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兄と仕事とパンツ⑭

「うぅ……ひ、人前で年下の妹に暴力を振るわれるなんて恥ずかしぃ……もうお婿さんに行けないわぁ……」

「ふん、よく言うぜ恥なんて感情持ってねぇ癖に……大体、お前みたいな奴と結婚したがる物好きなんか元々この世にいるとは思えねぇよ……」


 ようやく自宅に返ってきたところで外で受けた仕打ちの数々を思い出し涙を流す俺を、台所で料理を作っている妹は振り向きもせず鼻で笑い飛ばした。

 ちょっと悔しいけれど実際のところ恥なんてものはとっくの昔に振り切ってしまったし、異性にも産まれてこの方モテたことがないので何一つ言い返しようがなかったりする。


「そういうお前だってそんな暴力的じゃお嫁の貰い手無くなりかねないんじゃ……おぅっ!?」

「お前が変な真似しなきゃあたしは暴力なんざ振るわなくて済むんだよっ!! 他人事みたいに言ってんじゃねぇよ……全く……それより明日こそ絶対にコンビニに行くからな?」

「はぁい……わかってますよぉだ……」


 妹の本日何度目になるか分からない確認の言葉に俺は適当に頷いて見せる。

 あの優里菜という少女が絡んできたせいで時間が遅くなり、また俺の服が汚れてとても謝罪に行くような恰好ではなくなってしまったせいで今日のところは謝りに行くのを断念せざるを得なかったのだが、それがよほど気になっているようだ。


(やれやれ……もうコンビニの店長は理性を無くした悲しきゾンビとなり果ててるってのに……どうして俺の言葉を信じてくれないのやら……)


 明日もまた無駄足を踏まされると思うと今から気分が落ち込みそうで、何か前向きになりそうな材料を探し求めたくなる。


(……そうだ、どうせなら謝罪に行くついでに例のお仕事を済ませちゃおうっと」

「あん? 仕事ってお前コンビニは結局駄目になったんじゃ……いやそう言えば何か新しい仕事がどうとか言ってたような……?」

「おぉっとぉっ!?」


 ついついノリで考えていることを口にしてしまった俺……もしも具体的な内容を喋っていたら今頃はミンチになっていただろう。

 我ながら色々と軽率すぎるような気がするが、どうやれば引き締められるのか自分でもわからないから困ったものだ。


「そんでその新しい仕事って何なんだ? どこで何を何時間ぐらい働いて幾らぐらいの時給で福利厚生とかはどうなって……」

「ま、待て待て妹よ……そんな一度に聞かれても答えられんよ……お兄ちゃんのお口は一つしかないんだからな?」

「んなことわかってるてぇの……それより一つずつで良いから答えてよ……気になるんだから……」


 わざわざ料理の手を止めてまで俺の傍にやってきて色々と尋ねて来る妹。


(うぅん、これはやっぱり……彼氏を連れ込むために俺が留守にする時間を確認したいんだろうなぁ……他の質問はそのカモフラージュってところか……ふふふ、しかしこの名探偵マサノブには丸っとお見通しなのだっ!!)


 妹の意図を完璧に見抜いた俺は内心でニヤリとほくそ笑みながら、わざとらしく尊大に口を開いた。


「うむうむ、其方がそこまで懇願するのなれば特別に教えて進ぜようではないか……麿は先日より転ば……個人商店を開くことにしたのじゃよぉ~」

「……は?」

「……いやだからね、フリマサイトを利用して大企業が切って捨てるような狭い範囲の需要をピンポイントで攻めることで利益を獲得する商売を思いつきまして……」

「……それただの転売屋……いやそれ以下で前みたいに単純に日常品を切り売りして日銭を稼ぐだけってことでしょぉ……お兄……兄貴、それは仕事のうちに入らねぇって……」


 少しは期待していたのか最初は目を輝かせてうんうん頷きながら聞いていた妹だが、最後の方になると露骨に呆れた様子を見せてくる。


(やっぱりなぁ……この仕事だと俺が家から出ないから認めたくないんだな……だが残念、お前が考えている以上に俺の商才は素晴らしいのだっ!!)


「ふっふぅん、いやいやそうじゃないんだなぁ……ただ単に日常品を切り売りするんじゃなくて相手が普通には手に入れられない高品質な物を俺のフリーな自由時間を活かして入手して渡すことにより普通に働くのと同じぐらいの収入が……」

「はいはい……やっぱりどう言いつくろうとただの転売屋じゃねぇか……そんな変な商売するより普通に安定した職についたほうが絶対良いってばぁ……大体貧乏農場まっしぐらな兄貴がその高品質な物とやらをどうやって仕入れるつもりなのぉ?」

「ははっ!! よくぞ聞いてくれたっ!! それこそがこの商売の要であって俺が現代の錬金術師を自称するようになったきっかけでもある物語であり、聞くも涙語るも涙しかし最後には笑顔が待っているという驚きの一大スペタクル的な背景が……」

「……一大スペクタクルのことかなぁ……というかもったいぶってないで早く言ってよ……じゃないと私、料理に戻るよ?」


 せっかく人が盛り上げているのに、もう聞く価値もないとばかりに冷たい目で睨みつけるだけの妹。


(やれやれ、こらえ性の無い奴だ……しかしこんな生意気な奴でも俺にとっては可愛いと思えるところがない訳でもない妹だからな……特別に教えてやるとしよう)


「わかったわかった、聞いて驚くなよぉ……実はお前の持って……いない情報網を俺は持っているのだぁっ!!」

「……はぁぁ……真面目に聞こうとしたあたしが馬鹿だったよ……明日からまた履歴書一緒に書こうな……じゃあ料理出来たら呼ぶから……」

「あ、ああ……ふぅぅ……あ、危なかったぁ……」


 またしても素直に『妹の持っている物』を売りさばいていると言いそうになってしまった。

 何だかんだで今まで妹を相手に意図して隠し事をしたことがなかったせいか、どうにも気を抜くと全てをばらしそうになってしまうようだ。


(気を付けないとなぁ……もしも妹の髪の毛を横流ししてるなんてバレたら……一本一万円だって言えば逆に自分からやるって言いだしたりしないかな?)


 何せあんなにたくさん生えているのだから、その気になれば一千万円は稼げるだろう。

 そう考えてみると何やら妹の頭が宝の山に見えて来て、何とか上手く活用できないか考えてしまうのだった。


「……なぁ妙央……お前もし髪の毛にガムテープとかガムがくっ付いたら教えてくれ……お兄ちゃんがブチブチっと優しくむしり取ってあげるからさ?」

「……絶対に教えねぇ……つうかなんだよそのへんてこな仮定は……兄貴じゃあるまいしあたしはそんなドジ踏んだりしねぇ……痛っ!? お、お兄が変に話しかけるから包丁で指切っきっちゃったじゃんっ!?」

「お、おいおい大丈夫か……ほら舐めて消毒するから指先をこっちに……んぐっ!?」

「ば、馬鹿っ!! そ、そんなことしなくていいからっ!!」


(うぅ……兄心の分からんやつめぇ……だけどやっぱりお前も意外とドジっ子じゃねぇかよ……所詮は俺と同じ血が流れる妹よ……)

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― 新着の感想 ―
[一言] まだ兄を見捨てていないけなげな妹よ。 実は、その兄はもうだめです……
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