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兄と仕事とパンツ⑩

「ふっ……まさかまたこの地獄に舞い戻ることになるとはな……」


 例のコンビニにある駐車場へ足を踏み入れ、ニヒルに笑いながらお店の方を見る俺。


(妹まで祟られてしまった以上、兄としては放置するわけにはいかないんでな……殺されかねないし……ぐすん)


 ただでさえ暴虐だった妹が祟りの力まで得て大暴れしていた昨夜は本当に地獄だった。

 おまけに呪いの手先と化した妹は、自分が学校から帰宅する夕方過ぎという敵にとって有利な時間に俺をお店へと連れ込もうとしていた。

 流石にこれは不味いと判断した俺は、いっその事太陽の登っている今こちらから攻め込んでやろうと覚悟を決めたのだ。


(もう二度と近づくまいと思っていたんだがな……どうやら運命は俺にあの祟りとの決着を付けろとせがんでいるようだな……)


 締め切られたコンビニの自動ドアを見ているだけで昨日の出来事を思い出して武者震いが止まらなくなりそうだ。


「しかし今回は準備万端だぜっ!! 十字架良しっ!! ニンニク良しっ!! 銀の弾丸もとい、パチンコ屋から持ち帰った銀の玉良しっ!! 木の杭というかえんぴつ良しっ!! 完璧だっ!!」


 円になる様に結わえたニンニクの束を首にかけ、定規二本をくっつけた十字架を鉢巻きに幾つも立てかけ、更には銀玉と鉛筆を持てる限り両手の指の間に挟んで保持してある。

 更に更にポケットの中には清めの塩と目つぶしを兼ねた塩コショウも入っている。

 考え得る限りのオカルト対策を施した俺にもはや死角はない……無敵だ。


(さあて、妹が戻ってくる前にとっととケリをつけてやるぜっ!!)


 もはや勝利を確信していた俺は、堂々とお店に向かって第一歩を踏み出した。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「ひぃぃ……ってお、脅かすなよ……っ」


 途端に携帯が鳴り出してビビりそうになるが、流石に三度目ということもあって何とか取り乱す前に冷静さを取り戻せた。

 実際に確認してみると、思った通り例の落札者からの通知が一斉に送られてきているところだった。

 内容としては要するにいつになったら新しい商品を入荷するのかという質問……というか催促の山だ。


(まだ一日しか経ってないじゃないか……どんだけ飢えてんだこいつはぁ……?)


 その正体に目途がついている俺は、思わず本人がいるであろうコンビニのドアを見つめてしまう。

 あの奥に潜んでいるであろう店長こそ間違いなくこの連絡を送ってきている張本人のはずだ。


(多分俺が送ったパンツの呪いでおかしくなってここまで異常な執着するように……あれ? でも最初に実物を買う前からこのメッセージ爆弾は来てたよな?)


 幾ら妹の念が強いとはいえ実物が届きもしてない時点から影響を受けるのはいささかおかしい気がした。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「……そうか、やっぱりこのお店自体に地縛霊がいるのかもしれないなぁ……だとしても今の俺の敵じゃないぜっ!!」


 未だに止まることなく送られ続けている連絡……こいつの正体が何であれ、とにかくオカルト的な存在ならば今の俺の敵ではない。

 だから今度こそ俺は胸を張ると、お店に向かって第二歩目を踏み出した。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「……君、ちょっといいかな?」

「ふん、どこの誰かは知らないが今の俺に触れると火傷する……お、お巡りさんですかぁっ!?」


 そんな俺の足を止めようとする声にハードボイルドに対応しようと振り返った俺は、苦笑いしている警官と目が合ってしまう。

 向こうは俺の顔を見て軽くため息をついたかと思うと、上から下までこちらの様子を確認した後で口を開いた。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「……はぁぁ……また君かぁ……確か不動政信さんだったよね?」

「あ、あはは……お久しぶりですお巡りさん……その節はお世話になりました……」

「どの節のことかなぁ……心当たりが多すぎて絞れないなぁ……」


 顔見知りである警察の人はしみじみと、疲れたような声で呟いた。


(そ、そんなにお世話になってたっけ?)


 向こうの言葉に軽く頭を悩ませてみるが、パッと思いつく限り十二回ほどしか御厄介になった覚えはなかった。

 しかしだからと言って言い返そうとは思わない……流石の俺でも国家権力に逆らえばどうなるかぐらいは弁えている。

 ましてこの人には初めて関わった時から何かと便宜を図ってもらっているのだから文句の言いようがない。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「そ、そうですかぁ……ま、まあ長い付き合いですからねぇ……」

「本当にねぇ……君と初めて出会ってからもう五年か六年か……少しは成長してほしいんだけど、その調子だと相変わらずみたいだねぇ……」

「い、いや……この格好には海よりも高く山よりも深い訳があるんですっ!!」

「つまり大した意味はないってことだよね……まあ君のやることを今更突っ込んでも仕方がないし、続きを署で話すのと今すぐその妖しい格好を辞めるか……どっちにする?」


 慌てて説明しようとするが、どうでもいいとばかりに切って捨てられる。

 その上で俺の完璧な装備を外すか、国家権力を最大限に活かせるテリトリーへ連れ込むかを迫ってくる警官。


(な、なんてことだ……どうしてこんなタイミングで邪魔が……はっ!?)


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「さ、さてはお巡りさんもこのお店を利用して地縛霊に祟られ……あうっ!?」

「こらこら、お外で風評被害を招くような発言は慎みたまえ」


 軽くデコピンしながら咎められてしまう。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「うぅ……す、すみませぇん……」

「わかればよろしい……後はさっさと他の警官とかに見つからないうちに武装解除しなさい……不審者がいるって思いっきり通報されてるんだからね? 私以外に見つかったら本当に逮捕されかねないよ?」

「は、ははぁ……旦那様のおっしゃられるままに……」


 ここまで言われては仕方がない。

 仕方なく持ってきた物を全て外から見えないよう無理やりポケットや上着の裾の中などに押し込んだ。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「うぅん……あちこちが膨らんでてこれはこれで怪しい……やっぱり一度署まで連行して説教した方が……」

「か、勘弁してくださいよ旦那ぁ~っ!! あっしが何したって言うんですかぁっ!?」

「良い歳した大人なのに変な格好して街を練り歩いてた……これだけで十分すぎるほど不審者なんですよねぇ……」

「は、働いてますからねっ!! これでもオラはちゃんと新しい仕事についたんですよぉっ!!」

「おっ!? そうなのかっ!! それはそれは……妹さんもこれで少しは安心したことだろう……良かったなぁ……」


 流石に不審者扱いは酷いと思い、必死に訴えるとお巡りさんは何やら感慨深そうに頷くのだった。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「そうなんですよぉ……それにそこのコンビニだって就活して一応は採用を貰った場所だったんですよぉ……あの地縛霊の祟りさえなければぁ……」

「地縛霊って……この辺りでそんなが発生しそうな事故事件が起きた話なんて全く聞かないんだが……」

「あれ? そうなんですか……じゃあこの通知爆弾は一体……?」

「……さっきから何か鳴り響いてて気になってはいたけど……それが君の言う呪いか何かなのかい?」


 何だかんだで悪霊などには懐疑的だったお巡りさんもずっと鳴り響いていた携帯は気になっていたようだ。


『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「ええ、このお店の敷地に入ると毎回こうなんですよぉ……だから俺はどうにかしようと思ってですねぇ……」

「それは確かに奇妙な話だねぇ……どれどれ、どんな怪奇的メッセージが送られているのかな?」


 そう言って携帯を覗き込んでくるお巡りさん。

 これは俺の言葉がいかに正しいか理解してもらうチャンスだ。

 

『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』『ピコン』

「見てくださいよお巡りさん、こんなヤバいメッセージがずらりとですねぇ……」

『早く匂い付きの物を送ってくださいっ!!』『それとも染み付きの物を用意してくださっているのですかっ!?』『いい加減に焦らすのは止めてくださいっ!!』『早くトリップしたいんですっ!!』『まさかお金ですかっ!? まだ足りないんですかっ!?』『幾らでも払いますから、お願いだから売ってくださいよぉおおおっ!!』

「ほら、この怪しいメッセージの数々を見てくださいよっ!! どう見ても何かに取りつかれたかのよう……っ!?」


 必死に捲し立てる俺の前で、お巡りさんは携帯から目を逸らすと軽く天を仰ぎ……何故か腰に下げた手錠に手を掛けるのだった。


「お、お巡りさんっ!?」

「……どう見てもこれ、薬物依存症か何かの……いや君に限ってそういう道の踏み外し方はしないと思うけど……とにかく詳しい話は署で聞くから……」

「ちょぉおっ!? ち、違いますっ!! これは誤解ですぅうううっ!! 俺が売ったのは純白のパンツだけですぅううっ!!」

「売った……打った……純白のパンツ……不純物の無い白い物……これは隠語……はぁぁ……じゃあ詳しい話は署で聞くからねぇ~……」

「うわぁあああんっ!! 信じてくださいよお巡りさぁああんっ!! 俺は無実だぁああああっ!!」

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[一言] これは捕まっても仕方がない…… お巡りさん、お疲れ様です……
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