兄と女の子たち⑭
「す、すみません私のせいであなたまで不審者扱いされてしまって……」
「いえいえ、慣れてますので気にしないでください……」
公園へ遊びに来ているらしい子供連れの親からの視線に耐えかねて、とりあえずベンチへと移動した俺達。
しかし隣に座るスーツ姿の女性が私服の俺に向かって必死に頭を下げているせいで、やっぱり何となく見られているような気がしなくもない。
(まあ正直なところ、この手の視線はマジで慣れてるからぶっちゃけ見られること自体は平気なんだけど……警察呼ばれたら不味いしなぁ……)
つい先日も顔見知りの警察にあきれ顔で注意されたばかりなのだ。
これで子供の親から通報でもされようものなら、流石にそろそろ前科を付けられてもおかしくはない。
だからこそこれ以上注目されないためにも女性には頭を上げてもらいたいのだが、何故か彼女は申し訳なさそうに頭を下げ続けるのだ。
「で、ですが……わ、私を励まそうとしてくれたせいで……ほ、本当に申し訳なくて……」
「いや、全くそんなつもりはなかったのですが……単純にブランコで遊びたかっただけなので……」
「そ、そんなバレバレの嘘を……こんな目にあいながらも私のことを気遣ってくださるなんて……うぅ、こんな良い人を巻き込んでしまって本当に申し訳ありませぇん」
俺の言葉を全く信じずに頭を下げ続ける女性……おかげで公園の前を行きかう人々まで行きかう人々まで入り口の辺りから訝し気にこちらに視線を投げかけているように見える。
(これ、下手したら街中に噂として広まってしまうんじゃ……や、ヤバいのでわぁ?)
ただでさえ妹に変な誤解をされて暴力を振るわれるかの瀬戸際だというのに、公衆の面前で別の女性を土下座モドキさせていたなどという話をもし耳にされたら……間違いなく俺の寿命は尽きることだろう。
「あ、あのぉ……本当にマジで心の底から俺はそんなこと考えてやったわけではありませんので頭を上げていただけませんか?」
「え……で、ですがならどうしてブランコに乗って私に話しかけてくれたんですか?」
「……話しかけたっけ俺?」
全くそんな覚えはないのだけれど、向こうははっきりと首を横に振ったかと思うと更に深々と頭を縦に下げてくる
「そ、そこまでごまかさなくても……私を励ますためにさりげなく声を掛けてくださったじゃないですかぁ……物凄く嬉しかったです……心も少しだけ軽くなって……あぁ、なのにそんな貴方に恥をかかせるような真似をしてしまうなんて……申し訳ございませぇん」
(うぅん……まるで話が通じない……しかも今までにいなかったタイプの通じなさだ……)
俺の周りには人の話を……というか俺の話を聞かない連中ばかり揃っている。
しかし大抵彼女達は自分の要求をのませるために圧力をかけて俺を黙らせるタイプだった。
それに対して目の前にいる女性は俺の発言を湾曲して解釈し、とにかく謝罪に持ち込もうとしてくる新しいタイプの厄介さだった。
(これはこれで面倒なんだけど言葉を出させてくれる分まだ説得の余地がある……懇々と諭せばきっとわかってくれるさっ!!)
もうこれ以上余計な人間関係の拗れを抱え込むわけにはいかない。
断固たる意志を持ってこの場を乗り切らねばと奮起した俺は、珍しくシリアス100%……の半額の更に20%引きぐらいの眼差しで目の前にいる女性を見つめ直した。
「いいえ、何度も申し上げますが私は恥をかいたなどとは思っておりませんマドモアゼル……ですからどうかその麗しの顔を曇らせるのを辞めて笑顔を見せてくださらないでしょうか?」
「あ、あぅぅ……そ、そんなマドモア……なんてやめてください……私は新野愛です……」
「これはこれはご丁寧にどうも……私は不動政信と申します、以後お見知りおき……い、いや忘れてくださっても結構ですが……」
「不動……政信様、ですか?」
普段が普段なだけに真面目な口調が思い出せず、予想以上に演技掛かった臭い台詞になってしまった。
おまけにその流れでつい今後もお付き合いを続けるような言葉まで口にしてしまい、慌てて言い直したのだがその頃には目の前の女性……新野さんはどこか親しみを込めた眼差しでこちらを見つめ直してきていた。
(し、しかも様付けとか……いやまあスーツ姿だし多分仕事柄初対面の相手をそう呼ぶのに慣れちゃってるだけだとは思うが……偉くなったみたいで気分は悪くないなぁ~、おっほんっ!!)
殆どの相手から敬意をもって接せられたことが無かっただけに、ちょっと新鮮で良い気持ちになってしまう。
「そうっ!! 吾輩こそが稀代の英雄にして空前絶後の名探偵兼大怪盗であるマサノブその人であるっ!! さあ拝みたまえ崇めたま……はっ!?」
「えっ? え、ええっとよくわかりませんが……ま、政信様ばんざぁ~い……こ、これでいいでしょうか?」
だから早く縁を切らなければいけない相手だったというのに、ついいつものノリで返してしまった。
すると新野さんは顔こそあげてくれたものの困惑気味な表情で俺を見つめながら……何故か律儀に万歳までして褒め称えてくれるではないか。
「ふ、ふはははっ!! 流石だよ新野君っ!! 君は実によくわかっているっ!! 素晴らしいっ!! そんな君には我が団に相応しいグリーンバッチを授けようっ!!」
「えっ? えぇっ!?」
更に気分が良くなった俺はその辺の葉っぱを毟ると、それをバッチと言い張って自分の胸元に貼りつけた後で彼女の分も手渡してあげた。
やはり困惑した様な声を漏らしつつ、やっぱり素直に両手を差し出して恭しく受け取ってくれる新野さん。
「これで其方も今日から我がマサノブ団の一員だっ!! 大事にするのだぞっ!! ではさらばじゃぁああっ!!」
「えっ!? えぇえっ!?」
彼女の反応が余りにも俺的に最高過ぎて、テンションが高まりまくった俺はそれこそ怪盗か何かのようにマントをひるがえすような仕草をして近くの木々に身軽に飛び移るようなイメージで公園を後にするのだった。
「ママぁ~、あのおじちゃんなにしてるのぉ?」
「だ、だから見ちゃいけませんっ!!」
「わぁいっ!! にんじゃにんじゃぁ~っ!!」
……まあ実際のところはただ大げさに腕を振り回しながら、ぴょんぴょん無駄にジャンプを繰り返しながら移動しているだけだったのでやっぱり周りの人達がヒソヒソと話していたし子供達は俺を指さしていたり一緒になってスキップしていたりもしたけれどとにかく気にすることなく俺は公園を後にすることができたのだった。




