兄と仕事とパンツ⑪
「ふぅぅ……危うく人生終了するところだったぜ……」
何とか前科持ちにならず交番を脱出することに成功した。
尤も後ろでは例のお巡りさんが物凄く呆れたような目で俺を見ているが、まあ気にしないでおこう。
(相変わらず優しい人だぜ……ちゃんと使用済みパンツを金に換えてるって言ったら理解してくれたもんなぁ……まあ俺が穿いたのを売ってる詐欺まがい商法だと思われてる気がしないでもないけど……)
流石に妹のパンツを売ってますとお外で公言する勇気は俺にもなかった。
あくまでも使用済みのパンツを欲しがっている人に売っていると説明した上で『お巡りさんも欲しければ格安で……』と言いつつズボンを脱ごうとしたのが功を奏したようだ。
おかげでもう良いから帰りなさいと追い出すような勢いで背中を押してもらえたのだった。
「不動くぅん、暇なときを見繕ってちゃんと病院行くんだよ……頭か心のね……はぁぁ……」
「考えておきまぁ~す」
最後に後ろから疲れたような声でそんなことを言われるが、とりあえず適当に頭を振っておくことにした。
(まあこの辺にあるその手の病院からは全部出禁喰らってるから無理なんだけどねぇ……)
両親が生きている頃にはよくテーマパーク代わりに遊びに行っていたのだが、何故か最後には誰もかれもが相手をしてくれなくなってしまったのだ。
それ以来両親も俺の奇行を半ば諦めて受け入れ始めてくれて、変に構ったりしなくなって逆に寂しさを覚えたものだ。
だから代わりにあちこちの会社へ面接に行き、一番激しく反応してくれた会社に就職して遊んでいた訳なのだが……。
(そう考えるとあのコンビニも楽しそうではあるんだよなぁ……だけど流石に悪霊だのは苦手だからなぁ……)
過去に呪われていると自称する子と関わった際に色々あり、それ以来どうしてもオカルト関係だけは思うところがある。
しかしいつまでも目を背けているわけにもいかない……というか妹まで関わっている以上、逃げようとしたところで回り込まれてボコボコにされるのが落ちだ。
「仕方ない、装備は全部没収されたけど……とりあえず様子見しに行くとしますかねぇ……」
妹が帰ってくる夕方ごろ行くよりは、まだ太陽が頑張っている今のうちに向かったほうが安全な気がする。
そうして改めてお店の人がどうなっているのか確認した上で、どう動くのかを考えよう。
(広子さんも無事だと良いんだけど……もしも彼女まで呪われて襲ってきたらどうしよう……ドサクサであの胸に触れてもセクハラ扱いされるのかなぁ?)
ドキドキハラハラワクワクしながら、改めて例のコンビニの駐車場へ踏み込んだ俺。
『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』
「……ってまたこれかぁ?」
途端にまたしても通知音ラッシュが始まったが、流石にもう取り乱しはしなかった。
冷静に携帯を取り出し通知を確認して、相変わらずの催促っぷりに呆れそうになる。
(やれやれ……だけどせっかくだし、例の物を出品してみますかね?)
『妹物第二弾っ!! 現役女子高生の髪の毛ですっ!! 強いご要望を頂き緊急で仕入れた一品ですっ!! 昨日のうちに枕から採取したものなので新鮮だと思われますっ!! 小指などの棒状の部位に絡めて使えば楽しめると思いますっ!!』
昨夜のうちに考えておいた謳い文句と共に妹の髪の毛を出品してみる俺。
後はこれに向こうがどう反応するかだが……あえて俺は返信を待たずにお店の中へと踏み込んでいく。
(もし本当にこいつの正体が店長ならば、このメッセージに反応している間はお店に出てこれないはず……つまり比較的安全なのだっ!!)
我ながら惚れ惚れするほどの完璧な動きだった。
こうして店長が居ない好きに広子さんと店内の様子を視察して、もし安全そうなら一気に攻め込むのだ。
「いらっしゃいま……」
「ありがたやありがた……はっ!?」
「……はぁぁ……いい加減それ辞めてくださいよ不動さぁん」
お店に入ったところで条件反射的にレジの中にいる広子さんに拝んでしまう俺。
しかし彼女はもうドン引いたりすることなく、ただ呆れたように俺を見下ろすばかりだった。
「あ、あはは……どうも身体が勝手に……」
「んもぉ……それもまた悪霊の仕業だぁ、なんていうんじゃないでしょうねぇ?」
「あっ!? そ、そう言えば大丈夫だったんですか広子さんっ!?」
昨日別れた後で悪霊もとい店長に捕まったはずの広子さんだが、特に変わったところは見られなかった。
それが気になり尋ねてみたのだが、彼女は疲れた様にため息をつきながらゆっくりと首を横に振って見せた。
「はぁぁ……大丈夫じゃないですよぉ……あの後、ものすごぉく大変なことになっちゃったんですからねぇ……」
「た、大変なことぉっ!? 地獄との門が繋がったとか、本物の悪魔まで出てきたとかですかっ!? くぅっ!! あの装備さえ奪われていなければぁっ!!」
「装備って何なんですかぁ……そうじゃないですよぉ……というかそもそも悪霊とか関係なかったですからねぇ……不動さんが変なこと言うから一瞬信じて恥かいちゃいましたよぉ……」
「えっ!? そ、そうなんですか?」
恨めしそうに俺を見つめながらもはっきりと頷く広子さん。
「そうですよぉ、あの時のお父さんは私たちの会話を聞いて色々と誤解して暴走してただけだったんですよぉ……」
「えぇ……そんな誤解されるようなこと言ったかなぁ?」
「私も慌ててよく覚えていないですけどそうみたいですよぉ……おかげで説明するの大変で、しかも彼氏の事とかも話さなきゃいけなくなって……それはそれでまた面倒なことになって……もぉ全部不動さんのせいですからねぇ……」
「えぇ……そんなこと俺のせいにされても困るんですが……」
「イラッシャイマ……アア、フドウクンジャナイカ……」
「っ!?」
不意に後ろからそんな覇気のない……亡霊の様な声を掛けられた。
驚きながら振り返った俺は……そこにゾンビが経っているのを見た。
「ひぃぃっ!? ぞ、ゾンビだぁあああっ!! 広子さんっ!! コンビニにゾンビが出たら何を使うのが正解ですかぁっ!?」
「……楽しそうなシチュエーションを口にしないでくださいよぉ……よく見てください、まだかろうじて生きてますからぁ……」
「えっ!?」
「アハハ、チャントイキテルヨォ……ヒドイナァヒロコハァ……」
カクカクと糸が切れた操り人形のように蠢く元店長だった何か。
その目は死んだ魚の目よりも虚ろであり、髪の毛も一気に白髪が増えているように見えた。
また声にも全く覇気がなく、顔色もどことなく血の気が失せているような気もする。
(い、一体何が起きればこんな……やっぱり死んでるんじゃないかこの人?)
何度も瞬きして確認するけれど、その姿はどう見ても生きる屍としか表現できなかった。
「な、何が……どうして店長がこんな酷い姿に……っ」
「はぁぁ……私に彼氏が居るって分かった途端にこうなっちゃって……よっぽどショックだったみたいですけど、流石に大げさですよねぇ?」
「ヒロコハマダマダコドモダトオモッテタノニ……スコシマエマデアンナニチイサカッタノニ……オトウサンオトウサンッテアマエテテ……ソレガカレシ……カレシカレシ彼……あぁあああ……」
彼氏と口にしたとこでがっくりとうなだれてしまう店長……思わずカウントを取りそうになる。
「ワン、ツー、スリ……うん、カウントとるまでもなく完敗ですねぇ……」
「もうずっとこの調子なんですよぉ……どうにかしてくださいよ不動さぁん……」
「えぇ……何で俺がぁ……?」
「だってこうなったのって殆ど不動さんのせいじゃないですかぁ……ちゃんと責任取ってくださ……」
「セ、セキニン……責任を取る……あぁああっ!? ひ、広子ぉおおおっ!! まだお嫁に行くのは早いぞぉおおおっ!!」
広子さんの口にした責任という言葉に何を感じたのか、唐突に起き上がる店長。
「……復活しましたよ?」
「えぇ……これって復活というか暴走してるだけじゃないですかぁ……?」
「良いじゃないですか、動いてることには変わりないんですから……これから何かあるたびにその手の復活の呪文を口にすればいいんですよ……」
「どっちかと言えば復活の呪文というより、何が起こるか分からない系の魔法なんじゃ……?」
「うあぁああっ!! 母さんっ!! 広子が……広子がぁああっ!!! 俺の育て方が悪いせいでぇええっ!!」
大声で叫びながら再び店の奥へと消えていく店長。
余りの不憫さに俺と広子さんは何も言えずに黙って見送ることしかできないのだった。
(可哀そうな店長……しかしこの調子だと本当に悪霊とか呪いは関係ないのかな?)
何よりもあそこまで落ち込んでいる様子では、とても意気揚々とフリマサイトにコメントを送る余裕などないだろう。
『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』
「……じゃあこれは何が原因なんでしょうねぇ?」
「私が知るわけないじゃないですかぁ……何なんですかそれぇ……?」
鳴り響く携帯を前にして、新たにこの送り主の謎めいた正体に思わず俺は首をかしげてしまうのだった。




