兄と下剋上③
「……というわけなんだよぉ、俺全然悪くないだろぉ?」
「なるほど……要するに兄貴が余計な真似したせいで広子さんの彼氏兼従業員が居なくなって忙しさの余りの疲労と喪失感か何かが暴走してああなってる……って完全にお前の自業自得じゃねぇかぁっ!!」
「あぐっ!?」
俺のことを信じてくれるという妹の言葉を信じてわかっている限りの状況を説明した結果、返ってきたのは同情ではなく暴力であった。
「何がなにもしてないだっ!! 思いっきり迷惑かけてんじゃねぇかよっ!! くそっ!! お前を信じたあたしがバカだったよっ!!」
「あぐっ!! うぐっ!! ま、待って妙央ちゃんっ!! そ、そりゃあ悪霊がどうのって騒いだのはどうかと思ったけどマジであの店には何か取りついてるんじゃないかってぐらい関わるとろくなことが起こらないか……ぐほぉっ!?」
「うっせぇええっ!! 少しは反省しやがれこの馬鹿兄貴ぃっ!!」
「ぐふっ!! ごほぉっ!! くぅぅ、こうなったらバスタオルガードぉ……げふぅっ!?」
余りに激しい暴力の嵐に耐えかねて近くに落ちていたバスタオルを盾代わりに構えてみたのだが、妹の攻撃には貫通効果が有るらしく全く意味をなさなかった。
むしろバスタオルで視界が隠れているせいで次にどこを攻撃されるか分からなくなって身構えることも出来なくなり、余計に痛みが増しているような気さえする。
「わ、わかった妙央っ!! お、俺が悪かったからもう勘弁し……げふぅっ!!」
「はぁはぁ……はぁぁ……たく、まだ言い足りねぇことは山ほどあるけど今はこれぐらいにしといてやる……」
これ以上殴る所がないんじゃないかというぐらい俺の全身をボコボコにした後で、ようやく妹は拳を止めてくれた。
(い、言い足りないってお前……殴り足りないの間違いだろうが、この暴力大魔人めぇ……まあこんなこと言ったらそれこそ殺されそうだし黙っておこう……)
流石にこの状態で下手なことを言えば暴力のお代わりが来ることぐらい俺にもわかる。
だから素直にコクコクと首を縦に振り従順さをアピールしておくだけに留めておいた。
果たしてそんな俺の態度が功を為したのか、妹はじっと険しい眼差しで俺を睨みつけながらも拳をほどいてみせた。
「んで話を戻すけどよぉ……結局お前は広子さんをどうする気なんだよ?」
「ど、どうって言われても……だから出来れば自然な形で関わりを断ち切ってだねぇ……」
「あのなぁ……散々迷惑どころか実害までかけておいて、お詫びも何もしないで逃げるわけにはいかねぇだろうが……せめて新しい従業員が見つかるまで穴埋めぐらいはしたらどうだ?」
「うぅ……そりゃあ俺だって同じようなことは考えたさぁ……だけど広子さん俺をものすごぉく扱き使うんだよぉ……あんなのとても耐えられないんだよぉっ!!」
拳をほどいた代わりに両手を組んで偉そうに顔を突き付けてきた妹に、こちらも涙目で必死に手振り身振りを交えて理解を求める。
しかし妹は軽くため息をついたかと思うと、まるで幼い子供に言い聞かせるような口調で語りかけてくる。
「まあお前の話が確かなら広子さんだって思うところがあるだろうし、多少扱き使われても我慢してやればいいんじゃないか?」
「多少とかそういうレベルじゃないのぉっ!! 労働基準法が真っ青になって逃げだすレベルなのぉっ!!」
「コンビニのバイトなのに何をどうすればそんな凄まじい労働が発生するんだよ……全く兄貴は一々大げさなんだよ……」
「ほ、本当なんだよぉおおっ!! 信じてくれよぉおおおっ!!」
先ほどは信じると言ってくれたはずの妹は、そんな俺の心の底からの叫び声を聞いて……やはり肩をすくめて首を横に振るばかりだった。
「はいはい、すぐそうやって適当なこと言ってごまかそうとするぅ……どうせ他に仕事もないんだから諦めて広子さんが満足するまで付き合ってあげなってばぁ……」
「だ、だからぁっ!! 本当にきついとか辛いとかいう段階を越えてるのぉっ!! 両手両足フル稼働させられた上に泊まり込みで二十四時間労働なんだぞぉっ!! 絶対無理だってばぁっ!!」
「えぇ……そ、そんな馬鹿な話……あれ? でもそう言えば確かに今日の朝、帰れないとか言ってたような……う、嘘でしょぉ?」
「嘘じゃないってばぁっ!! 本当の本当にヤバいんだってばぁっ!!」




