12話 水源の異常
魔法収納袋に服などを詰め込んだ帰り道。プラティナはアイゼンとの距離をどこまで詰めていいのか測りかねて、結局三歩後ろを下がるという手段を選んだ。
チラリと見上げた背中は大きくて頼もしい。彼が旅の従者でいてくれることは嬉しいが、先ほどのような勘違いが都度起こったのでは身が持たない。
(どうすればもっと薬師と弟子らしく見えるかしら?)
腕を組んで、プラティナはうーんと小首を傾げた。
神殿では上級中級下級と神官の位が分かれており、明確な上下関係があった。服装も違うため、仕組みを知らない人から見ても立場の違いがあるのが一目瞭然。
アイゼンとプラティナの間にもそういった目に見えてわかる階級章のようなものがあればいいのではないだろうか。
(何か弟子と主らしい見た目でわかるもの……)
ぼんやりとそう思いながら周囲に視線を巡らせてみると、周りの人たちは様々な格好をしていることがわかった。老若男女、様々な形をした色とりどりの服を着ている。
神殿ではみんな決められた衣装を着ていたし、王城に仕える人たちも制服があった。
誰もが自由な服を着ているという光景に、今更だが本当に外の世界に出たのだなとプラティナは目の前が開けた気がする。
歩く人々の関係性も様々なように見えた。性別や年齢の組み合わせも多種多様で、一見しただけではどんな仲なのかはよくわからない。
「どうした?」
「いえ……その、皆さん楽しそうだなと」
「は?」
プラティナの視線を追ったアイゼンが不可解そうな顔をする。
「私がいた場所は階級や上下がはっきりしていました。あんな風に性別や年齢、種族を問わない姿というのはとても珍しいんです」
「なるほどな。それで熱心に人混みを見ていたのか」
「はい。あと、私とアイゼン様の関係がはっきりわかる何かがあればいいかと思ったんですが、なかなか参考になるようなものはないですよね。いっそ、私が首輪でもつけましょうか」
神殿で飼われていた動物にはみな首輪がつけられていた。いっそ自分にも首輪があれば、アイゼンの所有物扱いしてもらえるかもしれないと考え口にすれば、ごふっとアイゼンが思い切りむせた。
驚いて顔を上げれば、アイゼンはまた顔を手のひらで覆っている。
もしかして怒らせたのかと青ざめていれば、はーっと長いため息が聞こえてきた。
「君。そういうことは二度と言わないよう」
「そういうこと……?」
「首輪をつけるとかそういうことだ。妙な輩に聞かれたら変な勘違いをされる」
「駄目なんです?」
「駄目だ」
「そうですか……」
せっかくいい案だと思ったのに。なかなかうまくいかないものだとプラティナがうなだれれば、アイゼンが疲れたように肩を落とす。
「俺たちの関係は聞かれたときだけ答えればいい。男女が一緒に歩いていると言うだけで勘違いするやつはどこにでもいるんだ。いちいち気にしていたら持たないぞ」
「でも、アイゼン様に失礼かなって……」
「俺に?」
「私のようなみすぼらしい小娘と夫婦だなんて思われたくないでしょう?」
「……」
黙り込んだアイゼンの表情は完全な無だった。どうやらよっぽど嫌なのだろうと判断し、やはり早々にどうにかする必要があるなとプラティナは密かに決意を新たにしていた。
「次はどこの店に行くんです?」
「食料と調味料だな。野宿をする機会もあるだろうから、道具も揃えておきたい」
「お金、足りますか?」
「まだ少し余裕はあるから心配するな。いざとなれば、ギルドで何かしら依頼を受けて稼ぐだけだ」
「ギルド」
驚きにアイゼンが口にした単語を反芻すれば、彼は足を止めて胡乱な目線を向けてきた。
「まさか君、ギルドのことを知らないのか」
「流石に知ってます。でも王都にあるギルドしかしらなかったので、この街にもあるとは思わなくて」
ギルドとは特定の国に属さない特殊技能を持った人たちが作った組織だ。冒険者と呼ばれる腕前に自信がある人たちへの様々な依頼を斡旋している。
プラティナが神殿で作った薬の一部はギルドにも納められていたため、多少の情報は耳にしたことがあった。
確か、神殿に入れられたばかりの頃に、ギルドに属する冒険者が死にかけたからと聖女の力で治癒をしたこともあった。
「この規模の街ならばだいたいギルドは存在している。あそこは情報交換拠点も兼ねているからな」
「なるほど。もしかしてアイゼン様も冒険者だったんですか?」
「一応な。騎士として登録していた」
「そうだったんですか」
「近衛騎士になった時点で情報は抹消されているだろうがな。特定の国に属した人間はギルドでは働けない」
その言葉にプラティナはしゅんと眉を下げる。
「本当にその件ではお詫びの言葉もありません」
メディが無理矢理にアイゼンを近衛騎士になどしなかったら、彼は今でも自由に冒険者稼業をしていたのだろう。
「前にも言ったが君が謝る必要はない。あの剣術大会に参加したのは俺の意思だ。見抜けなかった俺にも油断があっただけだ。気にするな」
気にするなと言われても気になる。呪いを解いたことで多少は償いになっただろうかと思っているが、結局今はプラティナの都合に付き合ってもらっている状態だ。
とにかく早く旅に慣れなければ。うっかりすれば余計なことを考えてしまいそうになるのをなんとか振り払いながらプラティナは前を向く。
それからしばらくアイゼンと並んで歩き、ついたのは街外れにある小さな店だった。周囲は閑散としており、本当にここで食料が買えるのかと不安になる。
「アイゼン様、本当にここなんですか?」
「ああ。宿屋の主人に聞いたんだが……おい、誰かいるか!」
閉まったままの扉をアイゼンが叩けば、店の奥から「開いてるよ!」と乱暴な声が聞こえた。
顔を見合わせてから、そっと扉を開ければ店の中は外観からは想像できないほどに整然としていた。棚には瓶や袋に詰まった様々なものが並んでいる。
明るく清潔な店内を見回しながら入店すれば、店の奥から再び声が聞こえた。
「いらっしゃい。よくこの店がわかったね」
店の奥にある椅子に髪の長い女性が座っていた。手には何やら大きな本を持っている。勝ち気そうな瞳がアイゼンとプラティナを順番に見つめてから人好きのする笑みを浮かべる。
どうやら彼女がこの店の店主らしい。
「泊まってる宿屋の主人に聞いた。旅に出るので食料を買いたい。できれば調味料と道具もだ」
「まいどあり。食材はどれくらい必要だい?」
「二人分で10日間といったところだ。なるべく柔らかく味がいいものを頼む」
「贅沢なお客さんだね」
豪快に笑いながら立ち上がった女性はアイゼンと変わらぬほどに長身で、プラティナは思わず目を丸くする。こんなに背の高い女性ははじめてだった。
「おや、可愛いお嬢さんだね」
「こ、こんにちは! 私はプラティナと申します。く、薬師の助手です!」
深々と頭を下げれば、今度は女性が目を丸くした。それから声を上げて朗らかに笑った。
「ずいぶんと礼儀正しいね。アタシはベラだ。この店では旅に向いた保存食を扱ってるのさ」
「保存食ですか」
「ああ。この街は城門に近いこともあって旅人が多くてね。生の食材は持ち歩くのは重いし、傷んでしまうだろう? だから魔法で乾燥させたり形状を固定させた食料が必要なのさ」
「へぇ」
ここに置いてあるものがそうなのかとプラティナが目を輝かせば、ベラは優しく微笑んだ。
「お嬢さんは保存食を見るのがはじめてかい?」
「はい。魔法で固定させてあるんですね」
「そうだよ。基本的には包みから出せば食べられるようになる。水を入れて煮込めばスープになるタイプもあるんだよ」
手慣れた様子でベラが棚からいくつかの商品を取り出し並べてくれた。
アイゼンはそれを一つ一つ吟味しながら、数を伝えていく。
それをじっと眺めながら、プラティナはそれぞれどんな味がするのだろうと勝手にワクワクしていた。
「こんなところだろうね。ああ、そうだ水もいるだろう。何本ほど必要だい」
「水?」
ベラの言葉にアイゼンが眉を寄せる。
「この街では水を買わせるのか?」
その声にベラもまた表情を険しくさせた。
急に場の空気が悪くなったことに、プラティナは困惑しながら二人を見比べる。
「……あんたたち、どっから来たんだい」
「王都の方からだ。二日前に城門を抜けてこの街に来た」
「ああ、だからか」
はぁと疲れたようにベラがため息を零す。
「だったらなおのこと水を買っていきな。この先しばらく必要になるよ」
「どういうことだ」
「王都の人たちは知らないだろうが、数週間前から街向こうから流れてくる水質が悪化してるんだよ。井戸で水を汲んでも浄化魔法をかけないと病気になっちまうほどにね」
「病気って、どんな?」
「腹を下してまともに動けなくなるのさ」
どこかで聞いたことがあるような症状にプラティナはアイゼンを見た。
彼もまた城門での兵士たちを思い出したのか真剣な顔でベラの話を聞いている。
「最初は街外れだけだったんだが、ここ最近じゃ街全体の水がそうだ。だから街のみんなは高い金をはらって井戸に浄化魔法をかけてもらうか、こうやって水を買ってるんだよ」
そういってベラが取り出したのは1本の瓶だった。瓶自体にびっしりと魔法文字が刻まれている。
「それは?」
「収納袋の瓶版だ。見た目は小さいが、大瓶一つ分の水が入ってる」
「そう。これ1本でそこにある食料が全部買える金額だよ」
「!」
「このままじゃそのうち王都まで影響が行くんじゃないかね。街のお偉いさんやギルドの連中がやっきになって調査してるが原因は不明だそうだ」
困ったもんだよと肩をすくめるベラに、プラティナとアイゼンは顔を見合わせたのだった。





