兄と女の子たち⑩
「じゃ、じゃあ帰りにまた立ち寄りますからっ!! 広子さん、こんな兄ですがどうかお願いしますっ!!」
「行ってらっしゃい妙央ちゃんっ!! いつでも来てくれていいですからねっ!!」
「お、おいてかないでぇ……」
最後まで俺の言葉を無視したまま、笑顔で学校に向かって駆けていく妹。
思わず俺も後を追いかけてお店を後にしたかったけれど、広子さんが恐ろしいほどの力で肩を掴んでいるせいでそれは適わなかった。
(うぅ……か、完全にハメられたぁ……)
まさか妹が突然正気を取り戻した挙句に広子さんの味方になるとは、この名探偵マサノブですら想像も出来ない事態だった。
おかげで俺は暴力と迫力でまともに喋ることも許されず、二人の言いなりになるしかなかったのだ。
「うふふ、あんな可愛らしい上に慕ってくれてる妹さんがいるなんて……不動さんは幸せ者ですねぇ」
「ま、全く幸せを感じ取れない今日この頃を過ごしているのですが……それにあんなに遠慮なく暴力を振るう妹のどこが慕ってるって言うん「し・あ・わ・せ・も・の・で・す・よ・ぉ」は、はいぃっ!! 私はとてつもなく幸せ者でございますぅううっ!!」
まるで何もわかっていない広子さんに呆れながら真実を告げようとしたのだが、肩の骨が軋みそうなほど力を込められてすぐに意見を撤回する俺。
(な、何という馬鹿力だ……あの妙央に勝るとも劣らぬパワーを発揮できる女がここにも居たなんて信じられないっ!!)
多分徹夜明けのハイテンションのせいで火事場の馬鹿力的なものが発揮されているのだろう。
「ふふふ、やっぱり不動さんもそう思いますよねぇ……じゃああの妙央ちゃんに心配かけないためにもここでしっかりと仕事を覚えてお給料でプレゼントの一つでも用意してあげてください」
「うぅ……わ、わかりましたぁ……」
目の下に濃厚な隈が縁どられた眼を向けつつ虚ろ気な微笑みを湛えてこちらを見つめてくる広子さんに、もはや逆らう術を持たない俺は素直に首を垂れるのであった。
「良い返事ですよ不動さぁん……じゃあこれから手取り足取り懇切丁寧にみっちりと業務のやり方を教えてあげますから、頑張って覚えていなくなったバイトの子達の分まで働いてくださいねぇ~」
「さ、流石に一人で複数人の業務をこなすのは……も、もっとバイトを増やしましょうよぉ……それこそ広子さんの彼氏に働いてもらえばデート感覚で仕事が……」
「うふ……うふふふふふふっ!! そんな不動さんに朗報でぇ~すっ!! 実は辞めた子の中に私の彼氏だった後輩の子がいたんですよぉ~っ!! もちろん辞めた時に振られちゃいましたぁ~っ!! だから私は今フリーでぇすっ!! うふ……うふふふふふふっ!!」
「……うわぁ……い……そ、それは嬉しいなぁ……あ、あは……あははははは……はぁ……」
一体どういう心境で行っているのか、物凄く楽しそうにそう宣言してくる広子さん。
だけど俺に向けている目が瞳孔まで開きそうなほど見開かれているせいで、俺は恐怖にも似た感情を覚えながら必死に会話を合わせることしかできないのだった。
(そ、そっかぁ……い、一緒に働いてたんだぁ……となるとつまり関係を知らなかった父親とも顔見知りではあったわけで……ま、まさか二人が別れたのも俺のせい……い、いや関係よな……具、偶然に決まってる……決まってるけど……これからはここで働く時と夜道には気を付けよう……というか広子さんに背中を向けないようにしようっと……)




