兄と下剋上②
「あのなぁ……優里菜ちゃんを休ませるって言っておいただろうが……なのにあたしの部屋まで聞こえるほどの大声で独り言叫ぶとか何考えてんだよお前?」
「うぅ……す、すみませぇん……」
部屋に乗り込んできた妹に頭を下げ続ける俺。
精神的にもっと強い人間に成ろうと決意したばかりだというのに情けない限りだ。
しかしこればかりは仕方がない……何せ妹の手は今もって固く握りしめられているのだから。
(お前だって俺の部屋に聞こえるぐらい大声出してたくせに……何て言おうものならこいつは間違いなく何の容赦もなくあの凶器を俺の頭に振り下ろすに決まってる……くぅ、辛いがここは雌伏の時ぞ)
「たく、本当にわかってんのかよ……まあ取り合えず優里菜ちゃんの件は置いておいて……ものすっごく気になるからぜってぇ後で問い詰めるけど今は置いといてやる」
「い、いや置いておかないで目が覚めるまで傍にいてあげたほうがいいと思うよ……な、何ならそろそろ外も日が落ちて来てるしそのまま家まで送ってあげたほうが……」
このままこんな危険人物に居座られてはたまらないと必死に話を逸らして妹を追い出そうとする俺。
しかしそんな俺の言葉を聞いた妙央は軽く鼻を鳴らしつつ、とんでもないことを口にしてきた。
「いいって言ってんだろうが……それに優里菜ちゃんはまだ調子よくないみたいだから今日はこのままウチに泊まっていきたいんだって……だから時間とかも気にしなくていいんだよ……」
「えぇっ!? そ、そんなの聞いてな「あぁっ!?」いえ、全ては妙央様のお望みのままに……」
仮にも同居人である俺に断りもなく友人を泊めると決めてしまっていた妹につい言い返しそうになるが、拳を固く握りしめたままドスの聞いた声を掛けられては逆らう余地など在りはしなかった。
(くぅぅ……な、なんて暴虐無人な奴だっ!! こんな自分勝手な真似する奴は鏡の前でぐらいしか見たことないぞっ!! 全く保護者の顔を見てみたいぜっ!!)
まあ今現在において妹の保護者とは俺以外に存在しえないのだが……ひょっとしてこの自分勝手さは俺に似たのだろうか?
「最初っからそう言えばいいんだってぇの……だけど泊まるからって優里菜ちゃんに変なちょっかいとか出すんじゃねぇぞ? つうかお前から会話も接触も禁止だからな?」
「あ、あのねぇ妙央ちゃん……何かまだ誤解してるみたいだけど、本当に俺と優里菜ちゃんは接点も殆ど無いしそこまで仲がいい訳でもないんだってばぁ……」
「……どうだかなぁ……お前最近妙に交友関係が複雑化してるみたいだし……特にさっきからずっと聞きたかったけど広子さんとはどういう仲なんだよ……?」
はっきりと首を横に振って優里菜ちゃんとの関係を否定しようとする俺を、妹は冷めた目で見つめ返してくる。
その上でどこか期待しているような口調で……それでいてどこか寂し気に広子さんとの関係を尋ねて来た。
「広子さんとも別にどういう関係でもないってばぁ……ただ単にあのコンビニの店長の娘さんだから良く店頭で働いてて、それであの店に行くたびに顔を合わせて軽く話し合う程度の仲で……」
「あのなぁ兄貴……あたしはまだちょっと顔を合わせた程度だけど、それでも広子さんが兄貴に滅茶苦茶執着してんのは分かったぐらいなんだぞ……ただ店頭で顔を合わせて会話する程度の相手にあんな風になるわけねぇだろうが……」
「実際になってるだろうがぁっ!! 俺にも分かんねぇけどマジで何もしてねぇのにああなっちまったんだよぉっ!! 俺は無実だぁっ!!」
俺は呆れたように呟く妹に心の底から叫び返す。
尤も妹の気持ちもわからないわけでもない……というか俺自身、あそこまで執着されていることに困惑しているのだから。
(そ、そりゃあ俺が変に騒いだせいでバイトが辞めてったって理由はあるんだろうけど……そんな問題を起こした元凶を雇うより新しい人材を採用したほうがずっと話が早いと思うんだけどなぁ……うぅ……)
「……はぁぁ……じゃあ仮に百歩譲って……いや一億歩ぐらい譲ってそれが真実だとして、それで兄貴は今後広子さんのことはどうする気なんだよ?」
「ど、どうって……そりゃあ出来れば自然な形で関わりを断ち切ってだねぇ……で、でも履歴書で住所を知られてる可能性が高いから穏便に済ませるためにも少しずつ刺激しないようにその……」
「……その台詞といい完全に恋人が鬱陶しくなって捨てようとする屑男にしかみえないんだけどぉ……やっぱり優里菜ちゃんの件と言い、実はお前あたしの知らない所で何人も女泣かせてたりするんじゃ……?」
「み、妙央ぉ……俺が女を泣かせられるほどモテるわけないだろうがぁ……それに俺の長所は裏表のない素直なところじゃないかぁ……信じてくれよぉ」
訝し気に俺を見つめる妙央だったが、俺が涙ながらに訴えるとしばらくこちらを見つめた後で大きくため息をついて見せるのだった。
「……はぁぁ……まあそれもそうだよなぁ……こんな面倒な奴が他所の女にモテるわけないし、大体あたしに隠し事するような真似……いやそんな知性元からなさそうだしなぁ……」
「うぅ……な、なんか酷いこと言われてる気もするけど信じてくれるのか妙央ぉ……?」
「……あたしが信じなきゃ誰もお前の事なんか信じないだろうし……仕方ないから信じてやるよ……全く、本当に駄目な兄貴なんだから……」




