兄と女の子たち⑯
「さあ、はっきりと弁明して貰おうじゃねぇか……」
強引にリビングまで連れ込まれソファーの前に正座させられた俺をギロリと睨みつける妹。
怒りだか何だか知らないが物凄い感情がうねっているようで、その頭には角すら生えていそうに見えてしまうほどの迫力があった。
「い、いやだから俺は何も……ゆ、優里菜ちゃんも何か言ってやって……」
「うっ……うぅ……わ、私の口からはとても……よよよ……」
そんな妹の隣にどこか居心地悪そうに座っている優里菜ちゃんに思わず助けを求めるが、彼女はわざとらしく悲しそうな声を出しながら顔を抑えて蹲ってしまう。
恐らくは優里菜ちゃんも妹の余りの迫力に恐怖を感じて……或いは自分のしていることを知られたくなくてごまかそうとしているのだろう。
(そ、そりゃあ妙央のパンツというか私物を融通し合う仲だなんてバレたくないのはわかるけどさぁ……少しぐらい庇ってくれてもいいじゃん……)
他に誰もいない室内ではもはや助けを求める相手もおらず、完全に孤立無援である我が身を嘆きたくなる。
ただ同時に広子さんがこの場にいないことには安堵もしていた。
別れた時の勢いからすると彼女も家まで押しかけてきたとしてもおかしくはないと思っていたのだ。
(多分悪霊だから動けない……じゃなくて単純に仕事が忙しいとかでコンビニから動けなかったんだろうなぁ……もしも広子さんも居たらそれこそ収集が付かなくなっていたかも……)
尤も今の時点でもかなり人生が詰んでいるような気がしなくもないのだが、ともかく現状としてはどうにかして妹さえ説得できれば何とか命を繋ぐことぐらいはできそうだ。
「あぁっ!? テメェ優里菜ちゃんに何しでかしたぁっ!?」
「お、落ち着け妹よ……俺は別に何をしたわけでもなくてだな……そ、そうだよな優里菜ちゃん?」
泣き真似をしている優里菜ちゃんを見て余計に怒り心頭とばかりに表情を硬くして俺を睨みつけてくる妹を必死に宥めつつ、もう一度優里菜ちゃんに救いを求めるように声を掛けた。
(俺より優里菜ちゃんの方が信頼されてそうだし、この子が俺の味方をしてくれれば多分それでどうにかなるはずだ……そ、それに優里菜ちゃんだってこのまま俺が妹に亡き者にされたら今後一切取引が出来なくなって困るはずだ……だ、だから早く助け船プリィイイズっ!!)
更に優里菜ちゃんに向かい必死に瞬きしたりして、アイコンタクトでもって俺の想いを伝えようとする。
するとようやく俺の想いが伝わったのか、チラリとこちらを見た優里菜ちゃんは……やっぱり全く涙に濡れていない顔を一瞬、とてつもない悪だくみを目論んでいそうな表情に歪めて見せた。
「う……ぐ、ぐすん……も、もういいよぉ妙央ちゃぁん……私もう気にしてないからお義兄さんを許してあげてくださぁい……」
「で、でも優里菜ちゃん泣いて……クソ兄貴っ!! マジで何したんだよっ!?」
「い、いやだから何もしてな「い、良いんですよぉ……わ、私が我慢すればそれでいいだけの話だからぁ……」っ!?」
俺の言葉を遮るように意味深な言葉を吐いてくる優里菜ちゃん。
(ちょっ!? そ、その言い方だとまた誤解され……ひぃっ!?)
果たして妹は優里菜ちゃんの言葉に何を感じたのか、物凄い力を込めて俺の首根っこを掴み上げてきた。
「が、我慢って……クソ兄貴っ!! いい加減真面目に答えろよぉっ!! 私の大親友の優里菜ちゃんに何したんだよぉっ!!」
「うぐぐっ!! み、妙央……こ、この件に関しては本当に俺は何「も、もう許してあげてってばぁ……ほ、本当に私はお義兄さんがした裏切りはもう気にしてないからぁ……」っ!?」
またしても俺の言葉に自らの言葉を被せてきた優里菜ちゃんは、改めて俺にだけ見えるように何かを言い含めるような笑みを浮かべてきた。
「ぐ、ぐぐ……み、妙央……う、後ろ振り返って……あ、あいつ本当は笑って……っ」
「あぁっ!? ふざけたこと言ってんじゃねぇよっ!! ゆ、優里菜ちゃんよくわからないけどこんなバカなお兄ちゃんを本当に許していいの?」
「う、うん……だ、だって妙央ちゃんの大切なお義兄さんだし……ちょ、ちょっと私が大げさに悲しんじゃっただけで本当は大したことじゃないの……それにきっとこれからお義兄さんは私への償いとしてお願いを最優先に聞いてくれそうだし……それでお相子ってことでいいの……」
必死に優里菜ちゃんの本性を妹に告げようとするが、向こうの方が演技力も何もかも上手だったようだ。
あっさりと優里菜ちゃんに丸め込まれた妹は、何やら申し訳なさそうな目を彼女に向けつつ再び俺を睨みつけてくる。
「ゆ、優里菜ちゃんがそう言うなら……おい、分かってんだろうな兄貴っ!!」
「うぅ……な、何も分からないですぅ……そして多分お前が一番何もわかってな……あぐっ!?」
「だからふざけてんじゃねぇってのっ!! いいかっ!? 優里菜ちゃんがここまで言ってくれてんだから、お前も償いとして優里菜ちゃんにお願いされたら何でも言う通りに動いてやれよっ!!」
「え、えへへ……よ、よろしくお願いしますねぇお義兄さぁ~ん……」
改めて首根っこを掴まれて強引に振り回された俺はガクガクと糸の切れた人形のように首を前後に振ることしかできないのだった。
(は、嵌められたぁ……こ、これじゃあ俺はこんな危険人物である優里菜ちゃんの言いなりにならなきゃいけなくなっちまう……お、俺の人生どうなっちまうんだぁ……?)




