兄と仕事とパンツ⑥
リビングのソファーでうつ伏せに寝そべりながらアルバムを捲る俺。
「ふふ、懐かしき我がショタ時代の全てが今ここに……」
両親が残した写真の数々は、主に俺の幼少期を中心に集められていた。
意外にもあれだけ可愛がられていた妹の物は少ないが、恐らくは携帯の方に収められているのだろう。
(俺が幼い頃はまだ携帯が普及し始めたばかりのころだったからなぁ……しかし意外とあるもんだなぁ)
幼き頃の意識がはっきりしない頃から、よく覚えている時期までよくぞまあこれだけ写真を撮った物だ
それこそ今の性格を確立して両親から叱られてばかりになってからのも結構残っている。
色々と言われてきたが、何だかんだでやっぱり俺は両親から愛されていたようだ。
(まあ良い親だったってことだな……妹も懐いてたし、だからこそあれだけ長い間泣きわめいて塞ぎ込んだんだが……でもまあ今知りたいのはそんなことじゃねぇっ!!)
過去を振り返りたくてアルバムを開いたわけではない。
俺はただ単純に両親がどんな顔で笑っていたか見たいだけなのだ。
だからペラペラと捲っていくが、俺ばかりで両親は端っこに少し写っているばかりだった。
(そうだった……確か遺影を選ぶ時も全然良いのが無くて、仕方なく免許の畏まってる奴を無理やり……ん?)
「ただいま……悪い、遅くなった……はぁぁ……」
「お帰り妙央……ため息なんかついてどうした?」
「ああ、ちょっとな……」
玄関が開く音がしたと思うと、何やら疲れているような様子の妹がリビングに入ってきた。
その両手には買い物袋が下げられているため、遅くなったことも含めて買い物しているときに何かがあったのだろう。
(あの妹が俺以外のことでため息をつくなんて珍しい……でも首突っ込んだら面倒だし暴力振られかねないから無視しておこう)
少しは気になるが下手に掻きまわして殴られても損だ。
だからあえて俺は深く突っ込むこともなく、そのままアルバムに視線を戻した。
「そっか……じゃあ今日はもうゆっくり休んだらどうだ?」
「いや、別に疲れてるわけじゃないんだけど……というか何してるの?」
「ちょっと確認したいことが……おぉっ!! 見っけっ!!」
そこでようやく俺は笑顔の両親が揃って写っている写真を見つけた。
どうやら妹が産まれたばかりの頃に記念として家族全員で撮った物のようだ。
(あぁ……そうそう思い出した、確かこんな顔で笑ってたっけなぁ……)
そこから連想されるように両親が笑っていた時のことが思い出される。
妹の誕生日に妹が初めて喋った時、それから妹が歩いた時と妹が……妹関連のイベントばっかりだった。
(俺に向かって笑う時は大抵苦笑いだったもんなぁ……通りで思い出せないわけだぜ……まあとにかく目的は果たしたことだし、さっさと片付けて……はっ!?)
そこで今更ながらにこのアルバムを妹の部屋から持ち出してきたことを思い出した。
これを持っているところを見られてしまった以上、俺が妹の部屋に忍び込んだことはバレバレだろう。
「…………」
「っ!?」
果たして恐る恐る振り返った俺は、無言でこちらを見つめる妹の姿を目の当たりにしてしまう。
(や、ヤバい……これはきっと怒りが噴火する前兆だっ!!)
少し前に妹の部屋で邂逅したときは、パンツ塗れだったという理由もあるが激しい怒りをぶつけられた。
ならばきっと今回も……そう思った次の瞬間には、俺の口は動き出していた。
「ち、違うんです妙央様ぁっ!! こ、これには深い訳が……全くないんだけど、とにかく誤解なんだっ!! 陰謀なんだっ!! 俺は嵌められたんだぁあああっ!!」
「……お兄ちゃん、うっさい」
「はぅっ!?」
必死に謝罪する俺を一言で切って捨てた妹は、そのままソファーの前に回り込んだ。
そして抵抗も許さぬとばかりに上から覆いかぶさる様に迫り……俺の背中にちょこんと座り込んだ。
「えっ? あ、あの妙央さん……?」
「だからうっさいの……ほら、続き捲ってよぉ……」
更に妹もまた俺の背中に身体を押し付けるようにうつ伏せになると、右肩から顔を覗かせてアルバムを眺め始めた。
「あ、ああ……えっとどの辺りまで……」
「……最後までゆっくり捲ってよ……今ならもう……ちゃんと見直せると思うから……」
「お、おお……了解だぜ……」
よくわからないが暴力を振られるよりはずっとマシだ。
俺は言われるままにアルバムを捲り続けた。
尤もここからは妹が産まれた後=携帯での撮影がメインになったために一気に数が減っているのだが……。
「…………」
「…………」
頬と頬が触れそうなほど傍にある妹の顔は何かを堪えているようでもあり、苦しそうでもある。
しかし決してアルバムの中に納まっている写真から目を逸らすことはなかった。
(うぅん……良く分から……いや、やっぱりまだ引きずってんのかなぁ?)
両親が死んでから既に八年という歳月が経過している。
当時小学生だった妹も今では高校生、何より逞しく成長しているため既に両親のことは振り切っていると思っていた。
(まさか泣いたりしないだろうなぁ……勘弁してくれよ、俺は湿っぽいのは苦手なんだよ……あの頃みたいにヌイグルミでごっこ遊びしてあやせればいいんだけど……今回はどんなストーリーを演じてやるかなぁ?)
アルバムを捲りつつ妹が泣き出した時にやる寸劇を考える俺。
(また魔王退治ごっこでもしようかなぁ……だけど確か最後にやった時に妙央を魔王扱いして大変なことになったような……じゃあ今度はもう少し大人向けにした【ロミオゾンビVSメカジュリエット、地獄からの復讐劇】なんかどうだろうか……?)
「…………あっ」
「…………おっ」
重苦しい沈黙の中でそんなことを考えつつアルバムを捲っていた俺だが、最後に出てきた写真に妹と共に声を漏らしてしまう。
それはかつて俺達が住んでいた……そして今はもうない実家の前で家族全員が揃った状態で撮った物だった。
「……これ、お兄……が一人暮らしした……」
「おお、確かにそうだ……引っ越す日にこうやって皆で撮ったんだよなぁ~」
間違いなくこれが家族全員で撮った最後の写真だろう。
しかしこれもまたまともに笑っている人間は一人も写っていない。
俺に抱き着いて泣きわめく妹に、それを困ったような顔であやす両親と俺……だけど不思議と幸せそうな一枚に見えた。
(懐かしいなぁ……昔の妙央は泣き虫毛虫で、この時も出ていく俺に『行っちゃダメェ~っ!!』とか『一緒じゃなきゃヤダァ~っ!!』なんていって泣き喚きながらこうして行かせまいと足元に縋りついたりしてきて……あの頃は可愛かったなぁ~」
「……まるで今は可愛くないみたいな言い方だな?」
「はっ!?」
珍しく思い出に浸っていた俺を妹の低い声が呼び戻した。
どうやら無意識のうちに言葉に出してしまっていたようだ。
「ふぅ~ん……そっかぁ、今のあたしは可愛くないって言いたいのかぁ~……」
「い、嫌だなぁ妙央さん……俺にとってお前はいつだって可愛くて愛おしくて魅力的で素敵でキュートでプリティで仕方がない自慢の妹なんだぞぉ~……あはは、可愛い可愛い~」
「全然気持ちが籠ってるように聞こえねぇっての……たく、兄貴はまたそうやってふざけてさぁ……ふふふ……」
慌てて言いつくろった俺に妹はいつも通り呆れたような声を出したかと思うと、何故か少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
そしてギュっと後ろから俺の身体にしがみ付くと、こちらの頬に顔を突き付けて軽く頬擦りしてくる。
「み、妙央……?」
「あたしはもう大丈夫だって言ってるのにさぁ……でもちょっとアルバム見たぐらいでこうなってちゃ駄目だよね……もっとしっかりしないと……だけど今だけはあの頃みたいに……ちょっとだけ……」
「お、おお……どうぞどうぞ」
まるで俺に甘えていた頃の様な妙央の行動に面喰いつつも、素直に成すがままになるのだった。
(うぅん……しかしこれだけ密着しているのに柔らかいのが頬だけなのが……というか貧乳過ぎて背中に肋骨が当たっていたいんですが……それにこいつ結構重……はぐっ!?」
「わ、悪かったなぁあああっ!! どうせあたしは女らしくねぇよぉおおっ!! つーかせっかく人が思い出に浸ってんのにこんな時までおちゃらけなくてもいいでしょうがぁあっ!!」
「ぎ、ギブギブっ!! く、首絞めは反則……うぐっ!?」




