兄と女の子たち⑤
『不動さん』『早く出てください』『不動さん』『何をしてるんですか』『不動さん』『無視してもいいことないですよ』『不動さん』『不動さん』『不動さん』
『お義兄さん』『何してるんですか?』『お義兄さん』『連絡出ないと怖いですよぉ?』『お義兄さん』『私の事こんな扱いして許されると思ってるんですか?』『お義兄さん』『お義兄さん』『お義兄さん』
「愛されてるなぁ俺……モテる男は辛いぜぇ……うぅ……っ」
産まれて初めて女の子たちから沢山のメッセージを貰った俺は、思わず嬉し涙……ぽい何かを漏らしてしまう。
(ま、まさかモテるのがこんなに心苦しいものだとは……なんて現実逃避してないで、いい加減どうにかしないと夜も眠れないぜ……)
ひっきりなしに鳴り続ける携帯の騒がしさに加えて、下手したら直接乗り込まれるのではと思うとマジで気安く眠ることもできない。
だから仕方なく物凄く嫌だけれど渋々と重い腕を持ち上げて鈍い動きで携帯を再度操作する俺。
「とりあえず広子さんの方は『明日また顔を出しますからどうか怒りをお鎮めくださいませ女神様』っと……これでおさまるだろ?」
『約束しましたよっ!! 絶対に来てくださいねっ!! お父さんに制服用意してもらっておきますからっ!! 朝の六時からお願いしますっ!!』
「……よし、致命傷で済んだなっ!!」
どうやら俺の返信はクリティカルヒットだったらしい……自分自身にだが。
(うぅ……昼過ぎぐらいに自動ドアの隙間からちらっと顔を覗かせて帰るつもりだったのにぃ……とんでもないことになってしまったぁ……)
何やらドンドン後戻りできない深みに踏み込んでいっている気がしなくもないが、一応それっきり広子さんからの通知は止まった。
だから後悔は文字通り後でするとして、今は残る敵の退治を優先することにしよう。
(ただ問題は優里菜ちゃんの方は何を望んでるのかもよく分からないから、どう返信したらいいものか……ん?)
『♪~♪~』
「ちゃ、着信かぁ……うぅ……出たくないけど出るしか……OHっ!? HELLっ!! ME IS GOD BOY!!」
『……うふふ、色々間違ってますよぉ……お義兄さんですよねぇ?』
外国人に成りすましてごまかそうとしたが、すんなりとバレてしまったようだ。
「……はい、私は妙央のお兄さ……んん? お義兄さん?」
今更ながらに優里菜ちゃんの送ってきたメッセージに『お義兄さん』と書かれていたことに気づく俺。
『はいっ!! 少し気が早すぎるかもしれませんけど、私の中では既にお義兄さんなんですよっ!!』
「そ、それって……つまりその……どゆこと?」
『つまり私と妙央ちゃんは将来結ばれる仲だということですよお義兄さんっ!!』
「な、なんだってぇええええっ!?」
思わぬカミングアウトに流石の俺も動揺を隠せず思いっきり叫んでしまった。
(な、何と言うことだ……まさか妹の奴あの年で既に婚約していただなんてっ!! というかあいつを貰ってくれる奴がいるなんてっ!!)
信じがたいことだが、相手の力強くも情熱的な発声は嘘を言っているようには思えなかった。
『うふふ、驚きましたかぁ?』
「そ、そりゃあまあ……そっかぁ、通りで仲がいいわけだなぁ……だから妹のパンツを買っ……んん?」
まるで全ての謎が解けたようで納得しかけたが、よく考えたら余計に訳が分からなくなってくる。
(ま、まあ妹と婚約するほどの仲ならそういうものに興味を抱いても不思議ではないけど……本当に婚約するほど親しいなら幾らでも手に入れる機会なり手段なりがありそうなもんだけど……?)
むしろ下手にこんな危うい方法で妹の私物を入手していたら、それこそバレた時に失望されて婚約解消を言い渡されそうなものだ。
尤も二人とも学生なのだからちゃんとした婚約ではなく、単純に言葉の上で約束した程度だろうけれど……どちらにしても嫌われなけない行為であることは明白ではないか。
『私みたいな美少女がラブラブな関係である妙央ちゃんの私物を内緒で集めてるのが不思議ですか?』
「だ、だってどう考えてもおかしいじゃないかぁ……あんな大金出してまで……そう言えば学生なのにあのお金はなんなの?」
『あれはただのお小遣いですよぉ……うちは無駄に裕福ですからねぇ……本当に意味も無くお金だけ……はぁ……』
だからつい突っ込んで事情を聴きたくなるけれど、何故か向こうの家族の話題が出ると急に優里菜ちゃんはため息をつき始めた。
(うぅん……これは何か家庭内に事情が……っと凡人なら推察するところだが、名探偵である俺の目はごまかせないぜっ!! これは俺に空気を読ませてこれ以上質問させなくするための罠だっ!!)
完璧に優里菜ちゃんの思惑を見抜いた俺は、電話口の前でニヤリとほくそ笑みながらハードボイルドな渋い声であえて詳しい事情を聴き出すことにした。
「ふっ……その話もう少し詳しく聞かせてもらうか……」
『え……い、いやこんなこと話しても……そ、それよりもお義兄さんのフリマサイトの件を……』
「いや、そっちが先だ……幾ら俺が屑でも未成年の女の子にあんな大金を動かすような真似をさせるわけには……」
『……そ、そうですかぁ……次の品は倍の二十万円で買い取らせてもらうつもりだったんですけどぉそのお話をしないといけな……』
「でもまあ女の子には秘密の一つ二つあったほうが魅力的ですもんねっ!! へっへっへ、毎度ありがとうございまぁ……はっ!?」
倍という言葉を聞いた時点で気が付いたらへりくだってしまっていた。
別に俺はそこまでお金に執着がないはずなのだが……お金の魔力とは何と恐ろしいものなのだろうか?
『……ふふふ……なるほど……やっぱり妙央ちゃんの言う通りなんですねぇお義兄さんは……』
「ふぇ? お、俺が何だってっ!? 日本一のヘタレだとか世界一の間抜けだとか宇宙一殴り心地の良いサンドバッグだとかそんな話ですかぁっ!?」
『あはははぁっ!! もぉお義兄さんたらぁ……ふふふ、でもそういうノリの良い人嫌いじゃないですよぉ?』
そこで電話口から聞こえてきた優里菜ちゃんの笑い声は、直接会った時に見せていた含みのある物ではなく純粋に楽しそうな響きが込められているように思われるのだった。
(……よくわからんがこれは気に入られたってことなのか? うぅ……広子さんに続いてまた厄介そうな女の子に気に入られてしまったぁ……どうしてこうなるんだよぉ……ぐすん……)




