兄と仕事とパンツ⑧
(うぅ……どうしてこうボコられてしまうのだろうか?)
就職を機にせっかく平穏な日々が戻ってきたはずだったのに、またしても暴力を振るわれてしまった。
一体何が悪かったのか考えるが、妹の性格が暴君だからという結論しか思い浮かばない。
「いいかっ!? 今後はあたしの部屋に理由もなく入ったりすんじゃねぇぞっ!!」
「は、はぁい……これからはでっち上げでも理由を作ってから入ることに……」
「ふざけんなっ!! んなの認めるかっ!!」
「ぐへぇっ!?」
しっかり頷いて見せたのにまた殴られた。
何という暴虐無比な振る舞いか……余りの理不尽さに涙すら零れて来る。
「うぅ……酷いよ妙央ちゃぁん……か弱いお兄ちゃんを虐めないでよぉ……」
「虐めてんのはどっちだっ!! 人の部屋を勝手に漁った挙句にセクハラめいた発言まで繰り返しやがってっ!! 大体お前は『グゥゥ~』……ちっ!!」
俺の訴えをあっさり切って捨てた妹だが、途中で俺の腹が鳴る音を聞くと物凄く苛立ったような顔をして舌打ちを漏らす。
(おおっ!? 言葉が止まった……良く分からんが今がチャンスだっ!!)
何とか怒りを収めて貰おうと、俺はこの隙を逃さず攻め込んでみることにした。
「ほ、ほら時計見てっ!! もういつもなら夕食のお時間だよっ!! お兄ちゃんお腹減ったなぁ~、妙央の美味しいご飯食べたいなぁ~……ゴロニャァン~ニャンニャ……んぐっ!?」
「…………」
お腹を見せて服従のポーズを取りながら妹の足にすり寄ってみたが、無言で踏みつけられてしまう。
(うぐぐ……ま、まるで虫けらを潰すかのように……お、お兄ちゃんを何だと思ってんだこいつはぁ……)
しかも妹は痛みで蹲っている俺を放置して、スタスタとその場を去っていく。
「うぅ……み、妙央ぉ……」
「……うっさい、いいから黙って買ってきた奴冷蔵庫に仕舞ったりしてろ……今夕食作るから……」
そのまま台所に立った妹はこちらを振り返りもせずに、ぽつりとそう呟いた。
声の調子と内容からして、どうやら多少は機嫌を直してくれたようだ。
恐らく俺の甘え方が良かったのだろう。
(なるほどなぁ……妙央は猫の真似が効果的っと……前、犬の真似したときは不機嫌だったしこれからは猫一択だなっ!!)
ようやく妹の弱点が分かった俺は、ウキウキしながら返事をするのだった。
「了解だぜっ!! こっちのことは兄に任せておくがよいっ!!」
「……ごめん、やっぱり止めて……全然信用できない……後であたしが片付けるから手を触れないで……」
「ちょぉっ!?」
しかし急に妹は頭を抑えると、わざわざこちらを振り返って首を横に振って見せる。
「だってなぁ……お前、前に卵片付けろって言った時何したか覚えてるか?」
「え……えっと確か……お手玉したんだっけ?」
「あぁ……それもあったなぁ……あんときも後片付けがどれだけ大変だったか……」
「そ、それもって……他になんかしたっけ?」
「……いや、忘れてんならいいけど……馬鹿馬鹿しくて口にしたくもねぇし……とにかく頼むから余計な事しないで大人しく待っててくれ」
俺の疑問に心底疲れたような顔をした妹は、それ以上何も言うことなく前を向いてしまうのだった。
(お、俺は一体何をしたんだ? ものすごぉく気になるんだけどぉ……?)
必死に頭を捻らせるが、元々過去を振り返る達ではないためか全く思い出せなかった。
実物を見れば何かわかるのではと、妹にバレないよう買い物袋へそっと近づいて……それがコンビニの袋であることに今更気が付いた。
「あれ? 珍しいな、コンビニで食材とか買ってくるなんて……割高だから駄目だって言ってなかったか?」
「ああ、それなぁ……いやちょっと気になることがあったから……ってそうだ、兄貴……本当にあのコンビニで働くのか?」
「はぇっ?」
そこで再び妹がこちらを振り返ってきたが、その顔は困惑気味というか……何かを心配しているように見えた。
だけど俺としてはコンビニバイトを諦めたことを指摘されたような気持ちになり、ちょっとドキッとしてしまう。
(い、いや新しい仕事も決まってるからバレてもいいんだけどさぁ……何で急にあのコンビニの話を……俺の就職先のコンビニ……同じ系列のコンビニの袋……はっ!?)
しかし少し考えて妹があの呪われしお店に行った可能性に思い至る。
もしそうだとすれば妹も呪われて性格が豹変するかもしれない。
ただでさえ乱暴な妹なのにこれ以上凶悪化したらお終いだ……そう思った俺は、慌てて妹の元に駆け寄りその肩を掴んだ。
「み、妙央っ!! お前行ったんかっ!? あの店行ったんかっ!?」
「ふぇぇっ!? ど、どうしたのお兄ちゃ……っ!?」
「い、良いからっ!! あの店に近づいたのかっ!? 中に入ったのかっ!? どうなんだっ!?」
目を見開き方を揺さぶりながら尋ねる俺に、妹は少し面食らった様子でオズオズと答え始める。
「う、うん……お兄ちゃんが働くところだからどんなところか確認しておきたくて……だ、だけどそれがどうしたの?」
「な、なんてことだ……そ、それでお前……て、店長にはあったのかっ!? どうなんだっ!?」
「え、えっとぉ……た、多分……結構な歳の男の人が働いてたけど……あ、あの人確かにすっごい虚ろな目でカクカク動いてたし、店内の空気もなんか重苦しかったけど……な、なにかあるの?」
「あ、あの店は呪われてるんだっ!! 特に店長は祟られててヤバいんだっ!! お前は大丈夫かっ!? 何か変なところはないかっ!?」
「え……な、何言ってるのお兄ちゃん……ま、またいつもの冗談なんでしょ……?」
俺の言葉を疑う妹だが、じっとその顔を見つめてやると不安そうに眼をさ迷わせ始めた。
「残念だが事実なんだ……俺はあそこに行くたびに恐ろしい目に合ってきた……」
「……ほ、本当に本当……なの?」
「ああ……だからもし妙央も何か変なことがあったら、仏壇を拝んでご先祖様に助けてくれるよう頼むようにな……俺も拝んでおくから……」
「そ、そんな……そんなこと……で、でも確かに店員さんの様子は……それにお兄ちゃんがこんな真面目な顔するのってよっぽど……あぅぅ……お、お兄ちゃぁん……」
ようやく信じてくれたのか、妹は僅かに瞳を潤ませながら俺にしがみ付いてくる。
「だ、大丈夫……きっと近づかなければ平気だって……だ、だけど一応親父達を拝んでおこうな?」
「う、うん……わかったよぉ……」
そして俺達は仏壇の前に座り、一生懸命両親の遺影に向かって両手を合わせるのだった。
(南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……どうかこれ以上、妹の性格が苛烈になりませんように……妹のパンツ様の呪いが妹に掛かりませんよう……あれ?)




