」
自由な世界どころかこんなに美味しいものが食べられるなんて、巡礼の旅に出てよかったとプラティナはもぐもぐと食事を続けたのだった。
食後にデザートまでサービスで頂いてしまい流石に食べ過ぎてしまった。疲れが出たのか瞼が重かったが、今後について話をしようと声をかけられ、プラティナは素直に従いアイゼンの部屋に招かれていた。
アイゼンが部屋に一つだけある椅子に座ってしまったので、悪いと思いながらも寝台の端にちょこんと腰掛ける。
「今後のことだが」
「はい」
「君はどうしたい? 城門に戻って兵士たちに事情を伝えたところで根本的な解決にはならない。先ほどもいったが最悪の場合、薬を作るために拘束される可能性がある」
「薬を作ることは構わないんですが、それよりも行きたいところがあって」
「行きたいところ?」
ベラや宿屋の主人から話を聞いたとき、プラティナはある一つのことを思いついていた。
神殿で施術をしていた頃、ある貴族の屋敷で屋敷中の人たちが身体を壊すという異常が起きたので祈祷をしてほしいと連れ出されたことがあったのだ。
調べてみれば屋敷の井戸に呪いがかけられており、その水のせいで全員が苦しんでいた。
井戸にかけられた呪いを解いたところ、全ての異常が解決したのだ。
「とても似てるな、と思って」
「君はこれが呪いだとでも言いたいのか?」
「可能性はあると思います。この宿の井戸にかけられた浄化魔法は汚れや毒の分解以外にも呪いを防ぐ効果があるものでしたし」
驚愕の顔をしたアイゼンだったが、プラティナの意見にも一理あると思ったのだろう。何かを考え込みながら小さく頷く。
「なるほど……それならその呪いを解いてしまえば薬は不要と言うことか……だが、どうやって呪いを探す?」
「それはなんとかなるとおもうんですが……」
「が?」
話しながらプラティナは瞼が重たくなっていくのを感じ、うまく喋れなくなる。
お腹がいっぱいで身体がフワフワしているし、疲れた身体が急速に睡眠を求めていた。
「ごめんなさい、もう眠くて……」
「おい、ここで寝るな!」
慌てたアイゼンの声が聞こえたが、プラティナは睡魔に逆らえずそのままアイゼンの寝台にこてんと身体を倒してしまう。柔らかくて清潔なシーツに意識が完全敗北するのを感じながら、そのまま瞼を閉じる。
「勘弁してくれ」
呻くようなその声にやはり返事はできなかった。
翌朝。目が覚めたプラティナはちゃんと自分の部屋で眠っていた。どうやらアイゼンが運んできてくれたらしい。
迷惑をかけたことを申し訳なく思いながら彼の部屋を訪ねれば、何故かアイゼンは疲れ切った顔で出てきて「次から話をするときは食事の前だ」と念を押してきた。
満腹になったら寝てしまう女の子だと思われたことは恥ずかしかったが、確かに食事の前に話をするのはいい考えだと素直に頷く。
それから昨日買った服を受け取り、着替えを済ます。選んだのはアイゼンが手に取った水色のものだ。
ぱっと見はワンピースのようだが、上と下が旅向き仕立てになっていることもあり、軽くてとても着心地がいい。もうずっと祭服しか着ていなかったので普通の服は新鮮だ。
くるりと回ればスカートがふわりと広がり、気持ちまで華やぐ。
下ろしっぱなしだった髪は邪魔にならないように軽く結び、気持ちを整えた。これならどう見てもただの旅人だ。
これから本格的な旅がはじまるのだという予感に、気持ちが高揚する。
支度を済ませ部屋を出れば廊下でアイゼンが待っていてくれた。
プラティナの姿をじっと見ていた彼だったが、とくに感想はないらしい。
「どこに行くんだ?」
「まずはこの街に水を引き込んでいる水源に行きましょう。辿れば何かわかるかも知れません。呪いには核があるので、それが見つかれば破壊するだけです」
「破壊するだけ、なぁ」
「大丈夫です、けっこう簡単なんですよ」
心配そうなアイゼンに声をかければ、疑わしげな視線を向けられてしまった。どうやらあまり信用はされていないらしい。死にかけの元聖女が何を言っているのだと思われているのだろうが、一応は十年間の経験があるのだ。
この呪いを解決したいと思ったのは、人々が心配なのもあったがアイゼンに少しは信頼してほしいという思いもあった。
彼の呪いを解いたことで多少は信じてもらっているだろうが、守られているばかりではないのだと証明したい。
宿屋の主人に水源を聞いたところ、街外れに近くの谷から水を引き込んでいる場所があると教えてもらった。
「あんたたちもギルドで依頼を受けたのか?」
「依頼?」
宿屋の主人の質問にアイゼンが問いかけ返す。
主人は訳知り顔で頷きながら、水質汚染の調査依頼がギルドから出ていると教えてくれた。
「解決すればかなりの大金が出るらしい。あんたたちも調査するなら先にギルドで話を聞いてみたらどうだ」
「……そうだな」
アイゼンは頷くと水門の前にギルドに行こうと提案してきた。
お金も大事だが、ギルドに依頼が上がっている内容を勝手に解決して騒ぎになるのは避けたいらしい。
「冒険者は縄張り意識が強いからな。無関係なのにしゃしゃり出れば、余計ないざこざが起きる」
「じゃあ冒険者登録を?」
「ああ。どうせいつかはしようと思っていたしいい機会だ」
そうして、二人はギルドに向かうことになった。





