兄と仕事とパンツ⑯
「ピコンピコンピコン、ひぃぃぃ……ってあれぇ?」
コンビニの駐車場へ足を踏み入れた俺は来るべき通知音ラッシュに先回りして驚いておくことにした。
しかし何故かそう言う時に限って携帯は全くならなくて、俺は骨折り損のくたびれ儲けだった。
「はぁぁ……なぁんだぁ……っと見せかけてこのタイミングでピコンピコンピコンとひぃぃぃ……ってあれぇ?」
絶対にフェイントを食らわせてくると思ってやっぱり先に悲鳴を上げておいたのだが、やっぱり無駄になってしまったようだ。
(ど、どうしたんだコレは……い、いやこれは前振りだ間違いないっ!! 俺は絶対に騙されないぞぉおおおっ!!)
いつどこでどんなタイミングでなるのかは分からないが、俺には必ず通知音ラッシュが来ると言う確信があった。
きっとこちらが油断したタイミングを見計らうことで、俺が色んな体液をお漏らししながらごめんなさいと言うところを写真に収めて弱みを握るつもりなのだろう。
「ふっ……甘いな、俺はお漏らし写真をばら撒かれたってへでもないぜ……そしてもう一つ、このことからわかることがある……俺の弱みを握りたい奴、それは一人しかいないっ!!」
今度こそ俺はこの通知音ラッシュを鳴らしている相手=妹の私物を集めている相手の正体を突き止めた。
だからあえて俺はこちらを観察しているであろう相手に向かって高らかに宣言した。
「どこかで見てるんだろうが残念だったなマイシスターっ!! 俺なんかの弱みを握ろうとわざわざ考える奴はお前しかいないっ!! つまり妹の私物を買いあさっている相手の正体は妹……あれぇ?」
一体どうして妹が大金を払ってまで妹の私物を買いたがるのだろうか?
新たに浮上した謎に流石の名探偵である俺も困惑を隠せない。
(謎が謎を呼ぶ大事件とはまさにこのことか……だが負けないぞっ!! 名探偵マサノブは妹以外にはくじけないのだっ!! あれ? でも妹が絡む謎だからくじけてもいいのかな?)
またしても新たな疑問が産まれてしまい、俺は困惑の余り首をかしげてしまう。
(うぅん……何だか色々と調子がくるってるなぁ……どうやら俺はあの通知音ラッシュを聞かなければ満足できない身体になってしまったらしい……ピコンピコンピコン……はぁはぁ……い、今すぐ聞きたいぜぇ……)
大切な物は失って初めて気づくとはよくいうものだが、俺にとってはあの通知音ラッシュがそうだったのだろうか?
「うぅん……まあこの商品を発送すれば感想なり何なりが送られてくるデショデショ」
まあ深く考えても仕方ないので当初の目的をさっさと片付けて帰ることにする。
その為にコンビニの入り口に向かって足を進めようとして、ちょっと違和感を感じた。
何故なら普段はがらんとしている駐車場に大きく派手なバイクが何台も止まっていて、しかもその周りにはゴミと思わしき紙袋が散乱しているのだ。
「……おやおやまぁまぁ……野生のバイクさんは派手に餌を食うんじゃのぉ」
恐らくこのゴミの山は十中八九どこかから沸いてきたこの野生のバイクを乗り回している原住民が散らかしたものだろう。
(駄目だぞぉ、ペットの出した物はしっかり持ち帰らないと……多分改修道具を忘れたんだろうなぁ……仕方ない協力してやるかな)
俺はササっとバイクに近づくと近くに散らばるゴミを集めて、とりあえずヘルメットやら備え付けのバックやら大きなマフラー管などの入りそうな場所に詰めれるだけ詰めてやる。
その上で残ったゴミはお店で袋でも買って入れておき後で処分しておこうと思い、とりあえずお店に足を踏み入れて見た。
「だからぁさぁ、そこのタバコ売ってくれればいいんだってのっ!! 融通の利かねぇ女だ……はぁっ!?」
「で、ですからぁ……年齢制限がぁ……あっ!? ふ、不動さぁんっ!?」
「ありがたや……ありがた……はっ!?」
またしてもいつも通りお店に入るなり跪いて女神様を拝んでしまう……のだが今回は先客がいたようだ。
カウンターの前におっきい背丈の逞しそうな男の人が何人もいて、彼らはゴミを腕に抱え込みながら店内に入ってきていきなり正座して拝みだした俺を呆気にとられたような顔で見ている。
「な、なんだお前っ!? ど、どっかのホームレスかっ!?」
「いやいや、驚かせてどうも誠に申し訳ございません……私は名探偵兼怪盗という職を自称しておりますマサノブと申します、はじめましてどうも」
彼らの中の一人が大声で話しかけてきたのでとりあえず笑顔で対応し、握手しようとゴミ塗れの右手手を差し出してみた。
「あ、ああこれはご丁寧に……って汚ねぇよっ!!」
「あらら、これは失敬……じゃあ左手で……」
「だ、誰がするかっ!? つうかなんだテメェはっ!?」
「ああ、もう一度名乗りましょうか? 我が名はマサノブっ!! 毎日妹にいぢめられても健気に生きてる素敵な子っ!! はい拍手ぅっ!!」
「パチパチ……ってああぁああっ!! な、なんなんだよテメェはぁっ!?」
二度も自己紹介したのにどうやら彼らはまだ分かってくれないらしい。
二度あることは三度あるというし、これ以上説明しても無駄だろう。
「はぁぁ……いやもう結構、あなた方と話していても疲れるだけだ……少し黙っててください」
「はぁっ!? ば、馬鹿にしてんのかっ!?」
「いやあんたらは察しが悪いだけで馬鹿なのは俺の方だぞ?」
「あぁっ!? な、何が言いたいんだよお前はっ!?」
しかし彼らは何故か執拗に俺に絡んでくる。
(一体何なんだろうこの人達……多分さっきのバイクの飼い主なんだろうけど……そんなに俺とお話したいのかなぁ?)
考えて見ればこんな風にまともに人と会話するのはいつ以来だろうか?
広子さんは店員とお客の関係だし妹は暴力魔人……もとい身内だ。
また他の人達とも立場があっての会話しかしていないのだが、彼らは対等な目線で話しかけてくれているではないか。
そう考えると妙に親近感が出て来て、俺は思わずフレンドリーに話しかけたくなってしまう。
「おおっ!! 俺の話を聞いてくれるのかっ!? 君たちはなんていい奴らなんだっ!! じゃあ早速聞くも涙語るも涙、しかして全てが終わる頃には笑顔が溢れる一大スペクトル……スペクタクルな俺のお話をこんこんと語ってあげようじゃないかっ!!」
「わ、わけわかんねぇこいつ……さっきまで俺達を露骨に見下してたくせに急に親し気に……な、なんなんだよ……?」
「お、おいこの話の通じなさ……それでいてこのマジな目……や、薬でラリってる奴そっくりじゃねぇか?」
「ま、マジだ……お、おい逃げるぞっ!! こんな奴に関わってられっかっ!!」
「あっ!? ちょ、ちょっとぉっ!! 何なら俺の家に招待するから一緒に語り合おうよぉっ!?」
何故か真剣に話そうとしたら途端にみんな逃げて行ってしまった。
(……ふん、これだから人間は嫌いさ……ぐすん)
ちょっとだけ涙が出そうになるが上を向いて何とか堪えることに成功した。
「うぅ……ぐすっ……ひ、広子さん袋売ってくれ……っ!?」
「あ、ありがとうございます不動さんっ!! あの人たちずっと絡んでてとても困ってたんですよぉっ!! な、涙ぐんで怖かったんでしょぉっ!? わ、私も怖かったんで気持ちはよく分かりますぅっ!!」
「え……い、いやそういうわけじゃ……」
「か、格好つけなくてもいいですよぉ……ううん、十分格好良かったですよぉっ!! そんな涙ぐむぐらい怖いのに私を助けてくれて……ありがとうございます不動さんっ!!」
「あ……ああ……え、ええと……う、うんじゃあそういうことで……」
笑顔で俺のゴミで汚れる手を取ってぶんぶん振り回してくる広子さん。
何か思いっきり勘違いしている気がするが、この調子では何を言っても無駄だろう。
(はぁぁ……やっぱり俺の言葉をちゃんと聞いてくれる人はいないのね……うぅ、対等なお友達が欲しいなぁ……ぐすん……さっきの人達戻ってきてくれないかなぁ……?)
急に話し相手が欲しくなり思わず外へ視線を投げかけた俺だが、結局彼らが戻ってくることはなかった。
ただバイクの音が鳴る前に悲鳴じみた声が聞こえた気がしたが……まあ悪霊か何かに呪われてそうなこの土地ではよくあることだ。
とにかく戻ってこない奴らのことを考えても仕方がないので、俺はさっさと彼らのことは忘れて改めて目的を果たすことにするのだった。
「えっと……それより広子さんにお願いがあるんですが……」
「は、はいっ!! 何でも言ってくださいっ!! 助けてくれたお礼ですっ!!」
「あーじゃあ、悪いけど……ただでレジ袋頂戴?」
「えっ!? あ、あの……そ、そんなお願いで良いんですか?」
「いやだって……早くゴミ処分したいから……駄目ですか?」
「い、いや良いんですけどぉ……土、どうせならもっと高い物要求するとかぁ……そ、それにそのゴミってさっきの人達が散らかしてたものですよねぇ……それをわざわざ……な、何というか本当に不動さんって……良く分からない人ですよねぇ……欲とかないんですかぁ?」
(欲なら沢山あるんだけどなぁ……ただその時その時で一番したいことを優先してるだけなんだが……特に今は早くお手手を綺麗にしたいだけなんだが……早く渡してくれないかなぁレジ袋……)




