兄の威厳を取り戻そう⑦
「いらっしゃいませ~」
「はぅっ!?」
コンビニへ一歩足を踏み入れた途端、俺は途轍もない衝撃に襲われた。
レジの中でこちらに向かってマスク越しに微笑む女性……恐らくは女子大生ぐらいの年齢のアルバイトであろう。
黒髪をポニーテール風にまとめて快活そうな印象を醸し出している彼女はマスク越しでも中々可愛らしい顔立ちをしていると分かる。
更に運動か何かをしているのかスラリと引き締まった良い身体付きをしており、それはいわゆるグラビア体型とでも称するべき……ああもうそんな細かいデータなんかどうでもいいっ!!
(デカいっ!! とにかく胸がデケェっ!! それだけで彼女の魅力を伝えるには十分だっ!! 説明不要っ!! ああ、こんな女神のような女性がすぐ傍にいたなんてっ!!)
制服のジッパーが左右に引き伸ばされて苦しそうにしているのが傍目からでもはっきりわかる。
おまけに胸ポケットに刺しこまれている名札もまた圧倒的な質量に下から持ち上げられた結果、何かを懺悔するかのように天を仰いでいるではないか。
まさしく巨乳というべき存在がそこにはあった。
(ゆ、夢じゃないのか……ま、まさか本当に現実でこんなサイズの巨乳様と出会えるなんて……い、生きてて良かったぁあああっ!! ひゃっほぉおおおっ!! ありがたやありがたやっ!!)
余りの感激に涙すら零しながらその場に正座して両手を合わせてしまう。
「あ、あの……お、お客様大丈夫ですか……?」
「ありがたやありがた……はっ!?」
衝撃が強すぎて理性が飛んでいた。
そして何とか正気に戻った時にはもう何もかもが手遅れだった。
我が女神さまは一応こちらを気遣う声を掛けてくれているが、先ほどまで笑みが浮かんでいたその顔は思いっきり引き攣っている。
まあ店内に入ってきたお客がいきなり床に跪いてレジの方を拝みだしたら誰だって怯える……多分俺でもドン引きする。
(でもまあやっちまったもんは仕方ない、割り切って行こう)
とりあえず立ち上がり軽くズボンを叩いて汚れを落としてから、にっこりとこちらもマスク越しにスマイルを向けてみる。
「すみません、驚かせてしまって……まさかこんなに美しく魅力的で素敵な女性がいらっしゃるとは思わなかったもので動揺してしまいました」
「え……あ……は、はぁ……どうも……」
その上で友好的に話しかけて見たが、女神様は緊張が解けるどころか困ったような顔をして……少しレジの奥へ後ずさりしてしまう。
(うぅん、ヤバい……ヤバすぎる……これ下手したら通報されるのでは……?)
ちょっとだけ危機感を覚えた俺は、さりげなく店内を見回して見るが丁度他に人影はなかった。
これならばとりあえず善意の第三者が通報したり、俺を摘まみだしたりする心配はなさそうだ。
ほっとする俺に対して、同じく店内を見回していた女神さまは逆に不安そうな様子すら見せ始める。
向こうからすれば助けが入らない状況なのだから必要以上に怯えているのかもしれない。
「あー、いや本当に驚かせてしまい誠に申し訳ございません、怪しい者じゃないんですよ……私実は面接の予定でやってきた者なのですが何か話を聞いておりませんか?」
「え……えぇっ!? あ、貴方がっ!?」
「はい……不動政信と申します……履歴書も用意してあってですね……」
少しでも落ち着いてもらおうと謝罪しつつ自己紹介をしてみる。
「あ……そ、そうですか……え、えと……ひょっとして緊張していらっしゃったんですか?」
すると何をどう解釈したのか恐る恐るそう尋ねて来る彼女。
尤も思いっきり的外れなのだけれど、ここで違いますと答えたら余計に混乱させてしまいそうだから適当に乗っておくことにした。
「え、ええまあ……そんなところです……」
「……はぁぁ……よ、よかったぁ……てっきり変な人なのかと……もぉ驚かせないでくださいよぉ~」
「あはは……済みませんでした……まさか貴方の様な魅力的な女性がレジにいるとは思わなかったもので余計に動揺してしまいましてね……この通り女性とは縁のない見た目ですので尚更緊張して取り乱してしまった次第でして……」
「あらあら、そんなことないと思いますけど……ちなみに私は只野広子といいます、今後ともよろしくお願いしますね」
更に自身の容姿をネタにすることで、取り乱したことに説得力を持たせてみる。
果たして女神様は言葉の上ではやんわりと否定しつつも、最もだと思ってくれたのか安堵した様子で微笑み直すとぺこりと頭を下げてきた。
「ええ、是非ともよろしくお付き合いしていきたい所存ですが……まあここのバイトに受かればの話ですけれど……」
「ふふ、それは絶対に大丈夫ですよ……うちは身内で回さないといけないぐらい慢性的に従業員不足ですから……本当に来てくれて助かりましたよぉ~……これで私も少しは休みが……はぁ……」
「何か大変そうですねぇ……やっぱり受けるの止めとこうかなぁ?」
「あぁっ!? ちょ、ちょっと駄目ですよ逃げちゃっ!? だ、大丈夫ですっ!! うちはアットフォームな職場ですからぁっ!! 怖くないっ!! 怖くないですよぉっ!!」
(そのアットフォームって言葉……前に働いてたブラック企業と同じ謳い文句なんですが……)
何やら深刻そうに呟いた女神様は、冗談で逃げ出すふりをした俺を必死に引き留めようとしてくる。
どうやら一アルバイトであるはずの彼女もこの店の従業員不足には苦労させられているようだ。
「冗談ですよ冗談……只野さんの様な綺麗な女性と一緒に働けるのなら多少の重労働ぐらい平気ですよ」
「そ、そうですか……はぁ、良かったぁ……あっ!? 先に履歴書預かっておきますねっ!!」
軽くウインクしつつ指を鳴らしてわざとらしく気取った言い方をしてみるが、彼女は先ほどまでの警戒心はどこへやら俺の言葉が冗談だったことにだけ反応して安堵した様子で息を漏らした。
その上で絶対に逃がさないとばかりに俺の履歴書を確保しようと身体ごと乗り出しながら手を差し出してくる。
(うぅん、流石にちょっとヤバみを感じる……でもまあ嫌ならその時点で通うの止めれば済むことだし気にしない気にしな~い♪)
「わかりました、じゃあこれを……」
「はい、受け取りま……い、医薬用外劇物ぅっ!? と、取扱注意って……どんな履歴書なんですかぁっ!?」
「おおっとぉっ!?」
ろくに確認しないで取り出したものだから、間違えて妹のパンツ入りの方を渡してしまったようだ。
「あー、ごめんなさいそれ間違いです……こっちが履歴書入りの封筒ですから交換しましょう……」
「はっ!? えっ!? えぇええっ!? じゃ、じゃあこれは何なんですかぁっ!?」
「知らない方が良いと思いますよ……というか知られたら俺は冗談抜きに肉体的&精神的&社会的に死ぬので追求するのは勘弁してください、マジでお願いします」
もしも中身を見られたら人生が終わってしまう。
そう思うとちょっとスリルが心地いい。
「そ、そうなんですかっ!? なんか逆に気になるというか……や、やっぱり貴方……不動さんって変な人なんじゃ……」
「まあ変人であることは否定しませんけど、(不)真面目で(どうでも)良い子ですよ?」
「じ、自分で言いますかそれ……ますます妖しく思えて来るんですけど……?」
「そうですかぁ……じゃあそんな俺がここで働いたら只野さんに迷惑を掛けそうですしやっぱり帰……」
「でも私の目には誠実そのものの立派な人間に見えますねっ!! 誰にだって隠したい謎の一つや二つはある物ですからねっ!!」
物凄く俺を訝し気に見ておきながら、帰る素振りを見せただけで即座に意見を変えて封筒を返してくれる女神様……女神?
(変わり身はえぇ……どんだけ俺という労働力を逃がしたくないんだよ……流石に怖ぇよ……助けて妙央ちゃ……いやあいつに比べれば全然怖くないな……)
尤も俺の方も脳裏に妹を思い浮かべただけで、あいつにボコられる環境よりはマシだと思えて落ち着いてしまう。
結果的に俺も只野さんも自然と笑顔になり、ニコニコとお互いに微笑み合うのだった。
「ふふふ、では確かに受け取りましたぁっ!!」
「あはは、じゃあ確かに渡しましたよぉっ!!」
「今後ともよろしくお願いしますねっ!!」
「ええっ!! よろしくご指導お願いしますっ!!」
「「あはははははははっ!!」」
「……ちなみに一つだけ言っておきますけど、私彼氏いますからね?」
「でしょうねぇ、只野さんは真面目に可愛いですからいないほうが変ですよ……ちなみに俺は彼氏いませんからね?」
「か、彼氏って……居たらむしろビックリですよぉ……」