兄の威厳を取り戻そう⑥
「よしよし、思った通りだ」
面接予定のコンビニはしっかりと無料Wi-Fiの回線を用意してくれていた。
おかげで敷地内の駐車場に入ったところで携帯はネットに繋がるようになった。
(ラッキィ、流石に店内でスマホ弄ってたら面接の評価に響きそうだったからなぁ……よし今のうちに出品して……んっ?)
早速妹のパンツをフリマサイトへ出品しようとしたが、その前にメッセージが届いたとの通知が複数画面に浮かび上がってきた。
恐らくは今までネットに繋がらない状態だったために保留状態になっていたものだろう。
(誰だよ、家族以外には電話帳に一人しか登録されていないぼっちな俺に連絡取ろうとする奴は……?)
尤もかつて携帯代金を支払えていた頃の俺は人気者だった。
それこそブラック企業に勤めていた頃は、上司達から昼夜を問わず平日も休日もひっきりなしに電話がかかってきた物だ。
しかし会社が潰れてからというもの滅多に掛かってこなくなってしまった。
(あれは寂しかったなぁ……だからついこっちから沢山電話してあげたのに何故か着信拒否されちゃったんだよなぁ……不思議不思議)
それからは俺の携帯電話が鳴ることは無くなったので、料金未納で止められても屁とも思わなかったのだが……。
「たく、用があるなら自宅電話に掛けてくれらえばいいのに……一体いつの……げげぇっ!?」
ずっと放置していた可能性もあるので、流石にフリマサイトの起動よりメッセージの方を優先したのだが……送り主の名前を見てビビってしまう。
『ミォミォちゃん』
(こ、これって確か……妙央のメッセンジャーアプリの登録名だったはずっ!! あ、あいつのメッセージを放置してただなんてっ!? な、内容次第じゃ……DESSされるっ!?)
反射的に俺の頭の中に死という文字が何故か英単語で(間違ってるような気もするけれど)浮かび上がってくる。
どうやら自分の置かれている状況は想像以上にヤバいようだ。
携帯も面接も放り出して逃げ出したくなるが、貯金も尽きつつある今そんな真似しても野垂れ死ぬのが落ちだ。
それならいっその事、妹と正面からやり合って派手に散ったほうが良さそうだ。
そう判断した俺は、恐る恐るメッセージを開いてみることにした。
『どうせ携帯止められてるだろうから予め送っとく』
『このメッセージ呼んでるってことはちゃんと面接行ったんだな』
『忘れ物ないか? 履歴書は持ってきたか?』
『しっかりやれよ、応援してるからな』
『終わったら手応えがどうだったかメッセージで報告しろよ?』
『もしも上手く決まりそうなら特別にご馳走を用意してやるよ』
『だから頑張れよ、ふざけないで真面目にやればバイトぐらいきっと受かるから』
『シフトとか聞かれたらいつでも入れるって言えよ? 私に気を使うなよ?』
『もうあたしは子供じゃない、一人で留守番したって平気だからな』
『後、面接官の目はしっかり見て話せよ? 最後に何か聞かれるかもしれないから意欲を見せるためにも質問内容を考え……』
(……なげぇし多いぜ……俺は赤ちゃんかなぁ……ばぶばぶぅ)
怒涛のメッセージの数々はどうやら今日学校に行く途中か或いは休み時間にでも送ってきたもののようだ。
まるで駄目な子供を心配する親のような口うるさいメッセージばかりが十何通も届いているが、こんなの全部読む気にはなれず途中で画面から目を離してしまう。
(何なんだよあいつ……どんだけ俺を働かせたいんだ……幾ら何でもおかしくね?)
幾らニート生活している俺をウザく感じていたとしても、ここまでする理由になるとは思えない。
(ひょっとして何か裏でもあるんじゃ……昼間からずっと家にいる俺が邪魔だとか……ま、まさかあいつ彼氏が出来てて破廉恥な真似をするために家へ連れ込もうとか目論んでるのでわっ!?)
そう考えると俺を追い出そうとするのも納得がいく。
別に俺としては妹がどんな男と付き合い、どこまでの関係を築こうとしてもそれが本人の意志ならば否定するつもりは全くない。
ただ俺のことだ……その場のノリで余計なことをしてしまいそうだ。
(うぅん、我ながら難儀な性格してるぜ……だけど妹が明るい男女交際なんかしてたらAV大音量で流して挑発してしまいそうだ……うん、本当に駄目な兄貴だなぁ……追い出されるのもわかるぜ)
自分の事だというのに追い出そうとする妹の気持ちがわかり、逆に応援したくなってしまう。
尤もこれは全て俺の勝手な想像……というか妄想でしかないのだが、とにかく少しだけ真面目に頑張ろうかという気持ちになってくる。
(まあそれはともかくとして……これ全部に返信しなくても良いよな?)
余りにも数が多すぎて一つ一つ返信していたら面接の時間すら過ぎてしまいそうだ。
だからとりあえず面接が終わった後で手ごたえを伝える為の一通に全てを込めることにして、一旦このメッセージの山は忘れることにした。
(さてと、当初の目的通りフリマサイトにあいつの下着を出してそれから面接に……あっ!?)
そして改めて一番有名なフリマサイトアプリを起動しようとしたが、そこでとあることに気づき慌ててアプリを終了させた。
(だ、駄目だ……良く考えたら妹は俺のアカウントをフォローしてる……出品したら一発でバレるじゃねぇかっ!?)
俺が出品したら当たり前だがフォローしている人間にはその通知が即座に飛んでいく。
当然妹のところにも通知が度説くだろうし、もしそれを辿って俺の頁を見ようものなら……血の雨が降るっ!!
(仕方ねぇ……すっごくマイナーで他人は全然いないけど、こっちのフリマアプリの方で出しておこう……)
一般には殆ど知られていないドマイナーなフリマアプリの方で妹のパンツを出品する俺。
尤もこっちでも妹は……というか全てのフリマアプリであいつは俺のアカウントを登録している。
少しでも売れやすくするためにいいねを押したり交渉する振りをしてメッセージを送って貰ったり……要するにサクラ要因として協力してもらっていた時期があったからだ。
だから普通ならばどのフリマサイトに出品してもバレるのを回避するのは不可能なのだが、今回選んだ奴だけは裏技染みた方法が存在するのだ。
(このフリマアプリだけはブロックされると相手の商品を全く見れなくなるんだよなぁ……だから妹のアカウントをブロックしてやれば通知もいかないしバレようもなくなるってわけだっ!!)
代わりにマイナー過ぎて人口が少なく、売れる可能性が殆どないという欠点もあるが……妹にバレることに比べれば些細な問題だ。
というかむしろ妹のパンツを持っていることがバレたくなくて処分しようとしているのだから、こうしなければ本末転倒というものだ。
(これでよし……後は売れるかどうか……まあ絶対売れないだろうけどダメ元ダメ元ぉ~……さて、そろそろ時間だな)
ようやく出品を終えた俺はちょうど約束した面接の時間が迫っていることもあり、一旦携帯の電源を落としてからコンビニの店内へ入っていくのだった。