兄と女の子たち⑰
「ふぅ……はぁぁ……と、とにかく話はこれで終わりということで俺は部屋で休み……うぐっ?!」
「ちょっと待てっ!! まだ話は終わってねぇだろうがっ!!」
とりあえず優里菜ちゃんとは話が付いたと思うことにして、少しでも休もうと静々と部屋に戻ろうとした俺。
しかし妹はそんな俺の首根っこを締め上げながら無理やり引き戻し再び床の上に正座させようとしてくる。
「な、なんだよぉ……俺は日の登らない朝から働かされて疲れ切ってるんだよぉ……これ以上か弱いお兄ちゃんを虐めないでくれよぉ……」
「それはこっちのセリフだっ!! あたしだって兄貴に付き合って朝から動き詰めなんだぞっ!! それに不真面目なお前と違って学校でもずぅっとお前がちゃんとしてるか不安と心配でドキド……ハラハラして心が休まる暇だってなかったんだぞっ!!」
「そーですよぉお義兄さぁん……妙央ちゃんたら午前中はご機嫌そうだったのに途中からお兄ちゃんがお兄ちゃんがってブツブツ呟き出して何をしても上の空で大変だっ……むぐぅっ!?」
「ゆ、優里菜ちゃん余計なこと言わなくていいのっ!!」
俺の懇願をすぐに切って捨てた妹だったが、隣に座る優里菜ちゃんが補足とばかりに言葉を付けたそうとすると何やら急に顔を赤く染めて必死になって彼女の口を抑え込みにかかった。
(妙央め、一体何をごまかそうとしてるのやら……まあ下手に突っ込んでも暴力が返って来るだけだろうから止めとくけど……それより優里菜ちゃんさぁ、妙央が調子崩したのって単純に君があんな電話してきたせいだよね?)
他人事のように呟いていた様子からして、どうやら優里菜ちゃんは自分の発言で妙央を暴走させ俺を佳境へ追いやったことに欠片も罪悪感を抱いていないようだ。
見た目こそ可愛らしいというのに、その内面はまさしく悪魔か魔女と言わんばかりの凶悪なる美少女だった。
尤もそんな彼女も今は大魔王である妙央の怪力によって口を封じられたがために呼吸が苦しくなっているのか、顔を赤くして手足をばたつかせている。
(ふははは、いい気味だぜぇっ!! 俺の苦しみの十分の一でも味わえ……って言いたいところだけど大丈夫なのかこれ?)
「むぐぐっ!? むぐっ……むぐぅうう…………っ」
「と、とにかくお兄ちゃ……じゃなくて兄貴、そんな事より話の続きを……」
「いやぁ、話し合いより先に優里菜ちゃんを……」
「い、いいのっ!! 優里菜ちゃんのことは気にしなくていいのっ!!」
段々優里菜ちゃんの顔色が青ざめて来て、両手の動きも鈍くなってきている。
しかしそんな優里菜ちゃんの様子を見ることなく、気にしなくていいと断言する妹。
(うぅん……まあ俺より優里菜ちゃんとの付き合いが長い妙央がこう言ってるんだから大丈夫なんだろうなぁ……凄いなぁ、流石は皮膚呼吸の優里菜ちゃんだっ!!)
思い返してみれば初めて会った時も同じような状況に陥りながらも優里菜ちゃんは生き残っていたではないか。
あの時は謙遜から否定していたのかもしれないが、やっぱり本当は皮膚呼吸ができるのかもしれない。
「むぐ……むぐぅ……ぅぅ……っ」
「……なあ妙央、やっぱり駄目だ……お兄ちゃんは、優里菜ちゃんのことが気になって仕方ないよ……本当は皮膚呼吸できるんだろ?」
「ふぇっ!? えっ!? き、気になるってそれやっぱりお兄ちゃんは優里菜ちゃんと……って皮膚呼吸って何の話っ!?」
「いや、だって……そんな口も鼻もまとめて抑え込んでたら皮膚呼吸でもできないと大変なことになるんじゃ……?」
「え……あぁああああっ!? ご、ごめんね優里菜ちゃんっ!! だ、大丈夫ぅっ!?」
俺の言葉を聞いてようやく振り返って優里菜ちゃんの様子を確認した妙央は、既に血の気が失せて目の焦点すら定まらなくなってきた優里菜ちゃんを見て必死に頭を下げ始めた。
「……はぁぁ……ふぅぅぅ……だ、大丈夫だよ妙央ちゃん何とか生きてるから……はぁぁ、空気が美味しいよぉ……」
「ご、ごめんねっ!! 本当にごめんねっ!!」
「なぁんだ、やっぱり皮膚呼吸できないのかぁ……コツを教わりたかったのになぁ……」
「お、お兄ちゃんうるさいっ!! ゆ、優里菜ちゃんちょっと私の部屋に行って少し休んで行って……ね?」
「あ……え、えへへ……はぁい」
先ほどまであれほど苦しそうにしていた優里菜ちゃんだが、妹に手を取られると途端に蕩けそうなほど緩み切った笑顔を浮かべて見せた。
そしてそのまま妹の部屋に消えていく二人を見送ったところで、俺もまたこの隙を逃すことなく自分の部屋へ逃げ込むのだった。
(と、とりあえず一休みできそうだぜ……はぁぁ……しかしこれから先、俺はどうなってしまうのやら……うぅ……数日前までの平和な日々が恋しいよぉ……ぐすん……)




