兄と下剋上④
「うぅん……じゃあ仮にお兄ちゃんの言ってるのが事実だとして、とりあえず従業員が戻るまではやっぱり穴埋めするためにも働かなきゃ……」
「そ、そんなぁ……あ、あんな重労働やらされたらオラ三日と持たねぇってばぁっ!!」
幾多にも渡る俺の必死な説明が通じたのか、ようやく再び俺を信じる気持ちになった妹だがその発言は残酷極まりない物だった。
「よく言うよ、あれだけ毎日騒がしく暴れる体力があるくせに……三日ぐらい我慢できないの?」
「む、無茶言うなよぉっ!! それにあの調子だとしばらく新しい従業員なんかこないだろうから三日じゃ済まねぇってぇのっ!!」
「それなら根気よく付き合ってあげるか、お兄ちゃんがお友達なりに声を掛けて従業員を増やすしかないんじゃないのぉ?」
「うぐっ!?」
更に妹が続けた言葉にぐさりと胸を付かれる俺。
確かにこいつの台詞はある意味で正論なのだが、お友達など一人もいない俺には当てつけにしか聞こえなかった。
実際に妹も分かっているのか、後半を口にする際はどこか厭らしい口調で俺をあざ笑っているような態度であった。
「幾らお兄ちゃんが変人とはいえ流石に私の二倍近く生きてるんだからさぁ、こぉいうときに相談するお友達の一人や二人ぐらいいるはずだよなぁ~?」
「うぐぐ……お、お前……分かってて言ってるだろぉ……」
「んん~? 何のことぉ~? だからとにかくお兄ちゃんは広子さん達への償いの為に人手が足りるまで頑張って働いておけばいいんだよ……頑張ってねぇ~」
「うわぁああんっ!! 妙央がいぢめるぅううっ!!」
俺の弱みを握ったことがよほど嬉しいのか、妹は途中からニヤニヤと笑いながら楽しそうに命令してきた。
その笑顔は余りにもサディスティックであり、思わず俺は涙ぐんで逃げるように部屋を飛び出してしまう。
出来ればこのまま誰かの胸に飛び込みたいところであったが、あいにくと俺の家には他には誰も……いるではないか。
(くぅぅっ!! こ、こうなったらどうにかして優里菜ちゃんを俺の味方につけてやり返してやるぅううっ!!)
妹に物理的にではなく精神的に追い詰められた俺は、どうにかしてやり返してやろうと仲間を増やすべくそのまま妹の部屋へと飛び込んだ。
「わぁあああんっ!! 優里菜ちゃん聞いてよぉおおっ!! 妙央が俺を虐……ひぃっ!?」
「はぁはぁ……妙央ちゃんのベッド……妙央ちゃんの枕……妙央ちゃんの毛布……妙央ちゃんの生パ……っ!?」
しかしそこで俺が目撃した光景は妹のベッドの中で恍惚とした表情を浮かべながら、毛布の中でモゾモゾと怪しく身体を悶えさせている優里菜ちゃんの姿だった。
まさか逃げ込んだ先でこんな刺激的な光景を目の当たりにするとは思わず、つい悲鳴じみた声を漏らしてしまう俺。
果たして俺に気づいた優里菜ちゃんは一瞬目を丸くして息を飲んだのもつかの間、すぐに俺をギロリと睨め付けてくる。
「な、なんですか急にノックもせずにっ!? ひ、非常識ですよっ!?」
「ひ、他人の家の他人の部屋の他人のベッドの中でそんなことしてる他人に言われたくありませぇええんっ!!」
「ち、違いますっ!! 私と妙央ちゃんは夫婦になる存在なんですから何も問題はないんですぅっ!! むしろ勝手に私たちの愛の巣へ足を踏み入れたお義兄さんにこそ文句を言う権利はありまぇえええんっ!!」
俺の指摘を受けてなお堂々と自分勝手なことを主張する少女……末恐ろしいとはまさにこの子のためにある言葉だろう。
(な、何て奴だぁ……というかすぐ傍に妙央が居るのによくぞまあ目を盗んで自らの欲望を解放できるもんだ……バレたら百裂パンチだぞぉ?)
そこでふと脳内で優里菜ちゃんが妙央の奴に制裁されている姿を想像してちょっと面白くなる俺。
何だかんだでこいつには振り回されっぱなしだったのだから、どうにかしてやり返してやりたかった。
(その為にも……妙央の奴を仲間に引き込んでお仕置きさせてやるぜっ!!)
「妙央ぅうううっ!! 聞いて聞いてぇええっ!! 優里菜ちゃんがねぇええ……っ」
「あっ!? や、止めてくださいお義兄さんっ!! そ、それは反則カードですよぉっ!!」
引き留めようとする優里菜ちゃんに捕まらないよう急いで部屋を飛び出して妹の元へ向かった俺。
果たして既に廊下へと出ていた妹は部屋から出てきた俺を見て、次いで俺に飛び掛からん勢いで出てきた優里菜ちゃんを交互に見て……心底呆れたようにため息をついて見せるのだった。
「兄貴よぉ……お友達がいないからって妹の友達に構ってもらおうとするなんて情けなさすぎるぞぉ?」
「うぐっ!? ち、違うんだよ妙央ぉっ!! こ、こいつ今ね……むぐっ!?」
「わぁああっ!! な、何でもないからね妙央ちゃんっ!! こ、この人ちょっと頭おかしいだけだからっ!!」
「そんなの優里菜ちゃんに言われなくても知ってるってばぁ……はぁぁ……やっぱりなんか仲が良すぎるような気が……むぅぅ……」




