兄と女の子たち⑫
(こ、これは……救いの糸が来たのかぁっ!?)
俺の願いが通じたかのようなタイミングで携帯が鳴り響いた。
内容次第ではこの地獄のような環境から早退れられるかもしれない。
だからすぐにでもポケットに入れた携帯へと手を伸ばそうとして、やんわりと広子さんの手が止めに掛かる。
「うふふぅ~、駄目ですよ不動さぁん……仕事中は電源を切っておきましょうねぇ~」
「ひぃ……い、いやでもほら緊急事態とかの連絡の可能性もあるから確認ぐらいは許してほしいなぁって……あ、あはは……」
ニコニコと微笑みながら優しい口調で指摘してくる広子さんだが、こちらの手の甲に重なった彼女の手には恐ろしいほどの力が籠っていた。
また本人の表情の裏にも何というか威圧感のような物を感じて、正直このまま握りつぶされんばかりの圧力を感じてしまう。
「大丈夫ですよぉ、もしそういう事態でしたらもっと頻繁に連絡が『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』……」
「(しゃぁあああっ!!)ほ、ほらっ!! や、やっぱり何か緊急事態なんですよぉっ!! だ、だからちょっとだけ失礼しますねっ!!」
そこでいつものように呪いのような着信音ラッシュが鳴り響いてくれて、流石の広子さんも黙り込んだ。
これはいけると内心でガッツポーズしながら彼女の手を振り払った俺はウキウキしながら救いの糸を握るべく勢いよく着信内容を確認し始める。
(よしよしよぉしっ!! これで後はどんな内容でもいいから無理やりこじつけて早退しちまえば……いや何なら電波が入りにくい振りをしてお店の外に移動する振りをしてそのまま逃げだしてもいい……とにかく一刻も早くこの場を離れなければっ!!)
これ以上この場に居たら冗談抜きで死ぬまで働かさせられかねない。
そんな危機感の元に着信相手を確認した俺は、想像していたとはいえもう一人の厄介な相手の名前が表示されている事実に少しだけげんなりしそうになる。
『皮膚呼吸の優里菜』
(や、やっぱりこいつかぁ……け、けどまあ今のこの現状を思えば広子さんの相手をするよりは遥かにマシ……なはずだっ!!)
しかし肉体を酷使されながらも色々な圧力を受けて精神的にも披露している今より状況が悪くなるとは思えない。
そう判断した俺は早速着信内容を開こうとして
そう判断した俺は早速着信内容を開こうとして……そこで今度は直接電話が掛けられたのか、長々とした着信音が鳴り響き始めた。
『ピリリリリリリっ!!』
「お、おおぅ……や、やっぱり非常事態みたいなのでちょっと失礼……も、もしも……あっ!?」
「……(ニコッ)」
受信しようと携帯の画面に手を伸ばそうとした俺だが、その前に広子さんがさっと指先を伸ばしてスピーカー状態で電話を受けてしまう。
驚いて振り向いた俺に無言のまま眩しいぐらいの笑顔を向けてくる広子さん。
その手元には廃棄予定のレシートがあり、裏面の白紙の部分にメッセージを書いて向けてきている。
『業務中なので私用電話でないか確認する必要があるのでこの状態でお話してください。重要な要件だとわかったらその時点で離れますから安心してください』
「ちょ……そ、それ……『もしもしっ!! お義兄さんですかっ!!?』っ!?」
流石にこれは不味いと思って携帯を抑えつつ反論しようとしたのだが、その前に携帯から優里菜ちゃんの叫び声のような物が聞こえてきた。
「ゆ、優里菜ちゃんっ!? あ、あのちょっ……っ」
『聞きましたよお義兄さんっ!! 何勝手にコンビニなんかで働いてるんですかっ!! せっかく妙央ちゃんが留守という貴重な時間帯だというのにそんな無駄なことに時間を使っててどうするんですかっ!! お金が必要なら幾らでも用意しますから今すぐにそんな仕事辞めて私の望み通り動いてくださいっ!!』
「っ!!?」
どこでどう聞きつけたのか……恐らく学校に付いた妹にでも聞いたのだろう優里菜ちゃんがいきなりコンビニで働いていることを責めてきた。
妹の私物を探せるこれ以上ない時間を無駄に利用していると思って憤慨していたのだろうが、このタイミングでその発言は不味すぎた。
「ゆ、優里菜ちゃ……い、今はまず……っ」
「何を勝手なことを言っているんですかっ!? どこのどなたかはご存じありませんが不動さんは貴方のではなく私の望み通り今後とも一生ここで私と一緒に働いてくださる予定なんですぅっ!! 邪魔しないでくださいねっ!!」
「ちょぉっ!? ひ、広子さん何を言っ……っ」
『あぁああっ!? だ、誰ですか貴方はっ!? 勝手に後から入ってきて何を言ってるんですかっ!? 貴方が何者か走りませんがお義兄さんは私と密約を交わした生涯のパートナー何ですぅうっ!! 貴方のお願いより私の言う通りに動いてくださるんですよぉっ! 残念でしたねぇっ!!』
「違いますぅっ!! 不動さんは私とこのお店を二人三脚で盛り上げていく相棒になるんですぅっ!! 貴方の言いなりになんかなりませぇんっ!! ご愁傷さまですぅっ!!」
俺を無視してやり合う広子さんと優里菜ちゃん。
どちらも完全に俺を一方的に私物化せんばかりの勢いだ。
(うぅ……な、なんか余計に状況が悪化したぁ……ど、どうしてこうなるのぉ……っ)
『ぜぇったいにそんなことありませぇんっ!! お義兄さんは既に私と(取引の)初体験を済ませた仲なんですぅっ!! だから私との仲を選んでくれるんですよぉっ!! ほらお義兄さんからも言ってやってくださいよぉっ!!』
「っ!!?」
「そんなことありませぇんっ!! 不動さんは(ゴミをポイ捨てする不良に絡まれて)色々と汚れてしまいそうな私を助けた上で優しくしてくれた相手なんですぅっ!! だから私を見捨てて無茶ぶりをする貴方に走ったりなんかしませぇんっ!! そうでしょう不動さんっ!!」
「っ!!?」
更に二人は物凄い剣幕と怒声をあげながら俺に詰め寄ってくる。
もはや何と答えていいのかもわからない状況に、俺は心の内で涙を流しながら引き攣った笑みを浮かべることしかできないのだった。
(うぅ……お、俺が何をしたぁっ!?)
「……不動君、やっぱり君私の娘に手を出していたのかい?」
「ひぃっ!? て、店長っ!?」
『……ちょっとゴメン優里菜ちゃん、あんまりトイレが遅いから様子見に来たけど今の発言って……ねえお兄ちゃん、まさかとは思うけど優里菜ちゃんに変な真似、してないよねぇ」
「ひぃっ!? み、妙央ぉっ!? ご、誤解だ……ぜぇええんぶ誤解なんだよぉおおおおっ!!」




