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兄の威厳を取り戻そう②

「お邪魔しまーす」

「……すぅ……くぅ……」


 夕食を食べ終えてお風呂にもじっくり漬かり幸せ気分な俺は、そのままの勢いで妹の部屋へと侵入した。

 もちろん狙いは毛布なのだが、既にベッドでは妹がぐっすり眠っている。


(お前さぁ……毛布持ってって良いって言ったのに全部被って寝てんじゃねぇよ……こうなったら一枚ぐらい無理やりはぎ取って……駄目だ、こんなに気持ちよさそうに眠っている妹を起こしたりは出来ないっ!!)


 起きているときの暴言とは打って変わって、すやすやと可愛らしい寝息を立てている妹。

 しかし俺は知っている……気持ちよく寝ている人間は途中で起こされると物凄く不機嫌になるということをだ。

 まして年がら年中不機嫌全開の妹ならばどれほど怒り狂うことか。


(絶対に殺されるっ!! 間違いないっ!! こいつはやるときはやる女だっ!! いや男だっけ? と、とにかく俺は命が惜しい……わけじゃないが痛いのは嫌だっ!!)


 死ぬときは睡眠薬をがぶ飲みしてやろうと心に決めているぐらい痛みに弱い俺としては、こんな暴力装置のスイッチを入れるような真似は出来なかった。


(しかし困ったなぁ……寝具は全部売っぱらったし、ここで毛布を貰えないとまたバスタオル一枚で夜を明かす羽目になりかねない……いや、別に慣れてるからいいんだけど……せっかく許可貰ったのになぁ……)


 いっその事ベッドの中に忍び込んで一緒に寝てやろうかとも思ったが、その際の振動で普通に起きそうだし、何より朝を迎えた後のことを思うと……血の雨が降りそうだ。

 流石の俺でも面接に包帯を巻いていくのは……楽しそうだからやってみたいような気もするが、やっぱり止めておくことにした。


(ちぇ……せっかくこんな虎穴染みた場所に入ったのに何の収穫も無しかよ……)


 妹の部屋というある意味でのデンジャーゾーンに足を踏み入れたのはいつ以来になるか。

 少なくとも反抗期を迎えてからは一度もないはずで、何となく見回してみると室内の様子も変わっているような気がする。


(へぇ、こんな大きな鏡いつの間に……ふぅん、クローゼットだけじゃなくて洋服タンスまで持ち込んじゃってまぁ……んっ?)


 そこでふとタンスの上に何かが安置しているのに気づいたが、室内が真っ暗なせいでよくわからない。

 だから近づいて確認したところで、その正体に気づいた俺は思わず手を伸ばしていた。


「お、お前は……ピエールじゃないかっ!?」


 大昔に俺が家族と水族館へ遊びに行った際に買ってもらった……そして泣き止まない妹を宥めるために渡したイルカのぬいぐるみだった。

 まさかあそこまでガサツに育った妹が未だに処分せずに残してあるとは思わなかった。


『よぉ相棒……久しぶりだなぁ……』

「そうだなぁ、こうして話すのは何年ぶりだろうか……」

『さあなぁ、それは分からねぇがあの化け物とひとつ屋根の下で暮らしながらお互い無事で何よりだぜ』

「全くだ……ところでお前がここにいるってことは、まさかブラウンとダニーの奴も……?」


 昔のように一人二役でピエールと会話しながらタンスの上に他の仲間がいないか探してみる。

 すると奥の方で指先が何かに触れて、そっと摘まみながら引っ張り出すと思った通り熊とワニのプチぬいぐるみが姿を現した。

 どちらもまだ幼かった妹に買ってあげた物だが、どれもこれも意外なことに埃一つ被らず綺麗な状態が保たれていた。


「おおっ!! お前らも無事だったのかっ!?」

『へへ、旦那久しぶりでさぁ……あっしがそう簡単にくたばるわけありやせんぜ』

『おほほほ、其方も健在そうでなによりでおじゃる』

『ふ……まさかまたこの伝説のパーティが揃う日がやってくるとはなぁ……』


 かつて妹をあやす為にしていた一人で四役をこなす技術は未だに衰えていないようだ。

 しかしそれ以上に懐かしい顔ぶれが揃ったことで、俺のテンションは天井知らずに上がっていく。


「ああっ!! かつては魔王を退治しようと旅をしていた俺達だっ!! 四人揃った今、もはや敵はどこにもいな……」

「うぅん……お兄ちゃ……煩……」

「っ!!?」


 騒ぎ過ぎたのか妹が寝言を呟きながら寝返りを打った。

 慌てて起こさないために口元を押さえつつぬいぐるみを元あったところへ戻す俺。


(うぐぐ……で、伝説のパーティを寝返り一つで瓦解させるとはぁ……この地獄の帝王めぇ……お、起きて来ませんよね?)


 せっかくの楽しみを台無しにされた俺は義憤を胸に抱きつつも、音を出さないよう洋服タンスへ張り付き身体を硬直させる。

 そして偉大なる妹様の様子を伺うが、どうも起き上ってくる気配はなさそうだ。


「……すぅ……くぅ……」

「ふぅぅ……へへ……お、驚かせやがって……」


 再び寝息が聞こえてきたことでようやく俺は安堵して胸を撫でおろすことができた。

 しかし妹の傍にいる以上、いつまた似たようなヒヤリハット事例を経験する羽目になるか分かったものではない。  


(本当にデンジャーゾーンすぎるなここは……こうなりゃ長居は無用、さっさと逃げるに限るぜっ!!)


「よぉし、もう(もう)布のことは諦めて精神が摩耗(もう)する前に(もう)烈な勢いで妹の捜査網(もう)(もう)点を通れると(もう)信してもう……もう……えっと、牛がモウモウ泣くような(もう)細血管の破裂前に……」

「うぅん……お、お兄ちゃ……だ、駄目ぇ……」

「っ!?」


 部屋から脱出しようと意気込み過ぎて、またしても騒がしくしてしまったようだ。

 再度妹が寝返りと共に寝言を漏らしたのが聞こえて来て、反射的にその場を飛びのいた。

 しかしそこで身体の一部が引っ張られる感触がしてバランスを崩してしまう。


「うおっ!? 痛っ!? なぁっ!?」

「はにゃぁっ!?」


 ドスンと物音を立てながら床に転んでしまった俺だが、更に遅れて上から箱状の何かが落ちて来たかと思うと次いで布切れのようなものがハラハラと降り注いでくる。

 何が起きたのか理解できず困惑している俺だったが、そこへ妹のものと思われる声が聞こえて来た。


(や、ヤバいっ!! 流石に起きたかっ!? こ、こうなったら逃げるが勝ち……い、いやここはいっそ潔く土下座したほうが……っ!?)


 どちらにしても体勢を立て直したほうがよさそうだ。

 そう判断して身体に掛かっている布切れを避けようとして……それが女性の下着であることに気が付き、流石の俺もフリーズしてしまう。


(はっ!? えっ!? な、何が……ま、まさかっ!?)


 ふと床の上を見れば洋服箪笥の引き出しが一つ横倒しになって転がっているではないか。

 しかも取っ手の部分には俺の寝間着のズボンからはみ出ている紐が絡みついていた。

 恐らく俺が洋服タンスにしがみ付いた際にでも引っかかったのだろう……その上で飛び跳ねた結果、下着の入っていた引き出しが丸ごと飛び出してしまったようだ。


(おおうっ!? こ、これは流石に不味いというか……こ、殺されるっ!!)


 妹の下着塗れという最悪すぎる自らの状況を把握したことで、一気に血の気が引いていく。

 幾ら何でもこんなところを見られたら言い訳もくそも無い。

 仮に逆の立場で妹が俺のトランクス塗れになっているところを見たらドン引く……どころか何かあったのではと心配になる気がする。


(あれ? そう考えると大丈夫じゃね? きっと妙央も実の兄が自分のパンツ塗れになっているところを見たら不快になるより先にどうしたのか聞いてくれるはずだ……なら堂々と頭を下げれば大丈夫に決まってるぜっ!!)


 そう思って下着がばら撒かれている床の中心に正座して、いつでも土下座できる体勢をとり妹の反応を待つ俺。

 果たして少しすると暗闇の向こうから妹がベッドから上体を起こしたらしい気配が伝わってきた。


「んぅ……ふぁぁ……お兄ちゃぁん……?」

「はい、お兄様です……おはようございます妙央様……」

「ここでなにして……んんぅ?」

「実は妙央様のご温情を有難く承ろうと毛布をお譲りしていただきに参ったのでございますが、服が洋服タンスに引っかかり中身をばら撒いてしまった次第でございまして……」

「お布団ならお部屋に敷いておいたよぉ……来るの遅いんだもぉん……それで何をばら撒いたのぉ……?」


 どうやら地獄の帝王……もとい妹はまだ完全に覚醒しているわけではなさそうだ。

 その証拠とばかりに、普段とは口調がまるで違う幼子のような舌足らずな声を発している。

 

(このチャンスを逃す手はないっ!! ここで大したことじゃないと伝えて眠りに戻って貰えば俺の勝ちだぜっ!!)


「ご安心くださいませ、ただ下着を軽くばら撒いてしまっただけのこと……しっかり元に戻しておきます故、どうか妙央様に置かれましてはこのままご就寝の程をごゆるりとお楽しみくださいませ」

「んもぉ……ちゃんと片付けとい……んっ!? い、今なんて……ってか何でお前がここにいんだよっ!?」 

「っ!?」


 何とかやり過ごせたかと思ったが、何故か妹は突然跳ね起きたかと思うと手元にあるリモコンで電灯を点灯させてしまう。

 途端に室内が昼間のように明るく照らし出されて……こちらへ顔を向けて来る妹と目と目があった。

 何やら俺の様子を見て呆気にとられた様子で大口を開けて固まる妹に、とりあえず悪意が無いことを証明しようとして微笑んでみる俺。


「───っ!!?」


(あ……これは……不味いっ!!)


 一瞬で顔中耳まで真っ赤に染め上げた妹は声にならない声を発しながら毛布を吹き飛ばし、ドタドタと足音を立てながらこちらへ猛烈な勢いで突進してきた。

 

(こ、このままじゃ殺されるっ!? ど、どうする俺っ!? 戦う逃げる防御降参……って間に合わねぇっ!?)


【妹はこちらが身構える前に襲い掛かってきた!!】


「こ、この変態がぁあああああっ!!」

「ま、待ってっ!! げふっ!! マジで待ってっ!! ごふぅっ!! ご、誤解だからっ!!」

「誤解もくそもあるかぁっ!! 下着塗れで微笑んでる奴が変態以外の何だってんだよっ!! ああくそっ!! 本当に何考えてんだよお前はぁああっ!?」


 もはやなすすべもなく、俺は理不尽極まりない妹の暴力に耐え続けることしかできないのだった。


「がはっ!? げほぉっ!? た、助けてくれピエールっ!! ブラウンっ!! ダニィイイイイっ!!」

『俺達にはもうどうすることも出来ねぇ……許せ相棒』

『済まねぇ旦那ぁ……臆病なあっし許してくんなされ……』

『麻呂にも出来ぬことはある……許してたもれ……』

「あぁっ!! そ、そんなぁああっ!!」

「うるせぇんだよっ!! 人の思い出汚すような真似すんじゃねぇよっ!! このド変態がぁあああっ!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] これはまあ、事故なので可哀そうではある。ただのラッキースケベで済ましてもらえないのは、やはり日頃の行いからだろうか。
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