兄と女の子たち⑪
そして伝説は始まった……正確には地獄の研修が始まった。
「不動さぁ~ん、商品の検品は終わりましたかぁ?」
「い、今右手でやって……おおぅっ!? 読み込むバーコード間違えたぁっ!?」
「不動さぁ~ん、値札シールは貼り終わりましたかぁ?」
「い、今左手でやって……はぅっ!? ひ、一桁多くなっちゃったぁっ!?」
「不動さぁ~ん、商品の廃棄処理は終わりましたかぁ?」
「い、今口でやって……むぐっ!? ぱ、パッケージで唇切ったぁっ!?」
にこやかに微笑む広子さんに監視されながら、可能な限りの業務をやらされる俺。
何というかもうコンビニ業務というよりもサーカス団の一員になった気分だ。
「不動さぁん、次は男子トイレのお掃除ですよぉ」
「はいはいっ!! ただ今右足で……うげっ!? つ、攣りそうだぁっ!?」
「不動さぁん、次は女子トイレのお掃除ですよぉ」
「はいはいっ!! ただ今左足で……ぎぃっ!? に、肉離れしそうだぁっ!?」
「不動さぁん、次は……」
「ちょ、ちょっと待ってぇっ!!」
必死になりながら広子さんの指示に従っていた俺だけれど、流石に限界を越えそうで悲鳴めいた声を漏らしてしまう。
(じょ、冗談じゃない……このまま扱き使われてたら両手両足の指の数まで業務をやらされかねない……冗談抜きで過労死しちまうぜ……)
しかし俺の切実な叫びを聞いても広子さんは不思議そうに小首をかしげるばかりだった。
「どうしました不動さん? 何かわからないことでもありますかぁ?」
「ど、どうしましたって……み、見てくださいよ俺の働きっぷり……もう両手も両足も使えるところは全部使ってるんですよっ!?」
「うふふ、冗談ばっかりぃ~……まだ口も脇も残ってますし、不動さんなら猫の手の一本や二本ぐらい生せるでしょぉ?」
「お、俺を何だと思ってるんですかぁ……幾ら何でも不可能ですよぉ……うぅ……っ」
徹夜明けでハイだからか、それとも彼氏に振られたショックが大きいのか……或いはその両方かもしれないがどうも広子さんは暴走しているようだ。
一応は仕事が忙しいのも彼氏と別れたのも俺が原因かもしれないからこそ負い目を感じて言いなりになっていたわけだが、幾ら何でも無茶ぶりが過ぎる。
「大丈夫大丈夫、不動さんなら出来る出来るぅ~っ!!」
「な、何を根拠にそんな……て、店長ぉ~……助けてぇ~……」
笑顔を湛えたまま瞬き一つせずに俺を見つめてくる広子さんの期待の眼差しに耐えかねた俺はお店の奥に向かって助けを求めた。
するとほんの僅かに奥へとつながるドアが開いたかと思うと、やつれ切った様子の店長がチラリと目だけこちらに向けてくる。
「ふ、不動君……その『ガチャンっ!!』「うふふぅ~、不動さぁん困ったことが有ったら私に相談してって言いましたよねぇ~?」
「ひぃぃ……っ」
そして店長が申し訳なさそうな声を出そうとした瞬間、広子さんは力強くそのドアを閉じてしまい……とてもいい笑顔で俺を見つめてくる。
何だかんだで美人でスタイルの良い広子さんだから魅力的な笑顔なのだが、それでも俺は恐怖しか感じられなかった。
(うぅ……て、店長でも駄目だなんて……というかなんか滅茶苦茶怨まれてないか?)
一体何があったのかはわからないが、広子さんは店長を事務室に追い込んで出さないようにしているのだ。
またお客も殆ど来ないせいで誰も広子さんの指導という名の暴走を止められなくなっていた。
「ほらほらぁ、手が止まってますよぉ~……そんな暇そうなら次の業務も教えてあげますからそれも同時に……」
「ひ、ひぃぃっ!! か、勘弁して下さぁいっ!!」
にこやかに微笑みながら更なる無茶ぶりをしてこようという広子さんに、俺は涙ぐみながら仕事をこなしつつ許しを請うことしかできないのだった。
(だ、誰か……この際、悪霊でも呪いでも何でもいいから誰か助けてくれぇええっ!!)
『ピコン』
「っ!!?」




