兄と女の子たち⑦
「ぐぅ……すぅ……むにゃ……」
『ピリリリリリリリリっ!!』
「ふぁっ!? な、なんだなんだっ!?」
リビングのソファーで心地よい眠りに落ちていた俺を携帯から鳴り響く無機質な着信音が叩き起こした。
反射的に音を止めようと携帯に手を伸ばしたが、そこで画面に写っている相手の名前を見て一瞬固まってしまう。
『呪われし女神@広子』
「……見なかったことにし『ピリリリリリリっ!!』……はいはい、わかりましたよぉ……」
現実から目を逸らそうとするがしつこく鳴り続ける携帯の前にあっさり屈する俺。
「ふぅ……もしもし、おはようございます広子さんっ!! 朝から貴方の声が聞けるなんてボカァ幸せものだぁっ!! 何ならば貴方の作った味噌汁が飲みたいぐらいですよっ!!」
『おはようございます不動さんっ!! ふふ、その言い方ですと絶好調みたいですねっ!! じゃあ早速いますぐ来てくださいねっ!! 待ってますからっ!!』
無理やりハイテンションな口調で話しかけてみたのだが、向こうはもっとハイなテンションで返事をしてきた。
(朝っぱらから元気だなぁ……というかもしかして徹夜明けだったり?)
「え、えっと……でも時間はまだ……というかよく見たらまだ日が登ってないんですけど?」
『ええっ!! 寝過ごしたら行けないと思って早めに連絡しちゃいましたっ!!』
「早めというかこれは早すぎといったほうが……六時の約束でしたよね?」
『善は急げって言うじゃないですかっ!! 大丈夫っ!! うちは二十四時間三百六十五日いつでも営業中ですからっ!!』
やっぱりハイテンションで勢いよく語り続ける広子さん。
(……全然大丈夫じゃない……むしろ危険状態じゃないかぁ……)
どうやらこの調子だと冗談抜きで昨夜からずっと働きづめなのかもしれない。
こんな見えている地雷的なブラック職場になど足を運びたいはずもなく、俺はついつい何とかごまかせないか頭を捻ってしまう。
「あ、あはは……それはそれは素晴らしい限りですが、俺としても朝食を食べたりして支度をしないと何とも……」
『それならウチに来れば幾らでも食べられるものがありますよっ!! 何でしたら不動さんのお願い通り私がインスタントお味噌汁作ってあげてもいいですよっ!!』
「……うわぁい、嬉しいなぁ……それでついでにアーンして食べさせてくれるなら喜んで出向いても……」
『うふふっ!! それぐらいお安い御用ですよぉっ!! じゃあ今すぐお願いしますねっ!! 助かります不動さんっ!!』
「……マジすか?」
まさかの要求が受け入れられてしまって思わず問い返してしまう。
そんな俺の耳に電話の向こうから広子さんのハイテンションな声が聞こえてくる。
『当たり前ですよぉっ!! これから不動さんとはこのお店で缶詰となって二十四時間三百六十五日ずぅっと一緒にいるんですからねぇっ!! もう家族みたいなものじゃないですかぁ~っ!! 朝のお味噌汁だって幾らでも用意しますしアーンぐらい何度でもしてあげますよぉ~っ!!』
「……ちょぉっ!? そ、そんな話は聞いてな『じゃあ早く来てくださいねっ!! お父さんと一緒に待ってますからっ!! ガチャっ!!ツーツー……』あっ!? ちょ、ちょっとまってぇえええっ!!?」
俺の返事を待たずにサッと電話を切ってしまう広子さん。
何だか途轍もなくヤバいことになってしまったような気がしてくる。
「ふぁぁ……兄貴うっせぇ……朝っぱらからリビングで騒ぎやがって……何だってんだよ……?」
呆然と携帯を眺めているところに、眠たそうに眼を擦りながら妹が顔を出してくる。
不機嫌そうでもあり今までならばこんな姿は見たくない所なのだが、これが今生の別れかもしれないと思うと名残惜しさすら感じるから不思議だ。
「……うぅ……妹よ、これからは一人で元気にやっていくんだよ?」
「……はぁ? 何言ってんだお前ぇ? 寝ぼけて……いや朝っぱらから平常運転してんのか?」
妹は俺の言葉に呆れた様子で……だけど何やらほんの少しだけ心配そうにこちらを見つめて来るのだった。
(はぁぁ……マジで行きたくねぇ……けどこうなったら仕方ない、当たって砕けろだ……まああの胸に当たれるのなら俺の人生なんか一生使いきっても割に合うかもしれないが……つーか俺を泊まり込みで働かせるぐらいなら彼氏とやらを誘えってぇの……はぁぁ……)




