兄の威厳を取り戻そう③
「妙央様ぁ……そろそろご機嫌治してくださいよぉ~」
「……うるせぇゴミが……人の言葉喋んな……」
「……クゥ~ン……ワンワン……」
「…………」
目の前で妹が不機嫌さ全開で朝食を貪っている。
どうやら未だにご機嫌斜めのようだ。
(やれやれ……あれだけ土下座してやったのにまだ足りないのか……過ぎたことに拘りまくるなんて困った奴だぜ)
一体昨夜はどれだけ土下座しただろうか。
おかげで床にぶつけまくった額が痛い……まあそれ以上に殴られ蹴られ踏みつけられた背中と心が痛いのだけれども。
尤も今の俺にとって大事なことは机の上に置かれている朝食をどうやって頂こうかということだった。
(くそ、これ見よがしに二人分作りやがって……勝手に食べてやりたいけど手を伸ばしたら凄い目で睨みつけて来るんだもんなぁ……)
俺を睨みつけながらわざとらしく歯を鳴らしご飯とオカズを一緒くたにかみ砕いて飲み干していく妹。
この調子では下手に手を伸ばそうものなら、俺の指まで食いちぎられてしまいそうだ。
(本来の意味での)据え膳を食わぬは男の恥というがこんな状況で手を伸ばせる奴が居たら逆に見てみたい。
(だけど用意された食事の前で待機させられていると、まるで待てと躾けられている犬になったような気がしてくるなぁ……よし、ならいっそ犬に成りきって妹のご機嫌を取ってみるかっ!!)
「ヘッヘッヘッヘッヘ……」
「…………」
「クゥン……クゥゥン……」
「…………」
だから逆転の発想で犬に成りきった俺は、床に寝ころびお腹を見せて服従のポーズを取ってみる。
しかしそんな俺を妹は冷たい目で見下したかと思うと、完全に無視しようとしてくる。
こうなると虚しさが湧き上がる……よりも絶対に反応させてやりたいと思ってしまうのが俺の悪い癖だった。
「ウゥゥ……ワンワンっ!! ワンワンっ!!」
「…………」
「ワォオオオオオオンっ!! ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンっ!!」
「あぁああああああっ!! うっせぇええ!!」
(よしっ!! 俺の勝……げふぅっ!?)
夢中になって吠え続けた結果、ようやく妹の意識をこちらに向けさせることに成功した。
思わず心中で勝利宣言をしたのもつかの間、次の瞬間には雷光のごとき妹の蹴りがお腹にクリーンヒットしていた。
「お前は何なんだよマジでっ!? 少しは黙って反省することも出来ねぇのかっ!? あぁっ!? それともあたしを本気で馬鹿にしてんのかっ!?」
「うぐぐ……い、いやそういうわけじゃなくてその……つい盛り上がってしまったと言いますか……楽しくなってしまったと申しますか……」
「わけわかんねぇよお前っ!! 本当にさぁっ!! 昨日のあれだってどうせ悪ふざけの一環なんだろうけどいい加減にしろよっ!! お前がそんなにおちゃらけなくてもあたしはもう普通に笑え……くそっ!!」
怒髪天を衝くと言わんばかりに怒り狂っていた妹だが、何故か途中で舌打ちしながら発言を止めた。
(普通に笑える……? むしろ俺の目には怒りの表情しか映っていないんだが……何言ってんだこいつ? 狂ったか?)
意味不明だがこれ以上痛い思いをするのはごめんだから、真面目な振りでもして話を合わせておくことにする。
「そうか、妙央はもう普通に笑えるのか……ならその証拠を見せてくれないか?」
「あっ!? はぁっ!? な、何言ってんだ急にっ!?」
「俺はここの所ずっとお前の怒っている所しか見てないからな……ちゃんと笑えるのか不安なんだ……さあお兄ちゃんに可愛い妹の満面な笑顔を見せておく……ぐほぉっ!?」
「だ、だから可愛……とかいうなっ!! ど、どうせまた一時しのぎの為の真面目ぶったふりなんだろっ!! そんな何度も騙されっかっ!! たく……何が笑顔を見せろだ……そ……そう簡単に見せれるか……馬鹿、兄貴……」
どうやら演技だとバレていたようで、思いっきりお腹を殴られてしまった。
(い、痛かったぁ……ただ笑顔にさせれば機嫌も直ってご飯食べて良いよって言ってくれると思ったんだが流石に浅はか過ぎたかぁ……)
尤も一通り暴力を振るって気持ちが落ち着いたのか、段々妹の威勢が落ちていくのが目に見えてわかる。
これなら後は怒りの火に油を注がないよう黙っていれば問題はないだろう。
(だけどどうせなら冷や水をぶっかけた方が早く火は消えるよな……つまり黙っているよりそれっぽいこと言った方が良いっ!! そうに決まってるっ!!)
「はぁはぁ……わ、わかったよ妙央……お前がそう言うなら今は我慢するよ……だから代わりに一つ頼んでもいいか?」
「……ちっ……何だってんだよ?」
「……そろそろご飯食べていいですか?」
「はぁ……あぁっ!? テメェそれが狙いかっ!? やっぱりただの演技じゃねぇかっ!! クソがっ!!」
「ひぃっ!? い、怒りが再燃したぁっ!? な、何でだぁっ!?」
何故か俺の思惑とは外れて、妹は再び怒鳴ったかと思うと拳を振り上げ始めた。
(ああっ!! お、俺の馬鹿ぁっ!? ま、また殴られ……ん?)
しかし妹は拳を持ち上げたまま固まったかと思うと、少しして盛大にため息をつきながらゆっくりと手を下ろすのだった。
「……はぁぁ……もういい、疲れたわ……さっさと飯食え」
「お、おお……サンキューマイシスターっ!! その優しさに僕はいつだって救われて……」
「うっせぇなぁ……別に許したわけじゃねぇけどこれ以上殴ってお前の顔に痣でも出来たら面接に差し支えるだろ……だから続きは帰ってからだ」
「えぇ……ムグムグ……そ、そんなぁ……パクパク……勘弁してくださいよぉ……モグモグ……」
とりあえず許可が出たことで妹の気が変わらないうちにと、会話の途中で飯を掻き込む俺。
そんな俺を再度見た妹は、もう一度盛大にため息をついたかと思うと席を立ってしまうのだった。
「駄目だ、その様子からしても全然反省してねぇからなぁ……まあでも面接受かってたら特別にチャラにしてやんよ……だから頑張れよ……」
「むぐむぐ……ふぁぁぁい……モグモグ……」
「たく……じゃああたしはそろそろ学校いくからな……ちゃんとした服を着て、何が有るか分かんねぇんだからハンカチとちり紙も用意して行けよ?」
「んぐぐ……んぐぅ……はぁぁ……大丈夫大丈夫、ちゃんとハンカチもチリ紙も探して持ってい……ん?」
適当に返事をしながらも妹の言葉に影響されて何気なく寝間着のポケットに手を入れた俺は、そこで何かが入っていることに気が付いた。
(あん? 何でポケットに布の感触が……寝間着になんか何も入れた覚えはないんだが、これは一体……げげぇっ!!?」
「見つけるだけじゃなくて皺が付いてたらちゃんとアイロンかけて伸ばしていけよ? そういう細かいところも見る奴はちゃんと見てるもん……ああ、後ちゃんとパ……お父さんとお母さんにも挨拶して行けよ……もちろん家を出る時は蝋燭とかの火の始末も忘れんな……火事になったらマジでシャレにならねぇからな?」
「お、お、お、お、お、おうっ!! わ、わ、わ、わ、わかったぜっ!! ちゃ、ちゃ、ちゃんとちり紙にアイロンかけてから持ってくぜっ!! だから安心して行ってくると良いぜっ!!」
「何焦ってんだおめぇは……つーかチリ紙にアイロンかけたらそれこそ火事になんだろうが……流石に冗談なんだろうが不安にさせるようなこと言うんじゃねぇよ……」
「わ、わかったからっ!! 俺頑張るからっ!! 妙央も頑張ってっ!! エイエイオーっ!!」
「……何だってんだよ急に……時間が有れば問い詰めてやんのに……ちっ!!」
(い、良いから早く行ってくれぇっ!! あぁ、何であいつのパンツがポケットに入ってんだよぉっ!? こ、こんなの持ち歩いてるって誤解されたら今度こそ執行猶予無しに殺されるぅっ!!!!)